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午前4時42分、2人の男が池袋駅西口の方から交差点を渡ってこちらへ走ってくる。まずは捜査一課の二枚目を自称する桜井章巡査部長。今日もけばけばしい色合いのイタリア製のスーツに、きついオーデコロンという取り合わせだ。
「なんだ、お若いのが一番乗りか」
35歳の桜井は歳が大して離れてない真壁のことを、なぜか「お若いの」と呼ぶ。
寝起きの欠伸まじりの声で「ああ、畜生」と言い、シートの下へ勢いよく頭を突っ込んだのは、33歳の清宮祐希巡査部長。頭の中はいま付き合っている彼女とのデートのことで一杯のはずで、殺された中年男など微塵にも思っていないはずだ。
「一緒だったんですか?」真壁が言った。
「駅で。タクシーから降りたら、横を肩で風切って歩いてる奴がいて・・・面見たら、コイツだった」
桜井は清宮を指すなり、痘痕の目立つ強面をニッとさせた。掛値のない話、二枚目に相応しい顔立ちをしているのは清宮の方だった。そんな真壁の思いをよそに、桜井も膝を曲げて遺体に触れる。
いったん仕事となれば、刑事なら誰だって無駄口は消えるが、清宮が声を上げる。
「鼻が・・・何だこれ、喰われたのか?」
「見当もつかんな」桜井がひっそりと笑った。
新たに、ビニールシートの方へ首を伸ばしてきた顔が一つ。
「寒いな。コロシか?」
池袋南署の刑事課長だった。場所を譲りもしない桜井と清宮の肩越しに遺体を覗いて真壁に尋ねた。
「何か盗られてるのか?」
真壁は首だけ横に振ってすませた。
「じゃあ、ただ殺されたってのか?」課長は一人ごちたが、誰も応えない。「鑑識はどこだ?まだ来てないのか。始発の電車が動き出す前にコレ、署の方へ移したいが」
「鑑識が来ないことには」
「本庁もたるんどるな、近頃は。この遺体、通勤ラッシュが始まるときにこんなところへ置いておけってのか。で、本庁から上は出てくるのか、来ないのか」
真壁は肩をすくめた。
「それにしても、お宅も人数が少ないな」
「はあ」
「ああ、ひどい雪だ。この冬一番の寒気団が来てるってな・・・」
ぶつぶつとぼやき始めた刑事課長のスラックスの足をつついて、清宮が顔を上げずに「邪魔だ、どけろ」と吐き捨てる。清宮の背中を見下ろして、不快な顔つきになった刑事課長が後ろに一歩下がった。
そこに、いろいろな挨拶の声が続いた。新たに十係の顔が三つ加わった。
「来る途中で考えたんだがよ」と言ったのは43歳の主任、馬場徹警部補。その名の通りの恐ろしい馬面が開口一番、ダミ声を張り上げた。「なんで、また俺たちなんだ。順番が合わねえだろうが。今度は絶対、9か11だったはずだ。当直が当番表を見間違いやがったに決まってる」
「間違いだと思ったんなら、なんで出てきたのさ」桜井が言った。
「出てきてから気付いたのよ。だいたい、まだ中野の強殺も片づいてないってときに、どうするんだ。こんなホトケ・・・」
中年の厚顔で馬場は先客を押し退け、遺体の上に屈み込む。両手にはしっかり白手袋もはめている。
その傍らから首を突き出して被害者を覗いたのは、十係で唯一の巡査である田淵良徳。桜井と同じ35歳。眉をしかめて大きな欠伸を洩らした。小太りのふくよかな顔が脂か汗で光っている。
「ひどいなぁ」と呟いたのは、吉岡幸造。十係長に次いで刑事人生の長い54歳の巡査部長は日陰の石のように黙々としている。吉岡も両手に白手袋をはめながら、型通り遺体の上に屈み込む。
十係はあと2人足りない。
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