サーチライト
馬鹿か。あんたは何も知らないただの人。すぐそこにある未来を知ってるのは私だけ。すぐそこの危機を回避できるのも私だけ。
千里眼なのは私だけ。
私は子供の頃から少し先の未来が見えた。
でも祖母に「その事は余り口に出してはいけない」と言って聞かされて育った。下手にべらべら喋れば頭がおかしい子だと思われるから。それはよくわかっていた。だからその力を使う時はよく考えて使いなさい、と祖母は言った。
そもそも未来がほんの少し見えるだけで未来を変えられるわけではない。
例えば雨の降る夜道を歩いているとして。
私の数メートル前を歩くカップルが10秒後に飲酒運転の車に跳ねられて男は大怪我、女は打ち所が悪くて死ぬ未来が見えたとする。
寸出のところ、1番ベストなタイミングを見計らって後ろから「危ない!」と叫べばなんとかカップルの最悪の不幸は避けられる。
しかし飲酒運転の車がスリップ事故を起こして歩道に乗り上げて来る未来はどうしても避けられない。
もし叫ぶタイミングが悪ければカップルだって軽い怪我位はしてしまう事がある。
少なくとも私の千里眼などそんな程度のものだ。
そして私は性格がとても悪い自覚がある。
だから自分の精神衛生のためだけに怪しまれない程度に千里眼を使って人を助ける事はある。それこそ赤の他人のカップルが自分の目の前で死ぬなんて言う気分の悪い物は見たくないし、救急車を呼ぶのだって面倒だ。
だから助けたりする。
でも助ける義理が無ければ助けない。
法事で3年振りに地元に帰った。
地元で過ごす最後の日、実家近くのファミレスでひとりでご飯を食べていたらやっぱり3年振りに会う同級生に偶然会った。
大して仲良くも無かった女だ。
しかし彼女は躊躇いなく私の前に座る。そのデリカシーの無さに苛立つ。
私はつまらない田舎の噂話を適当に聞き流し適当な相槌を打ちながら目を合わせず淡々としょうが焼き定食を食べてた。
どう振り切ろうかな、と考えてたら案の定宗教の勧誘にシフトしてきた。
ああ、噂には聞いてたけど本当なんだ。
つい2~3日前に聞いた話。
この女、既婚者とW不倫した挙げ句糞みたいな新興宗教に騙されて金を取られた上、金に困って万引きして離婚されて娘も取られたとかいう噂。しかもそれでも宗教は止めてないとかなんとか。
糞のオンパレードじゃないか、昔から駄目な女だったとは言え流石に話を盛りすぎだろうと思っていたが、満更嘘では無さそうだ。
「あなた最近東京で何やってもうまく行かないでしょ、3代前の水子のせいよ。あなたの先祖が酷い事をしたのよ。私には見える、だからこの後私と一緒に集会所に行ってお祈りしない?」
そう一気に捲し立てられ軽く舌打ちをしたら相手が怯んだのがわかった。
私は箸を起き、相手の顔をようやく真正面から見つめ返す。そしてわざと、驚かせるつもりで彼女の手に触れた。
相手の目が瞬間的に戸惑いに揺れるのを確認すると私は息を吸った。
「………水子がいるのはあんただよね?私にも見えるんだよ。あなた、先月スーパーで店員に酷い事したよね?いい年こいて万引き?だから離婚されて子供も取られたんだよね?しかもW不倫?相手の奥さん流産したんでしょ?………それ、事故だって噂だけど駅の階段から突き落としたのあなただってこと、私知ってるよ?ほんと昔からろくなことしないよね。あなたが不幸な犯罪者なのは前世の徳が低いからだよ。ねえどうする?どうする?私に50万払ってくれたら全部なんとかしてあげるよ。私、東京で占い師やってるの知らないの?」
畳み掛けるようにそう一気に言い返す。
彼女は私の顔を見つめたまま言葉を失っている。
なんか言えよ。
そう思ったが、口をぱくぱくさせたまま何も言って来ない。
この顔。全部図星だったのだろう。
まさか高校を出てから滅多に帰省しない私が全てお見通しだなんて、想定外だったに違いない。
「返事がないならもうこの話は終わり。じゃあ、新幹線の時間があるから」
それだけ言い放つとレシートを持って立ち上がる。
本物相手に調子乗んなよ。
何一つ知らない癖に。
あんたが階段から突落とした女の人、もうすぐあんたに仕返ししに来るよ。
今、ファミレスのすぐ外を歩いてる。
多分今日退院したんだろう。
わかっててのこのこ外に出てくるとか、あんたの神様は偽物だ。
そして私が占い師というのも大嘘だ。
私は助けない。
あの女に糞みたいに苛められてたんだ。これくらいの仕返し、構わないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます