ガールズ

@mochimochimocchi

第1話 幸子、ルーム。


 仕事から帰ってきて熱い緑茶を飲み、少しだけ休憩するためにベッドに転がって早二時間。薄暗い部屋で幸子は仰向けのまま、特別興味があるわけでもないサイトをスマホでネットサーフィンしていた。


 わんこさん、爪を切られて猛烈に拗ねる―

 ワイ、やらかしたかもしれん―

 読めそうで読めない漢字挙げていこうぜー


 どれも、面白くなくはない。むしろ、読んでいるときは面白くて、クスッと笑ったりもする。でも、読み終わると途端にどうでもよくなって、脳からその情報は次々と削除されていく。無駄な時間を過ごしているなと心から思うけど、つい長時間こうしてだらだらしてしまう。


「あんたまた何やってんの電気もつけないで」

突然部屋がまぶしくなり、甲高い声が響く。優華だ。

「うわ、ちょっと優華、やめてよ突然」

幸子は枕元に置いていたシーリングライト用のリモコンで電気を消そうとしたが、優華に阻止された。


 彼女は同い年の、華美で優雅な生活に憧れる、世間一般から見れば女子力のかなり高い女性、優華。自分磨きに余念がなく、暇さえあれば雑誌を読み、爪にマニキュアを塗り、半身浴で汗をかき、化粧の研究をする、幸子とは正反対のタイプである。

 優華との出会いは小学校高学年のときだった。幸子はそのとき直観で、この子はキラキラしすぎて仲良くなれなさそうだなと思った。しかしその思いとは裏腹に、中学、高校、大学と同じ道を歩み、就職先まで一緒になった今はルームシェアまでしている。


「ねえ、高校のときさ、マツコっていたじゃん。番長みたいだった子。あの子結婚したらしいよ、商社マンと」

 優華の情報網はいつもすごい。幸子はあまり関わったことのないマツコの顔を思い浮かべた。いつも眉間に皺をよせたような表情をしていて、時代に逆らうようにスカートが長かった。先生にばれないようにと何度もウエストのところを折り曲げてスカートをはいていた優華と比べると、1メートルくらい違うんじゃないかというくらい、その丈の長さは違った。

「人生どうなるか分かんないわよねえ。あのマツコが商社マンをゲットよ?絶対ヤンキーとかと結婚して、キティちゃんのスリッパ履いて夜中にドンキとか行きそうだったじゃん。イメチェンしたのかしら」

 優華はこちらが相槌を打たなくてもおかまいなくしゃべり続けられる性質だ。

「優華だって、こないだ商社マンの人とデート行くって言ってたじゃない」

 幸子は一ヶ月ほど前のことを思い出した。

 秋に入ったばかりくらいだったその日は、まだ夏の暑さの残る日だったが、優華はハイネックのニットにタイトスカートを合わせ、下ろし髪を自然に巻いてボルドーのリップグロスを塗っていた。

 優華のお洒落はとても洗練されていて賢い、と幸子は思う。彼女は気合いの入ったデートだからと言って、胸の開いた服を着たり、短いスカートを履いたり、ピンヒールをカツカツさせて歩いたりはしない。二十代後半女性に相応しい、つつましやかな恰好をする。でも、幸子には分かっている。優華はそれが一番男ウケがいいというのを分かってやっているということ、周りの期待に上手に応えているのだということを。したたかな優華の生き方は、それでいて輝いて、幸子にはまぶしく見える。

「あの人はパス。食事の間、ずっと自慢話してるんだもん。しかも性質が悪いのは、すごい謙虚そうに自慢をしてくることよ。『先日任された案件に手こずってて…やっぱり大きい案件になるほどクライアントも一筋縄ではいかなくてさ。とてもやりがいはあるんだけど、たまに思うんだ。ゆっくり農作業をする生活もいいな、てね。僕、土いじるの、わりと好きなんだよ。逆にファンドレイジングは苦手かな。でも部下もまだ育てきっていないうちから任せられないし、上司も僕を指名しているから、期待に応えないといけなくてね』ですって」

 優華はその男性の真似をしているのか、下唇を突き出したような話し方をした。思わず幸子は噴き出す。

「その言い方だから嫌な感じに聞こえるけど、別に言ってることは普通じゃない?」

幸子は素直な感想を口にした。

「甘いわね幸子。農業や部下を引き合いに出して自分を大きく見せようって時点でしょうもない男なのよ。極めつけは、とにかくカタカナが多いの。プライオリティとかコミッションとか。で、散々仕事のこと話した後に、『あ、これはコンフィデンシャルなやつで』だって。もう笑っちゃうわよ。それ使いたいだけでしょってね」

 幸子はその場にいた優華を想像してみた。おそらく優華は、その男性をその場でコテンパンにするようなことはしなかったと思う。笑顔で話を聞いて、「すごいですね」と自慢を誉めたたえ、いい女だなという印象を残して帰ってきたと思う。男性は優華とまたデートに行きたがるだろうけど、優華はもう何かと理由をつけて男性とは会わないだろう。男性は、自分の何がいけなかったのだろうと自問自答するだろう。優華はそういう女なのだ。幸子にしてみれば、男性とデートに行くという時点で、未知の世界の話なのだけど。


「あーお腹すいたー。おお、二人ともいるじゃんおつかれー」

 今入ってきたのはもう一人のルームメイト、望。

「あら、望久しぶりね」

 優華の言う通り、望が帰ってきたのは二ヶ月ぶりくらいだ。望は何かと好奇心旺盛な女性で、面白そうなものを見つけては気の向くままにいなくなってしまう。ちなみに、望も幸子、優華と付き合いの長い、同い年の女性である。中学生のときに知り合い、それからというものは腐れ縁のようなもので繋がっている。

「望、また何も言わずにどっか行っちゃって」

幸子が恨み言を言うと、望は口を大きく開けて笑った。

「ごめんごめん、思い立ったらいてもたってもいられなくて」

幸子は、望のこの笑顔が好きだ。望はしぐさのひとつひとつが大きく自信に満ちていて、表情がコロコロ変わる。前髪を上げておでこを出しているのが最高に魅力的だと幸子は思う。生きているエネルギーが溢れているようで、正直ちょっと憧れる。

「ねえ、幸子も優華も夕飯まだでしょ。私がカオマンガイ作ってあげようか。電車で隣の席だった子がたまたまタイ人でさ、作り方教えてくれたのよ。すぐできるコツがあるの。食べるわよね」

望は返事を聞く前から、もう作るつもりでいる。幸子はすっかり望のペースに巻き込まれながらも、食べたことのないカオマンガイの味にわくわくした。

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