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 真壁は被害者の勤め先である京都の鈴宮重機へ電話をかける。応対に出たのは、ひどく多弁な男だった。

「営業部の中川という者ですが、お宅、警視庁の方?池袋南署の方?」

「警視庁の真壁です」

「さっきから再三電話で詳しい事情をお聞きしてるんですが、一向に要を得ませんで。一体うちの社員が死んだというのは、事故なんですか、それとも・・・」

「それはこれから調べます」

「しかし、うちも困ってるんですが。総務は対処のしようもないし、上の重役連中も外出や会議を延ばして、詳しい連絡を待ってるんですよ」

 受話器に響く遠い声を聞きながら、真壁は相手の顔や体型を想像して気を紛らせた。腹だけ出た貧相な体躯。薄い毛髪。顔は逆三角。目はキツネ。

「事情はお察ししますが、こちらはやるべきことはやっています。ところで二、三つほどご協力願います。亡くなられた諸井さんは、月に何回、東京へ出張してましたか?」

「平均で2回。多いときは毎週。少ないときは月1回。いろいろでして」

「常宿はありましたか?」

「さあ・・・うちは交通費、宿泊費、食費込みの出張費を支給してますんで、個別の領収書で精算はしてません」

「接待費の領収書はいかがです?」

「諸井は接待してません。それより・・・」

「出張はいつもお1人だったのですか?」

「1人とか2人とか、場合によります。今回は1人でした。それより、あの・・・」

「諸井さんと一緒に出張に行ったことのある人は、今そこにいますか。話を伺いたいのですが」

「何名か探してあらためて連絡します。それより諸井は、明け方前に池袋駅の近くの路上で発見されたということですが・・・」

「そうです」

「何時ごろ、亡くなったんですか?」

「解剖してみなければ分かりません」

「しかし、諸井は昨夜の午後6時ごろには仕事が終わっていたはずだし、取引先はどこも池袋とは方向が違うし、明け方にそんなところにいたというのは、ちょっと・・・」

「今の段階では、まだ何とも言えません。すぐに、諸井さんと一緒に出張したことのある人を集めて下さい。もし諸井さんに部下がいらっしゃるなら、その方も呼んで下さい。15分後に、もう一度お電話します。よろしくお願いします」

 きっかり15分後、真壁は再び鈴宮重機に電話をかけた。被害者の諸井と一緒に出張に出たことのある社員が3人、諸井の部下の2人に電話で聴取した。「真面目で仕事に一所懸命に取り組み、誰かに恨まれるような人ではない」という個人評は変わらなかった。

 真壁は受話器を置いて時計を見る。午前10時5分。

 パイプ椅子と長机が並んでいるだけの池袋南署の会議室はすでにがらんとしていた。いま部屋に残っているのは電話番の開渡係長、真壁と津田の他に、所轄の強行犯係2人。津田は強行犯係と一緒にタウンページを繰りつつ、受話器片手に都内中のビジネスホテルや旅館に電話をかけているところだ。諸井が予約を入れていた宿泊先を探している。

 カンの2組目の杉村と所轄の組は諸井が前日に回った取引先3社を回っている。

 黒板前の幹部席で、開渡係長が被害者の遺留品を調べている。白手袋をはめた手で週刊誌を開いている。ぱらぱらとページをめくる。

「何か気になるんですか?」真壁に声をかける。

「読み終わった週刊誌をカバンに入れとくか?」

「いや・・・捨てます」

「そうか」

 開渡係長はうなづいた。係長とは会話らしい会話が続いたことがない。真壁は係長と話す時はいつも壁に向かって話しているような気分になり、面食らってしまう。

「もう一度、読みたい記事があったんじゃないでしょうか」真壁は言った。

「あるいは、広告か」

 時計が10時45分を回った頃、署の受付から電話が入った。諸井の妻と父親が到着したという。真壁は重い腰を上げた。遺族の顔を見るのはいつでも憂鬱だが、聞かなければならない話はたくさんある。

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