第2話 幸福屋はどんな手段でも依頼を叶える
最近彼氏ができた。
いつも仏頂面で不器用だけど優しく私の傍にいてくれる人。私は彼の隣を歩き、彼は時折優しい笑みを浮かべる。そんな一場面を思い出し、顔がついついにやけてしまう。
駅前の雑踏の中すれ違う人々の何人かが怪訝な顔を浮かべる。いけないいけない、頬の緩みをきゅっとしめ帰路に着く。駅前から少し離れると辺りは薄暗く、静かになる。街灯に照らされ吐く息が白く漂う。
いつもは彼と一緒にこの帰り道を歩いていたのだが、今日は仕事が遅くなるらしく先に帰ることにしていた。
「この道、こんな寂しかったかな」
一人で呟き、そして心がきゅっとする。気持ちと足が速くなる、昔のことを思い出し心がざわつく。彼氏が出来てから一緒に帰るようになってから忘れていた感覚が蘇ってくる。そして路地裏から何かが飛び出してきた。
きゃっと悲鳴を上げるとその黒い物体はすごい勢いで逃げていった。なんだ、猫かと胸を撫でおろす。神経質になり過ぎている、一度大きく深呼吸をして落ち着く。
よしと、気持ちをいれ再び歩き出す。そして緊張から鋭敏になっていたおかげか、歩き始めたタイミングで足音が聞こえることに気づいた。
落ち着いて、ちょっと嫌なことを思い出して、猫が出てきてびっくりしただけ何も怖くない。
そして、試しに歩くのを止めてみる。足音は聞こえなくなる。再び歩き出す、足音は再び聞こえてくる。誰かがついてきている、そのことが分かった瞬間恐怖が体を支配する。吐き気が込み上げてくる、普通に歩くということが分からなくなる、目に涙が込み上げてくる。
そして数年前のトラウマがフラッシュバックする。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
恐怖で頭が一杯になる、久しく忘れていたせいでその反動は大きかった。
何で折角幸せになれて、ようやく忘れることができたと思ったのに、何で今更またあいつが、直接振り返ってはいないがきっとあいつだ。何で私がこんな目に合わないといけないの、何で私が怯えないといけないの。
怒りが沸々と沸いてきた、恐怖から逃れるための怒りだった。
手をギュッと握る。振り返ろう、そしてもしあいつなら思いっきり叫んでやる。言ってやる、お前なんか怖くない、大嫌いだと、二度と目の前に現れるなとはっきりと拒絶してやる。
私は屈さない。
決意を込め俯いていた顔を上げる、気づくと前方に一人の男性が立っていることに気づく。見知らぬ人がいただけだったが、安堵の気持ちが訪れる。そして、自分が恐怖で冷静な思考が出来なくなっていることに気づいた。
何年間も私に付きまとってきた男だ、拒絶すれば何をされるか分からない。知らない人だったが救われた気がした、ありがとうと思いながらその男性の横を通り過ぎる。
「振り返ってはいけませんよ」
通り過ぎる瞬間そうささやきが聞こえた。とても落ち着いているが少し物悲しい声だった。不思議と心が軽くなり、男とすれ違い暫くすると足音も聞こえなくなった。
何事もなく家に帰ることが出来た。部屋に入り鍵をかけた瞬間、安心感からか足に力が入らなくなりそのままへたり込んでしまった。
そのまま玄関の前で彼の帰りを待った。
三時間くらい経ってから彼が帰ってきた。帰ってくるなり私は彼に抱きついた、彼は面を食らった表情をしていたが、何が起きたのかとも聞かずにそっと抱きしめてくれた。温かく幸せな気持ちが胸いっぱいに広がった。
次の朝、ポストに手紙が入っていた。
手紙は短く簡潔に書かれていた。
ご依頼完了致しました。
あなたの幸福が末永く続くことを祈っております。
幸福屋より
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