ことのは。

自分は東京生まれ東京育ちだ。

子供の頃、通学路に廃屋があった。

何十年も前に一家が夜逃げしてそのままになってるとか、その廃屋の中に入ると二度と出てこれなくなるとかそういう噂が広まってた。真偽の程なんて子供にはどうでもいい。

裏側の路地で塀越しに少し背伸びすれば廃屋の中が見えた。

狭い庭があって、縁側があって、居間らしき広い部屋が見えた。

その居間に大きな油絵が飾られていた。

女の子の肖像画。

何故かその肖像画は近隣の子供達の間では「ゴォト様」と呼ばれていた。

誰がいつからそう呼び始めたのかは知らない。

友達の兄弟曰く随分昔からそう呼ばれているそうだ。

とは言えなんとなく不気味な雰囲気の廃屋で不気味な噂と不気味な女の子の絵があるというだけで、実際おかしな現象に出食わすようなことは全くなかった。

ただ「怖い雰囲気」を楽しんでいただけとも言える。


大人になり、仕事について、結婚をして、子供が生まれ、とある地方都市に転勤になった。

関西の方で、まあ東京と比べると少し不便な程度に田舎ではあるけれどそれなりに暮らしやすい環境ではあった。詳しい地名は避ける。

転勤してからしばらくは物凄い激務でなかなか家族を顧みる事が出来なかった。

だけど1年半程したら落ち着いて、週末にきちんと休めるようになった。

気付けば息子は小学一年生になっていた。


家から歩いて20分位のところにある大きな公園に新しくアスレチックが出来た。

ある日曜の昼下がり、息子と二人でそこに遊びに行く事になった。

その道すがら、近所に住む同僚親子と偶然会った。我が家の息子と同僚の息子は同じ年でクラスは違うがたまに遊ぶ程度には仲が良い。同僚一家は古くからこの地域に住んでいる。

聞けば少し先にあるコンビニに行くところだと言い、方向が同じだったため途中まで一緒に歩く事にした。


道の途中に小さな神社が見える。


自分は普段めったに使わない道沿いのため、この神社の事はほとんど気にした事がない。

すると息子と同僚の子が突然鳥居の前で立ち止まり手をパンパンと打ってお辞儀をした。


「なんかここに怖い神様がいるとか子供達は信じてて、前を通る時は挨拶しないと呪われるとかいう噂があるらしいんですよ。大人からすれば昔からあるただのお稲荷さんなんだけど」


お参りごっこをする子供二人を見た自分は余程おかしな顔をしていたのだろう、同僚は苦笑いする。


歩きながら息子に「怖い神様ってどんな神様なの?お父さんにも教えてよ」となんとなく聞いた。息子は屈託のない明るい声で答える。


「よくわかんないけど皆にはゴォト様って呼ばれてる」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る