「不知火、山を行く」

「不知火」という通信兵の集う部隊がいる。通信業務全般を担う。

学校風に言えば放送部になるのだろうか。無線にもパソコンにも通じる頭脳派部隊だ。

背中に通信機器を背負って山道を歩く。今日は二人行動だ。

前を歩く一号は腕時計無線機を常に開いている。それで本部にいるリーダーと通信兵長に今どこを通っているか状況を逐一報告している。

しかし一号はその右手に先程川沿いで摘んだ花を持っている。新入りの二号はその後ろを無言でぎこちなく歩いている。

今日はスパイ活動をしている精鋭部隊「かまいたち」の隠れ家に行き、通信機器のメンテナンスと交換をするのだ。他に密命もあるのだが、余り大事にして敵に気づかれてはならない。よってここはこの通信兵二人に託された。

一号と二号は不知火の中でも特に身軽なので急ぎの仕事を任された。共に滑舌が良く声がよく通るという理由で通信部隊への配属となった。

「足軽みたいだなあ」

「むしろ飛脚だと思います」

そんな会話をした後に道が開けた。

「少し休もう、二号、指がかぶれてる。さっき変な草に触ったでしょ」

見ると確かに赤くなっている。一号が荷物を下ろしたので二号もそれに倣う。

マスクを外すと、今いる場所がとても空気が良い場所な事がわかった。

二人で同時に深呼吸をする。気持ちが良い。

任務中である事を一瞬ではあるが忘れそうになる。

一号は二号の手を取ると、簡単な手当てをする。

「草とか蛙には毒がある事もあるよ、今日みたいに急ぎで軽装備の時は気を付けないとね。特に二号、あんたはちょっとおっちょこちょいだから」

それを言われると新人の二号は返す言葉がなく頭を掻くしかない。

木陰に腰を下ろすとおにぎりを食べた。ムジナに作って貰った。あとは非常用の缶詰ひとつと飴玉、水筒を持たされている。

「いつもこういう山越えの遠征は遠足みたいだなと思います」

二号がそう呟いて空を仰ぐと、一号も「リーダーとか兵長には言えないけど私もたまに少しそう思う」と答えた。子供の頃の記憶。ふと蘇るが、余りそういう感傷的な話はしない。お互い学校に余り良い記憶が無い。だからこそこういう生き方を選んでしまったのだから。

「お天気が悪い、早く行こう」

急いでおにぎりをお茶で流し込んで立ち上がると無線で呼ばれる。雑音混じりに聞こえてきたのは通信兵長の声だ。

『一号、二号、食事中は無線を切ってもいいんだぞ。盗聴には常に気を付けろと言っているだろう。全部聞こえていた。リーダーがこれは重要任務で遠足ではないと怒っている。反省文が嫌なら急げ』

ふたりは顔を見合わせると高い声で「あいあいさー」と答えて目的地に歩き出した。

身軽な二号は木の上に登り双眼鏡を覗き込む。視力は良い。しかしその割に何故かいつも伊達メガネをしている不思議ちゃんだ。

行くべき場所はすぐそこである。下にいる一号に手を振って合図する。

ここからは完全なる獣道、試される瞬間だ。

木の上から吸い込む空気が美味しい。だけどすぐそこにあるのは森の外の世界であり、穢れ。


一号と二号はかまいたちの隠れ家に無事到着した。

不良のあったという一部の通信機器を速やかに交換する。

廃墟となった団地の真裏に山がある。山の中の洞窟にかまいたちは野営を張っている。洞窟内でかまいたちは上手に支柱を立てて蚊帳を張っていた。暑い時期、水場での虫問題は過酷である。蚊帳越しに見る世界はとても不思議に霞がかっている。蚊取り線香も一号と二号に寄って速やかにセッティングされた。

この山の目の前、廃墟と化した団地に敵の潜伏情報がある。

外に出て少し背伸びをして双眼鏡で団地を見る。

それはなんの変哲もないがらんどうに見える。 ただの箱。食べ終わったケーキの箱と何が違うのだろうか。リボンも中身もない、楽しみが消え失せたゴミだ。

かまいたちは少数精鋭部隊であり、五人で常に行動している。

一号と二号は頼まれていた盗聴器や追加の非常食等、指定された色々な物資もかまいたちに提供し、逆にかまいたちの長から一冊のノートを受け取る。ノートは二号のカバンに丁寧に仕舞い込まれた。確認をして何度も頷き合う。

いざという時、アナログが最も安全に生きることがある。

それが代表の戦略であり、リーダーの判断でもある。報告書は手間が掛かっても内容によりアナログとデジタルを併用し使い分けろとのお達しだ。

かまいたちの隊員に敬礼をして一号と二号は洞窟を素早く飛び出す。

帰りは急ぎだ。このノートを早く持ち帰り解析しなくてはならないのだから。


二人の姿はそれこそ野を走り抜ける狐のようであった。強い風が少女の髪を流していく。 その風を正面から受けて一瞬息が出来なくなり、一号と二号は顔をしかめた。

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