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 事件当夜について、江崎は次のように供述している。

『午後7時45分ごろ、黒いジャンパーを着た男が玉川通りの方から現れ、公園の前で左に曲がり、団地の方へ向かいました。26日まで6回も確認した高岡と似た風体、すなわち黒のジャンパー、ジーパン、足元は白のスニーカーという恰好でした。男の身長が実際の高岡より十センチ高かったというのは、その場ではわかりませんでした。男が道を左に曲がるまで、私と喜内がいた場所からは後ろ姿しか見えませんでした。私は最初から高岡直哉だと思い込んでいました』

 真壁はそこで、共犯の喜内忠司の供述調書を見た。喜内の方はこう供述していた。

『玉川通りから歩いてくる男を見ました。黒いジャンパー、ジーパンという格好でした。履物は覚えてません。私は高岡直哉だと思いました。前日まで確認していた高岡と身長が違うとのことですが、男が背中を丸めていたので、身長が違うとは思いませんでした』

 再び江崎の供述に眼を戻す。

『私は「あいつだ」と言い、喜内もうなづきました。街灯も少なく、その時は通行人もあまりいなかったので、私は絶好の機会だと思い、「やろう」と決心しました。

 私はトカレフ一丁を構えて、後ろから高岡を尾けました。私と高岡の間は、10メートルぐらいあったと思います。高岡が三筋目で左に曲がると、急に足音が止みました。私は高岡に気づかれたと思い、前に飛び出してトカレフの引き金を2回引きました。そのとき、高岡がどこを向いていたかは分かりませんでした。銃を撃ったときは、緊張で眼の前が真っ白だったのです。銃を撃った後、近くのアパートの窓からカーテンが開くような音がしたので、慌ててその場を離れ、喜内と2人で車に乗って逃げました。

 道を走り出してすぐ、喜内が「誰かに見られたかもしれない」と言い出し、私と喜内は口論になりました。頭では自首しかないと分かっていたので、無性にイライラしました。私は中学校の手前で路地に入り、車を止めて、持参していた覚醒剤0・2グラムを喜内と一緒に注射しました。覚醒剤のせいで不安が消えたので、近くのポストに藤枝組若頭宛の詫び状を投函し、午後8時40分に世田谷中央署へ出頭しました』

 2人とも供述調書の最後を『刑事さんから、私と喜内が高岡直哉と思っていた男が三谷透という名前の別人だと聞き、大変驚きました』とし、被疑者の三谷透については全く面識がないと供述した。取調でも終始して、自分たちの見間違いがなぜ起こったのか理解できないと繰り返しているという。

「感想は?」落合が言った。

「江崎が撃ったとき、高岡との距離は?」

「5メートルほどだ」

「現場は見たんですか?街灯はついてたんですか?」

「街灯はついてたが、確かに暗かった。江崎が言うように、『緊張で眼の前が真っ白』になってたなら、見間違いが絶対に無かったとは言い切れん」

 江崎から狙われていた高岡直哉については2年前、大田区で起こした追突事故の現場で警察が撮影したスナップの近影で確認した。高岡は少し頬や顎がたるみ始めた中肉中背の背格好だが、背が高くヤクのせいで痩せこけた三谷とは顔立ちも体格も似ていない。

「江崎は高岡に何回、面を切られたって言ってるんですか?」

「5回」

「人の顔って、そんなに変わるもんですか」

「そこだ」落合がうなづいた。「多少老けたとはいえ、積年の恨みをため込んでた相手の顔を見間違えるというのは、俺には理解できん。ウチの係長もその点について、何度もつついてる」

「高岡って男、今どうしてるんです?」

「去年の夏に組から破門状を出されてる。本人はそれから、マニラに行ったきりだそうだ」

「破門されたら、高岡はもう吉河組のモンじゃなくなります。ホシの2人は本当に高岡のタマを狙いに来たんですか?」

「動機が弱いのは間違いない」

「動機というより、2人が1月20日から今夜まで本当に、現場で下見をしたのかどうか気になります。この2人、ヤク中でしょう?6日間も深夜に5時間、徒歩で現場付近に張り込むことが出来たのか・・・」

「ウラか・・・」落合は指先で、机をコツコツたたき始めた。「まあ、万全を期すなら、お前の言ってることが正しいだろうな。もし見間違えじゃなかったとしたら・・・」

「奴らが最初から狙ってたのが、三谷だったかもしれない」

 落合が不敵な笑みを浮かべた。

「お前の狙い目は案外、そこなんだろ?だとしたら、動機は何だ?」

「三谷が狙われる理由なんか想像できないですが、とにかくホシ二人の供述が信用できないのは間違いないです」

 真壁の関心はそこまでだった。壁にかけられた時計は午後11時近くを差している。今夜はもう、自宅で寝るのに充分なだけ疲れきっている。

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