匂い

19の終わり位から煙草を吸い始めてそこから10年位喫煙してて、値上がりした時に丁度結婚の話が出たのもあって禁煙した。

そしたら少し嗅覚が鋭くなった気がした。

煙草を止めると食欲が増すって言うけど、あれって口淋しいからというより食べ物の良い匂いがわかるようになるのも大きいと思う。

旦那になる人にその話をしたら「じゃあ絶対悪い事は出来んなあ、いや、しないけどね」とあっけらかんと笑っていた。


結婚してから少しして、旦那のコートから少し不思議な匂いがした。

しかしそれがなんなのか最初はよくわからなかったので少し様子を見ることにした。

余り良い匂いではなかったので一先ずクリーニングに出した。


ある時、旦那が1週間程の出張に行く事になった。

その時私は妊娠をしていたのだが、電車で数駅のところに住む義母が心配をして何かと世話を焼いてくれた。

勿論気は使うが義母は性格が明るく大雑把なところもあるので、意外となんとかなっている。自分の実家は遠いので、義母とまあまあうまくいっているのは運が良い方だと思う。

何故か時折義母からも例の旦那のコートと同じ匂いがした。

結婚当初には全く感じなかった匂いなので不思議だった。

しかし妊娠の影響でナーバスになっているのだと考え、気にしないフリをした。


土曜の事、検診や色々な用事で外出したついでに、義実家でお昼をご馳走になった。

お腹は少し大きくなってきていて「少し体動かした方がいいわよ」と義母に言われたので、散歩がてら駅まで送って貰うことになった。

「この公園通ると本当は駅まで近道なのよ、でも夜遅いと人が居なくて危ないから使わない事も多いけどね」と義母は言う。


その途中でふと「あの匂い」がしたような気がして立ち止まる。


どうしたの?と義母。

「いえ、大丈夫です」と答えて義母に追い付く。

すると義母は少し申し訳なさそうな顔で言った。

「今あなたが立ち止まったところに小さい倉庫みたいなのあったでしょ、掃除用具とか入れてあるらしいんだけど、よく浮浪者が寝泊まりしてるみたいで…」と歯切れが悪い。いつもの明るい義母らしくないなと感じた。

「だから本当に夜遅くはここ通らないように気を付けるのよ、特に女の人はね」と何度も念を押され、頷くしか出来なかった。


月曜に帰宅した夫にその公園の話をすると「先月その倉庫で浮浪者が変死してたんだよ、ニュースでも余り取り上げられなかったし実家の方は区が違うからな、知らなかったか」と言われた。

義母は妊婦である私に気を使って全てを言わなかったのか。成る程。


旦那のスーツから不思議な匂いがした時「実家に少し寄ってから帰る」と言っていたのを思い出した。

旦那の姉がやはり子供を産み、顔を出すように言われていたのだ。自分は丁度悪阻の時期で仕事に行くのがいっぱいいっぱいだったのもあり、その時は旦那だけが短時間顔を出すことになったのだった。

旦那は行きも帰りもあの公園を通ったという。


あの公園に染み付いたままの匂い、それを考えると今でも寒気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る