[19]
真壁は最後に落合から現場の住所を聞いて、一礼して部屋を出た。
1階の裏口から署を出て、玉川通りに回る。玄関前にたむろしていたマスコミもすでにまばらだった。ひと息つこうとマッチを擦って、タバコに火をつけた。
受令機は鳴らない。携帯端末を確認したが、津田や十係からは何の連絡も来ていない。池袋の事件も《ニューワールド企画》も動きなし。内偵中の人物が射殺されたにも関わらず、主任の2人から連絡も無いのは、ヤク中のチンピラが『人違いで撃ってしまった』という筋書きに納得したということなのだろう。
短くなったタバコを下水溝に捨てたものの、真壁は数秒その場に佇んでいた。所詮は無駄足という思いがちらりと脳裏をよぎったが、下馬の都営団地に足を運ぶことにした。
落合から教えてもらった現場は被害者が倒れていたという当の場所付近はすでに立ち番の警官の姿もなく、各戸の窓に明かりが点々と残っているばかりの静けさだった。すぐそばに都営団地のアパートが建っている。43号棟のポストを覗いてみる。たしかに203号室に「秋山」の名札があった。
真壁はさらに半時間、執拗に現場の周囲を歩き回った。仮にチンピラ2人が最初から三谷透を狙っていたとして、動機は探せば何か出てくるはずだった。物取りの犯行ではない以上、何も無いということはあり得ない。真壁はそれについては疑わなかった。
32号棟の前で、真壁はようやく立ち番をしている制服警官ひとりを見つけた。現場からは80メートルも離れた場所だった。1階の階段口にある301号室のポストに「三谷透」という名前があった。ポストから溢れた郵便物が足元に散らかっていた。団地自治会から『迷惑です』という貼り紙がされていた。
立ち番の制服警官に断って、真壁は三谷の部屋に入ることにした。301号室の窓を見上げる。ベランダがあるが、洗濯物は無い。窓にはカーテンがきちんと閉まっている。部屋の照明は付いていない。
真壁は白手袋をはめた手で足元に散らばった郵便物を拾い、一つずつ確認する。雑多な広告やチラシに区民税、都民税、電気代、水道代の督促状。税金を1年近く滞納しているようだった。郵便物を元に戻し、3階まで階段を上がる。エレベーターは無かった。
301号室の玄関は開いていた。電気を点ける。部屋の広さは2DKで、標準的な間取りだった。10畳ぐらいのリビングと台所はきれいに片付いていた。身の回りの世話をしてくれる女でもいたのだろうか。何か見つかるとは期待していなかった。すでに部屋の中は本庁と鑑識があらかた調べたはずだった。それでも、真壁は注意深く部屋を観察した。
ドアを開けた先は和室だった。タンスと机が一つ。真壁はタンスや机の引出しを開け、中身をひっくり返す。私信かメモ、コカインのパッケージの類を探してみる。何も見つからない。
さらに、風呂やトイレも探してみる。トイレは水槽の裏にも手を入れて探ってみたが、何もない。諦めて廊下に出る。玄関の隅に古い週刊誌が山積みになっていた。諸井がカバンに入れていたものと同じ雑誌だった。
急に眠気がもたげてきて、欠伸が出た。腕時計に眼を落とす。時刻は0時5分すぎ。身体も冷えきり、ひと晩棒に振ったというみじめな思いになってくる。301号室の電気を消し、立ち番の制服警官に「ご苦労様です」と断ってから真壁は団地を出た。
都道に出てタクシーを拾おうとした時、真壁はジャケットに入れていた携帯端末が震えていることに気づいた。相手は岡島だった。酔っているような少し高い声音に、背後から喧噪が聞こえてくる。
「いま、ぼくの歓迎会やってるとこなんですよ。一緒にどうです?」
「こんな時間に、まだお店なんてやってるんですか」
「大学で飲んでるんですよ」
真壁は思わず苦笑を浮かべて「行きます」と答えた後、あらためてタクシーを拾った。運転手に自宅のある大井町ではなく、旗の台の東都大学病付属院に行くよう伝えた。
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