遠足。

数年前、友達とちょっとした大人数で敢えての「大人の遠足」をした事がある。

10人位で3台の車に分乗して、ちょっと遠い海の方に行って、BBQではなくレジャーシート敷いて持参したお弁当を食べて灯台に昇ってみたりフリスビーしたり近隣にある謎の記念館に入ってみたり洞窟を見てみたり。

お弁当は勿論可能な限り手作りで、というルールを設け、男も女もひとり暮らしも実家暮らしも関係なく頑張った。

車だから酒も少なく、いい年こいた大人が敢えて全力で健全な遊びをするという会だった。

灯台は古びていて、一見廃墟に見えた。高所恐怖症の奴は「流石に足場が悪くて恐いわ」と言って上がる事を拒んだ程だ。

そこそこ陽が傾きかけた時、ラーメンかファミレスで夕飯食べて帰ろうか、という話になった。

全力で遊んだ、とは言え、運転手以外でも酒を飲んだメンツはほぼいなかったし結構元気だった。

時間があったので、夕飯の後にスーパー銭湯でも寄りたい、と何人かが言い出した。

明日も用事があるから早く帰りたいという3人だけ先に帰らせて、残り2台に7人が分乗した。

「以前長期出張でこの辺にいた事があるんだよ」とその辺りに土地鑑ある奴が1台目の運転手。


ファミレスの前の道を駅方面に真っ直ぐ行けば一軒あるはず、とカーナビ覗きこみながらそう言ったのに、なかなかスーパー銭湯らしきものは見えてこない。ずっと同じ道を走っているような、そんな変な気分にさせられる。


気が付くと、さっき食事をしたファミレスの前に戻っていた。


ああ、なんてありがちな展開。

冷や汗が背中を伝うが、怖くて声が出せない。全員車の中で息を詰めているのがわかる。

運転手が突然「ちょっとわりぃ」と沈黙を破ると、車を路肩に止める。少し遅れて後からついて来ていたもう1台も同じく後ろに止まる。

運転手は無言で車の外に出ると、煙草を吸った。

こちらに背中を向け、なんの説明もせずに。

薄暗い道、切れかけた街灯の下で運転手の吐きだす煙が幽霊に見えた。

いや、俺には確かにその煙が人間の形に見えたんだ。

携帯灰皿に吸殻を乱暴に押しこんだ運転手は低い声で「いきなりすまん」と言った。

後ろの車に「行くぞ」と手を振って合図をすると運転席に乗り込む。

後部座席に座っていた俺が振り替えると、後ろの車の連中も頷いたのが見えた。多分顔が強張っている、はずだ。

再び車を発進させる。

それからわずか1分後に、スーパー銭湯の看板が見えて全員不思議なため息が漏れた。


車から降りると運転手は誰かにに電話を掛け始めた。

先に帰った3人の内ひとりがちょっと不思議ちゃんで自称霊感少女だったから、もしかしたら彼女に今あった事の報告をしているのだろうか。


「ていうかさっき煙草吸ったのなんだったの?」

湯船に浸かりながら運転手に聞く。

「少し前に不思議ちゃんとオカルト話で盛り上がった時に『山とかで不思議な事が起きたら煙草を吸うといい、悪い奴は煙草の煙が嫌いらしいよ』って言ってたのをふと思い出してやってみた。半信半疑だったけど物は試しでやってみたら間違ってなかった。だから不思議ちゃんに感謝の電話したところ」

そう一気に答えると運転手は大きなあくびをした。

「俺、酒飲んでないし帰りの運転代ろうか?駅まで良ければだけどさ」と聞くと、即答で「頼む」と返された。

そして運転手は「なあ、今更だけどあのボロボロの灯台なんか気持ち悪かったよな?あと洞窟も」と呟いて風呂を出た。


うん、俺も実はそう思ってた。

でも、なんかそういうのって実際口に出すとより胡散臭くて信じて貰えない気がして言えなかった。

さっき運転手がいきなり車止めて煙草吸い始めた時も誰も何も言わなかった。

もう一台の車の連中からもなんのコンタクトもなかったし、あっちはあっちで何か思う所があったんだろう。

案外皆、同じ事を感じてたりして。

そして気持ち悪さを察した不思議ちゃん達は先に帰ってしまったのかもしれない。

一言何か言ってくれても良かったんじゃないか、と思うけど、あの時点で多分不思議ちゃんだって「なんとなくだるい」程度にしか感じてなかったのかもしれないし責める事は出来ない。


しかし今まで散々フィクションやネットで見て来たありきたりな不思議を実際経験すると、不気味過ぎて声が出ないしそれ程盛り上がる事もなくなんとなく始まってなんとなく終わってしまうもんなんだな、と拍子抜けした。

それから皆オカルトに心酔したとかそういう事はなかったけど、その少し後に企画した新年会を兼ねた初詣はやたら集まりが良かった。

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