[2]
午前4時過ぎの夜陰は未だ濃いはずだが、一面のボタン雪がかかって白んで見えた。地面は真っ黒で、雪を被った摩天楼の輪郭が青白く光っている。信号灯とパトカーのビーコンが濡れた路面に映っている。
真壁はタクシーを降りた。ひと気のない路上の現場に立入り禁止のロープが張られ、警らの巡査が数名、私服の捜査員が3名うろうろしている。十係の残りは未着。路面に広げられた青いビニールシートと、周辺に敷いた黄色い通路帯が見える。
現場は、正確には東京芸術劇場の西側にある小さな階段の上だった。所轄の池袋南署から40メートルしか離れていない。
真壁が「本庁です」と声をかける。私服の3人は足踏みしながら、眼だけで応じた。第五方面本部から出てきた第二機動捜査隊だ。1人が派手なクシャミを一発する。所轄の制服警官たちも目礼した。
真壁は膝を折ってビニールシートの端をちらりとめくり、遺体を一瞥した。
「京都から出張でやって来たサラリーマンらしい」機捜隊の1人が言う。「財布、カード、携帯も、全部ある。ほれ」
ビニール袋が突き出された。中身は黒い札入れ、名刺入れ、ハンカチ、レシート1枚、青いストラップがついた携帯電話の5点。
「発見者は?」
「駅前の広場から歩いてきたサラリーマン。今、車の中にいる。たまたま、ここに倒れているこのホトケさんを見つけたそうだ。それで、110番」
「機捜は3人だけですか。少ないですね」
「後楽園から呼び出されたんだぞ。やっとかき集めて3人だ。巣鴨で酔っぱらいが殴り合い。春日通り沿いの居酒屋で、また殺し。首都高は、この雪で事故だらけときた。ハ・・・クシュッ!」
「本庁の鑑識も手が空いてるのはゼロ」別の1人が言う。「春日の現場から回ってくるってよ」
「あんたも、どっかよその本部に出てるんだろうが。かけ持ちか」
「ええ」
「ご苦労さん。ハ・・・クシュッ!」
真壁は黙ってうなづき、冷えた両手の指に呼気を当てて温めた。手がかじかんでいるようでは、何かあった時に対応できない。
その場で立ち上がって、ひと気のない周囲の道路に眼を回す。普段なら、夜を徹して徘徊する遊び人や外国人たちの姿が消え残りのネオンや街灯の下にちらほらしているはずだが、雪のせいか人の姿は見えない。この界隈の空気にしみついてしまっている臭いすら、今はほとんど感じられない。
「あ・・・そうだ」
真壁は機捜隊の3人に声をかけた。
「始発の電車が動くまで、まだ時間があります。始発を待っているのが、この辺りの漫画喫茶とかネットカフェとかにいるかもしれません。適当に分担して当たってみて下さい」
普通なら係の主任が至急に地図を区割りして、その場にいる捜査員を聞き込みに走らせるが、この雪ではいつ来るか分からない。真壁は現場にいた警らからも3名出して、機捜隊に同行させた。
「5時半上がりで。この場所に再集合」
現場に残ったのは、真壁と巡査が2名だけ。腕時計を見ると、午前4時26分になろうとしている。耳を澄ましたが、何の物音も聞こえない。
鑑識も十係の残り7名も、所轄の捜査員らも、まだ来ない。110番の通報や指揮台の指令を、同時通報のスピーカーで聞いたはずの新聞各社の姿もない。たしかに地方から来たサラリーマンがひとり路上に倒れていても、ニュースのネタにはならないのは事実だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます