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「週刊誌の件は、俺が代わってやるよ」真壁の肩を叩いたのは田淵だった。「そういうのは、俺の仕事だ。お前は外回りしろ」

 田淵は真壁と同じ独身だが、結婚に失敗したわけではない。女が1人だけでは満足できない体質で、そのおかげで踏んだ修羅場の数は両手両足の指の数よりも多いはずだった。

 田淵に続いて、桜井が「俺も代わってやろう」と口を挟んできた。「お若いのに任せておいたら、女と口をきく前に、モメるのがオチだからな」

 好意なのかどうか判断しかねる申し出に、真壁はしばし眉をひそめた。向き不向きを考えれば、十係きっての女好きが2人も揃えば鬼に金棒といったところだ。

 その傍らで、皆に「じゃあ、お先に」と声をかけた清宮はさっさと部屋を出て行った。にやけるまいとして引き締めた口許が破れかけ、後ろ姿が踊っていた。「まぁあいつは仕方ない」と、皆は顔を見合わせた。大事なデートの相手は、資産家の令嬢だ。婚約の成否がかかっている。

 一方、何も言わず部屋からするりと出ていった馬場の背中は、ある種の傲慢さがにじみ出ていた。中年の厚顔無恥を打つ手なし。昼は府中、夜は大井がお決まりの競馬好きは、家庭の危機を迎えつつある。

 2人で夜の池袋に出た真壁は駅前に向かいながら、「週刊誌の件はお手柄だったな」と津田に言った。「これからは特命だ」とことわって説明を始めた。

 事件が発生した時刻に、どういう人種、どういう個人がどういう風体で、何をしながら、現場周辺に出没するか。それをこれから何日もかけて見張っていかなければならない。真壁の説明に、津田は分かったような分かっていないような鈍い表情で首を縦に振った。

 その日の夜はまだ深夜まで時間があった。真壁と津田は空いている中華屋に入り、腹ごしらえをした。その後、24時間営業のファーストフード店でコーヒーを飲みながら、2人は1時間ほど仮眠を取った。そうして午後11時まで潰した後、駅前の路上へ出た。雪はもう降ってないが、夜気に刺があった。この日は、2時まで監視を行った。

 真壁と津田はそれから毎夜、捜査会議が終わった後で池袋のネオン街へ繰り出した。男2人で肩をゆすって夜の街を巡回し、深夜からは駅前に場所を移してまたぶらぶらする。

 身なりは毎日変える。ジャンパー、アノラック、ヤッケ、ジーパンやチノパン。頭髪はスキー帽や野球帽を被って、隠してみる。それでも男2人が連れ立って歩くと、かなり目立ってしまう。特に目線だけは、ごまかしようがなかった。

 池袋界隈というのは、ある種の緊張を強いられる場所だった。街に入る人が多ければ、去る人も多く、街にいる人間の顔ぶれが一定しない。被害者もその1人だった。人も物も、今日見たものが明日にはない。

 被害者が横たわっていた現場には、池袋南署が出した大きな看板が立っていた。

『1月17日深夜から18日未明にかけて、ここで中年の男の人が何者かに殴られて死亡しました。当夜、事件を見かけた人はいませんか?』

 真壁と津田は、毎日その看板を横目で見ているが、目撃者が現れる可能性は日に日に薄らいでいた。

 5日間、駅前に立った限りでは、終電時の時刻が過ぎると、人の流れに全くパターンがなくなることが分かった。人がいるときはいるし、いないときは全くいない。通る人間も、毎晩顔ぶれが違い、時刻が違う。事件があった夜は雪が降っていたし、たまたま近くに通行人もいなかったのかも知れない。仮に目撃者がいても、不法滞在の外人なら、届けてくることはまずない。

 もっともそんな夜に、被害者がひとり現場にいたというなら、何かしら理由があったはずだった。その理由を探して、桜井と田淵は池袋界隈に事務所のあるテレホンクラブ、デリバリーヘルス、デートクラブ、ラブホテルを調べ続けている。

 被害者の仕事・知人・家族関係などのカン捜査は2日で切上げ、3日目から杉村の組も女探しに加わっている。馬場、清宮その他は依然、地どりだ。例のスナック《陽炎》のほかに、被害者が立ち寄った店は見つかっていない。

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