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 所轄の捜査員が報告する。

「入店は午後8時過ぎ。一見で、被害者は終始ひとり。水割り5杯飲み、ホステスとは喋らず、店の新聞を広げたり、ぼんやりしたり、他人のカラオケを聞いたりしていたとのことです。ホステスが店じまいだから勘定してくれと言うと、被害者は愛想よく支払い、そのまま店を出た。それが午前1時ちょっと前。足取りはかなりふらふらしていた、という話です」

「午後8時前までの被害者の行動について、カンから補足は?」開渡が言った。

「こちらの調べでは」杉村が言った。「被害者が三番目の神田の取引先で商談を終えたのが、午後6時。次、真壁!」

 真壁が「津田が報告します」とだけ応えると、津田が慌てたように立ち上がった。

「被害者は品川のホテルに予約を入れており、チェックインのためにホテルに入ったのは午後6時30分ごろです。しかし、被害者は荷物がないからと言って部屋には上がらず、鍵だけ受け取ってそのまま外出しています」

 ホテルを出た午後6時40分から、スナックに入るまで約1時間半。真壁は考えを巡らせてみる。

 おそらく電車で移動したと思われるが、ホテルから駅まで徒歩で約5分。品川から池袋までの所要時間は約25分。池袋駅からスナックまで徒歩で5分。それらを引いて残り約1時間弱は、どこかで食事でもしたのだろうか。男ひとりの食事に1時間は長過ぎる。

 池袋のスナックに入る前に、どこか別の店で飲んでいたか、誰かと会っていたか、何か個人的な用事があったか。

「女だよ、女」というダミ声は馬場だ。「最後の仕事場が神田。宿泊先が品川。なんで池袋まで来るんだよ。女だ、女」

「特定の相手がいるような面か、あのガイシャ」桜井が呟く。

「女遊びに所持金4万少々ってのは微妙ですな」所轄から声が出た。

「真壁。ガイシャの遺留品については?」杉村が言った。

「携帯電話は現場に残された1台のみ。クリーニングされた衣類などは、自分で用意してたようです。他に異常な点はなし」

「カバンに入れていた週刊誌は?」開渡が手を挙げる。

「奥さんの話では、諸井は普段、週刊誌をあまり読まなかったそうです」

「コンドームは?ガイシャは東京に女を持ってなかったのか?」

「奥さんは『主人は、家と会社の往復だけの人生でした』と答えてます」

「あの・・・」津田がおずおずと声を出す。「被害者がカバンに入れていた週刊誌に、その手の広告が20件ほど載ってます。その辺から当たる価値はあると思われます」

 田淵が「寂しいあなたに人妻がウッフン」などと囁いて、周囲が罵声とひそひそ笑いになり、隣に座る真壁が田淵の足を蹴飛ばした。

「週刊誌の広告欄は当たる価値がある」杉村が裁断を下した。「報告者の相方は誰だ?真壁か?お前が責任をもって当たれ。いいな?」

「お若いの、頑張れ」桜井が冷やかしてくる。

「静かに!」開渡が机を叩いて怒鳴った。「こら、大事な話だぞ!さっき、ガイシャがスナックに寄ったと報告した者は!」

「私です」と所轄の刑事が答えた。

「被害者はスナックを出るとき、相当ふらふらしていたということだが、時間が分からないほど酔っていたかどうか、もう一度スナックで確認してほしい」

「時間ですか・・・被害者は店にいる間、ときどき時計を見ていたということですが、ホステスが店じまいだからと告げたときも、腕時計を見て『もう閉店なのか』と言ったそうですから、時間が分からないほど酔っていたとは思いません」

「分かった。聞いてくれ。被害者は、地方から出張で出てきたサラリーマンだ。出張のときぐらい酒でも飲みたい気分だったのだろう。しかし、なぜ品川で飲まなかったのか。なぜ池袋まで来たのか。これが疑問の第一点だ。現に、スナックでも一見客だった。

 次に、被害者はなぜ午前1時まで飲んでいたか。午前1時を過ぎたら、終電がなくなることは分かっている。普通なら時間を気にして早めに切り上げるだろう。しかし被害者は、たびたび時計を見ていて、『もう閉店なのか』と言った。つまり、被害者は午前1時という時刻を承知していたということだ。これが疑問の第二点。

 次に、被害者はどうしたか。もう電車はないから、タクシーを拾ってホテルへ帰ろうとしたのか。違う。池袋のスナックからタクシーを拾いたければ、歩いて駅前に出ればすむ。それを、なぜ交差点を渡って劇場まで行ったのか。これが疑問の第三点。ここまでで何か、あるか?」

 普段は寡黙な開渡にしては長い演説だなと思ったら、吉岡が黙ったまま肩で笑っているのが見えた。長い間、付き合っている者同士、いろいろな意味が含まれたような笑い方だったのが印象的だ。

 開渡の話を聞きながら、三つの疑問点の理由はやはり週刊誌にあると、真壁は思った。想像だが、ホテルでチェックインを済ませた後、諸井はホテルの電話か、自分の携帯、もしくは公衆電話から広告に載っている電話番号のいくつかに電話をした。約束を取り付けたが、あるいは取り付けたつもりでからかわれたのかも知れないが、それは分からない。しかし、相手の女が会う場所を池袋に指定し、時刻を指定した可能性がある。電話で話しただけかも知れないが、とにかく女はいる。赤いマニキュアを塗った長い爪をした女かもしれない。

「質問がなければ、以上の点に留意して、明日も頑張って下さい」と、刑事課長の一言で会議は終わった。

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