[33]

 真壁が池袋南署に戻った頃には、午後11時を回っていた。1階のロビーで、ベンチから津田が立ち上がった。顔が少し紅潮している。

「どうだった?」真壁が言った。

「岩城と奥寺が一緒に写っているのはありました。約2か月前、銀座のクラブ前です。沢村が写っているモノはありませんでした」

 津田から、数枚の写真を手渡された。望遠レンズで撮影したために細部は不鮮明だが、クラブの前の路上で車に乗り込もうとする奥寺と、車の後部座席に座っている岩城の顔がかろうじて判別できる。

「三谷の勤め先は?」

「納谷興業という中小の建設会社です。三谷は鉄筋工として勤めていたそうで、3か月ぐらい前にクビになってます」

「よし。沢村を取調べる」

「ええ?」

 津田が大きな声を上げたのは無理もない。こんな時間からの取調が規則違反であるのは真壁も十分に理解していたが、真犯人を挙げるには沢村を送致する前の今夜しかなかった。

 すでに寝ていた沢村を起こし、留置場から取調室まで連行した。その時、打ち上げが行われていた会議室からぞろぞろと捜査員たちが出て来た。開渡係長の眼が沢村と連れ立った真壁の姿を捉えた。

「おい、真壁。そこで何やってる!」

 真壁は沢村を取調室に押し込み、すでにノートPCを用意して待っていた津田に「鍵を閉めろ」と低い声と言った。津田が鍵を掛けたと同時に、ガンと扉を叩く音が響いて「開けろ!」と怒号が続いた。

 背広にしまっていた携帯端末が震え出したが、真壁はそれを無視した。パイプ椅子に腰掛け、沢村とスチール製の机に向かい合う。沢村が気だるい声を出した。

「出なくていいのかよ」

 真壁は改めて正面から、沢村壮也という男を見た。骨格の太い大柄な体は薬物の常用で筋肉が落ち、その代わりに余分な脂肪がついてむくんでいるような感じだった。薬が切れかけているのか、部屋の暖房が強すぎるのか、広い額にうっすらと汗が浮かんでいる。

 机の上に供述調書を広げ、真壁は「諸井を殴った動機について、もう一度話してもらえるか?」と切り出した。

 沢村は頑としてこれまでの供述を繰り返した。事件の顛末をもっともらしく作文したと同時に、ある種の自己暗示でそれが事実であると信じ込んでいるようにも見えた。

「気分が悪かったんですよ。クスリやってるときはいつも吐きそうになるんだ」

「それだけだったら、吐けば済む話だろ」

「面倒臭かったんですよ・・・」

「面倒臭かったとは何だ?言ってみろ」

「何がって・・・」沢村の視線が泳いだ。「アイツがよっかかってたんだ」

「アイツって誰だ?」

「麻紀だよ!」

「金城麻紀だな。麻紀はアンタのどっち側によりかかっていた?」

「そんなこと・・・」

「いいから、答えろ!」

「左!」

「だったら、右に顔を向けて吐けばいい」

「そんなことしたら、麻紀が声を上げて余計に・・・」

「そこまでしっかり頭が働いて、面倒臭かったということはないだろうが!」

 真壁は怒鳴り、机をバンと叩いた。

「いいか、お前はガイシャの顔が真っ赤になるまで何度も何度も殴りつけたんだ!吐きそうだったら、出来ることじゃないぞ!面倒臭かったとは何だ?理由を言ってみろ!」

「理由なんか・・・」

 ほとんど聞き取れない声で、沢村はぶつぶつ呻いた。

「アンタ、噛み癖でもあるのか?」

「・・・」

「吐きそうだったと言ったな、え?吐き気を辛抱して、わざわざガイシャの頬や鼻の肉を食った理由は何だ!」

「・・・」

 背中に汗が伝い始める。真壁は上着を脱いで、パイプ椅子の背もたれに掛けた。

「死にたくないだろう?」

「いきなり、何だよ・・・」

「アンタ、このままだと死ぬぞ」

 真壁は低い声で告げた。

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