[34]
真壁が池袋南署に戻った頃には、午後11時を回っていた。1階のロビーで津田がベンチから立ち上がった。顔が少し紅潮している。
「どうだった?」真壁が言った。
「岩城と奥寺が一緒に写っているのはありました。約2か月前、銀座のクラブ前です。沢村が写っているモノはありませんでした」
津田から数枚の写真を手渡された。望遠レンズで撮影したために細部は不鮮明だが、2人の男の顔がかろうじて判別できる。奥寺がクラブの前の路上で車に乗り込もうとしている。車の後部座席に座っているのは岩城。
「三谷の勤め先は?」
「納谷興業という中小の建設会社です。三谷は鉄筋工として勤めていたそうで、3か月ぐらい前にクビになってます」
「よし。沢村を取調べる」
「ええ?」
津田が大きな声を上げたのは無理もない。こんな時間からの取調が規則違反であるのは真壁も十分に理解していたが、真犯人を挙げるには沢村を送致する前の今夜しかなかった。
すでに寝ていた沢村を起こし、留置場から取調室まで連行した。その時、打ち上げが行われていた会議室からぞろぞろと捜査員たちが出て来た。開渡係長の眼が沢村と連れ立った真壁の姿を捉えた。
「おい、真壁。そこで何やってる!」
真壁は沢村を取調室に押し込んだ。すでにノートPCを用意して待っていた津田に低い声で「鍵を閉めろ」と言った。津田が鍵を掛けたと同時に、ガンと扉を叩く音が響いた。
「開けろ!」
怒号がしばらく続いた。背広にしまっていた携帯端末も震え出したが、真壁はそれを無視した。パイプ椅子に腰掛け、沢村とスチール製の机に向かい合う。沢村が気だるい声を出した。
「出なくていいのかよ」
真壁は改めて正面から、沢村壮也という男を見た。骨格の太い大柄な体は薬物の常用で筋肉が落ち、その代わりに余分な脂肪がついてむくんでいるような感じだった。広い額にうっすらと汗が浮かんでいる。薬が切れかけているのか。部屋の暖房が強すぎるのか。
机の上に供述調書を広げる。真壁は切り出した。
「諸井を殴った動機について、もう一度話してもらえるか?」
沢村は頑としてこれまでの供述を繰り返した。事件の顛末をもっともらしく作文したと同時に、ある種の自己暗示でそれが事実であると信じ込んでいるようにも見えた。
「気分が悪かったんですよ。クスリやってるときはいつも吐きそうになるんだ」
「それだけだったら、吐けば済む話だろ」
「面倒臭かったんですよ・・・」
「面倒臭かったとは何だ?言ってみろ」
「何がって・・・」沢村の視線が泳いだ。「アイツがよっかかってたんだ」
「アイツって誰だ?」
「麻紀だよ!」
「金城麻紀だな。麻紀はアンタのどっち側によりかかっていた?」
「そんなこと・・・」
「いいから、答えろ!」
「左!」
「だったら、右に顔を向けて吐けばいい」
「そんなことしたら、麻紀が声を上げて余計に・・・」
「そこまでしっかり頭が働いて、面倒臭かったということはないだろうが!」
真壁は怒鳴り、机をバンと叩いた。
「いいか、お前はガイシャの顔が真っ赤になるまで何度も何度も殴りつけたんだ!吐きそうだったら、出来ることじゃないぞ!面倒臭かったとは何だ?理由を言ってみろ!」
「理由なんか・・・」
ほとんど聞き取れない声で、沢村はぶつぶつ呻いた。
「アンタ、噛み癖でもあるのか?」
「・・・」
「吐きそうだったと言ったな、え?吐き気を辛抱して、わざわざガイシャの頬や鼻の肉を食った理由は何だ!」
「・・・」
背中に汗が伝い始める。真壁は上着を脱いで、パイプ椅子の背もたれに掛けた。
「死にたくないだろう?」
「いきなり、何だよ・・・」
「アンタ、このままだと死ぬぞ」
真壁は低い声で告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます