[33]

 真壁と津田は池袋駅西口交番の奥の休憩室にいた。電話を1台貸してもらい、真壁は本部に訊かれたくない、個人的な捜査の話をしていた。相手は組対の落合だった。

「桧山の出国記録は無かった」

「藤枝組の2人は・・・?」

「桧山の名前を出したら、急に態度が変わり出した。桧山について何かやったか、知ってる。そういう眼をしてる。その桧山とかいうジャーナリストが何だというんだ、え?」

 真壁は落合の質問に答えず、要件を話し出した。

「岩城の動向はつかんでますよね?写真も撮ってるはずです」

「何が言いたい?」

「今から本庁に1人やりますから、岩城の写真を見せてやってください。期間は過去3か月ぐらい・・・岩城がどんな奴と一緒にいたか。それが知りたい」

「うちは別件で、近々に誠龍会をタタくことになっている。あまり騒ぐな」

「殺しが絡んでたら、別でしょう」

「・・・確かなのか?」

「それを確かめるだけです」

 落合が息を吐く音が聞こえた。

「・・・俺がブチ切れる前に、早く人をよこせ」

「恩に着ます」

 真壁は受話器を置くと、眼の前に座っている津田に向き直った。

「お前には今から本庁に行ってもらう。組対で写真を見せてもらえ。俺か落合さんの名前を出せば、相手は分かるはずだ。そこで・・・」

 真壁はジャケットに手を入れ、写真を3枚取り出す。

「左から岩城、奥寺、沢村だ。この3人が一度に写ってるモノがあればいいが、岩城と奥寺、岩城と沢村が写ってるモノだけでもいい。とにかく探し出せ、いいな」

 津田はうなづき、写真を受け取る。

「真壁さんはこれからどうするんですか?」

「俺は病院だ」

 真壁は電車を乗り継いで池尻大橋で降りた。城之内建設の専務、奥寺が入院している大学病院の横に見ながら、坂を上って小さな公園に入る。同期の須藤守が街灯の脇にあるベンチで待っていた。須藤とは以前に上野南署で一緒だった。真壁が電話で呼び出して、落合の様子を探らせていた。

「時間がない。さっさとやろう」真壁は言った。

 須藤は黒のニット帽とサングラスを手渡しながら、低い声を出した。

「奥寺ってのは、入院棟の3階にいる。いったい何をするつもりだ?」

「奴を締め上げる」

 黒のニット帽とサングラスで変装した真壁と須藤は病院の裏口から中に侵入して階段を駆け上がり、入院棟の3階の個室に入った。

 真壁が合図した。須藤が寝ている奥寺の鼻と口を片手で一気に覆った。驚いた奥寺が眼を覚ます。筋者らしい2人の姿を見た男の眼がひきつった。須藤がゆっくりと手を放す。

 真壁は奥寺の耳に囁いた。

「誠龍会の筋から頼まれてきた者だ」

 相手の反応を見る。奥寺は顔を強張らせたまま、かすかに顎をうなづいた。やはり誠龍会が絡んでいるのか。真壁は噛んで含めるように続けた。

「・・・いいか、誠龍会の岩城がパクられそうになってる。いや、大丈夫だ。沢村が口を割らなければ、サツは手も足も出ない。アンタ、沢村に何かバラしてないだろうな?」

「知らない・・・」奥寺は絞り出すような声を出した。「沢村なんて聞いてない・・・」

「ふざけるな。沢村が諸井を殴って殺したことは知ってるはずだ」

「本当だ・・・岩城さんは『どうにかする』としか言わなかった」

「アンタは岩城の親友だ。だから、岩城は細かいことは聞かなかった」

 そこまで探りを入れると、奥寺はうなづく。

「岩城はサツが自分にまで及ぶようになったのは、諸井に政治家とか何かヤバい筋があったんじゃないかと疑ってる。アンタがそれを知ってたとも」

「そんなはずはない・・・諸井はウチが横浜で施工したマンションであった手抜き工事を知ってた。それをネタに、金を強請って来ただけだ。政治家とかは絡んでない・・・」

「諸井は手抜き工事の件をどうやって掴んだ?週刊誌じゃないだろう?」

「ウチの下請けをしている納谷興業の三谷とかいう奴から・・・」

 突然、真壁は眼の裏にじりじりと焼け付くような焦燥を覚え、しばし呆然とした。隣の須藤が「おい」と低い声を出し、話を打ちきるつもりで真壁は口をすごんだ。

「そんな話じゃ、何も分からん。三谷は死んだし、沢村は警察だぞ。どうしてくれる」

 奥寺は全身を痙攣させ、眼球を動かし、突然ベッドから起き上がるやいなや何か叫びかけた。その口をすばやく須藤がふさぎ直し、黙らせた。

「家族に別れの手紙でも書いとけ」

 真壁と須藤は2分で部屋を出て、再び階段を駆け降りた。須藤と玉川通りで別れて地下鉄の駅に向かいながら、真壁は本庁に向かった津田に電話を入れた。奥寺が話した三谷の件を確認するためだった。

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