「通達」

無線が動く。

見覚えの無いアカウントからの連絡だ。

リーダーは緊張した声で応答する。

「こちら天狗の隊長だ。用件は」

そう声を掛けると数秒の沈黙の後に笑い声が聞こえてきた。聞き覚えのある、特徴ある笑い声。心臓がギュッとなる。

『久しぶりだな、大体一年振りかな』

ヌエの声だ。

覚悟はしていたが、思わず体に力がこもる。握りしめた拳の行き場が無い。

『私はね、あんたたちの事は知り尽くしている。だから無線に潜り込む事だって簡単なんだよ』

とても冷静な声の挑発にリーダーは唇を噛む。ヌエは一体どこにいるのか。

自分は今、一棟の屋上から団地の全てを見渡している。無数の窓を見下ろしている。

その窓と窓を繋いでいる無数の赤い紐。

このどこかにヌエはいる。

なんだろう、自分はこの景色を知っているような気がする。

まるで血管のようなこの景色を。


各棟に天狗とかまいたちの隊員を散らしてある。

かまいたちに連絡がつかなかったのは先ず妨害電波によるところが大きく、それは確実にヌエとその仲間の仕業であった。

目の前に張り巡らされている赤い紐。

世界を覆い尽くすかのような赤い紐。それを舐めるように見つめる。

「ヌエ、この赤い紐はなんだ」

そう無線の向こう側に問い掛ける。

『わかっているだろ』

「……わかりたくない」

『これはテロの練習だ。この膨大な紐の中に一本だけスイッチがある。導火線に言い換えてもいい』

なんと面倒な爆弾だ。

リーダーは動揺を悟られないように言葉を選んで声を出す。

「あやとりにしか見えないけどな」

『軽口はいい。強がりだろう。これは爆弾、ある一本だけを切るとその紐の両端が爆破する』

「随分手間の掛かるテロだな」

しかしその威力は相当大きいはずだ。でなければこんな面倒な仕掛け、作るはずがない。混乱させ、恐怖を覚えさせ、最後には爆発させる。

『だから練習を必要としている。しかしこの国には沢山の抜け穴がある。人の目が届きにくい場所、なかなか気づかれにくい場所、そこに一本紐を結わいていくだけだ。繰り返すけど今日は練習だ、あと一時間待ってやる。それまでにこちらを制する事が出来たらお前らの勝ちだ』

ノイズ混じりの宣戦布告だ。

「……ヌエ、お前たちの目的はなんだ、ただ無差別に人を殺したいだけか」

『今一先ず欲しいのはお前の血だ、それだけ』

その言葉を最後にヌエの無線は途切れた。

命、というわけではなかろう。

ヌエはああ言ったが恐らくリーダーの体そのものが欲しいだけだ。死ではなく、生きたままの体を。

あのヌエは時にそういう面倒な、古い映画のような言い回しをするのだ。使い古された詩のような言葉で人を誘惑し挑発する。

爆弾処理班として至急狐火を呼び出す事にする。

外の車で待機している運転手に本部への連絡を頼む。代表を通して他の機関への通達も必要なタイミングだ。

その直後に二号から「ヌエに攫われましたが衛生長に救出されました」という無線連絡が入った。

そして順番のようにかまいたち全員からも連絡が入る。

やはり彼女らも無線を妨害されている間にヌエの仲間達によりどこかの部屋にそれぞれ監禁されていたようだが、衛生長に解放されたとの連絡が入っている。

衛生長。あいつは待機させていたはずなのに何故ここにいるのか。

また新たな苛立ちが湧いて来る。

しかしそれに感情を揺さぶられないようにしなくてはならない。リーダーは三回大きく深呼吸をした。

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