「火蓋」
リーダーから無線で現場にいる全員に指示が入る。各配置についた者は皆立ち上がる。
廃墟に東から強い風が吹く。
これが神風になる事を祈る。
それは無意味な事かもしれない。しかし何故か心の内で祈らずにはいられないのであった。占いなんて、子供じみたもの、ほとんどのメンバーがもう信じる事を忘れてしまったというのに。
『狐火が到着するまでは赤い紐には一切触れるな。これは特殊な爆弾である。先ずは一時間以内に敵を全員捕獲せよ。わかったか』
全ての隊員が無線機に向かって「了解」と声を上げた。
敵は現在ヌエを含めて十人。
こちらは天狗部隊からリーダーを含め五名、かまいたち五名、通信兵二号、副衛生長の計十二名に加え、どこかに衛生長が潜んでいる。そして狐火待ちである。
数だけで言えばややこちら優勢ではあるが、相手はヌエ以外全員男であるというかまいたちの情報がある。決して油断してはいけないのだ。
リーダーはヌエに無線を聞かれている事を承知の上で最低限の指示しか出さなかった。
あとは各々のスキルを信じるしかない。
中庭に立つと向こう側を走るヌエが見えた。それを追っては巻かれる。それの繰り返しであった。敵は常に神出鬼没。どこから追い込んでいくべきか。
かまいたちの長は四号棟の二階、外廊下を走ってひとりの男をどん詰まりに追い込んでいく。その先には階段がないのを知っている。この男は体が重い故におそらく足が遅い。男が振り向いて一瞬飛び降りようと悩んだ隙をついて片手で引き戻す。そのまま持っていたピストルの銃身で頭を叩き、怯んだところで腹に蹴りを入れたら倒れた。
ふと隣の五号棟との間の中庭を見下ろすと、かまいたちの隊員二名がひとりの男を挟み撃ちにして捕獲しているのが見えた。赤い紐越しではあるが、動きが派手なのでよくわかった。隊員のひとりがこちらにいる長に気が付いた。カラスだ。手話で会話をする。これは傭兵になってから教わった。便利だ。
万事オーケーである。
やはりかまいたちは奇襲やアドリブ、突然の事態に強い。
かまいたちの五名だけで手早く六名を捕獲したという無線が僅か二十分で入った。
残り四名をあと四十分で捕獲、そして爆弾処理をしなくてはならない。
急がなくては。
天狗の新人はある部屋に追い込まれた。
足の脛を攻撃され、男に組み伏せられる。恐らくこれは貞操の危機であり、すなわち命の危機である。乙女に取っては最大の窮地である。
「相手を殺しても良い、もしもの場合に限り」とはこういう瞬間を差す。
膝で男の急所を攻撃し、なんとか逃げ出す事は出来たが左肩をナイフで切られた。体格差からして至近距離での蹴り攻撃には限界がある。
だから間近でも躊躇わずに銃で男を撃った。一応急所は外した。左足。しかしそんな仏心を出したのが悪かったのか、またしても反撃されそうになる。もう一発、わき腹を撃ったが外した。しかし怯んだ隙に足で攻撃をする余裕が生まれた。頭を蹴り上げた。
「ごめんね、お兄さん」
新人はそのまま力を失った男の体をゆっくりと引きずり、キッチンに行った。
シンクに水を張る。男の頭を押さえると、そこに思い切り突っ込んだ。別に殺すつもりはない。少しおとなしくしてくれればいいだけ。全体重をかけて男の頭を何度も何度も右手で水の中に押し込む。数十回繰り返したところでふと男の体の力が抜ける。
脈拍を確認。微弱だが一応まだ生きている。急いで腕を後ろ手に縛り、ゆっくりと引きずりながら外に出た。床に真っ直ぐ赤い線が引かれて行く。靴が汚れるなあと思った。仕方なくぼろきれで男の左足の傷を縛ってあげた。この優しさが良くないといつもリーダーに怒られる。
廊下から外を見下ろすと中庭にある小さな公園に続々と捕獲された敵が集められていた。よく見れば全員縛られてジャングルジムに吊るされている。最高の処刑だ。笑ってしまう程。なんて清々しい景色なのだろう。そしてそう思ってしまう自分は歪んでいるなあと感じた。
その時リーダーは四号棟の中でヌエを追っていた。
ひたすら走った。
リーダーの走りは音がほとんどしないといわれる。仕方ない、そういう不思議な体質である癖が染みついているのだから。
このヌエこそリーダーである自分が仕留めるべきだと、そう考えた。
リーダーは既にある部屋でひとりの男を仕留めている。だが余力はまだ十分ある。
階段を駆け上がる。このままなら屋上だ。鍵は開いているのだろうか。ネズミはただ袋小路に追い込むのみである。
屋上に続く扉を開く。風の音がする。銃を構えたままゆっくりと前に進む。
「こっちだ」
背後から声を掛けられて振り向くと、そこにはヌエがいた。
呆然と座り込んだ衛生長の頭に銃をつきつけたヌエが。
「どうする」
ヌエは無表情のままこちらに問い掛けて来る。
リーダーは何も答えず、無言でヌエに銃を向ける。
「お前に私は撃てない。上からそう指示されてるんだろう、殺さずに確保と」
それはそうだ。
しかし「もしもの場合」は殺す事を許可されている。揉み消しは他の機関に任せればいいだけの話で、それはヌエだってよく知っているはずだ。
ただ、今の自分に、現恋人を人質に取っている元恋人を殺せるのか。
恐らくヌエはそれを問うている。 全て見抜かれている。
リーダーはふと天を仰ぐ。
給水塔の裏側に太陽が傾きかけている。時間が本当にない事がわかる。その時給水塔の上にキラリと光る星が見えた。ような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます