1-21『最終決戦4』

「綾乃さんっ!!」


 ミキは慌てて撃たれた綾乃のそばに駆け寄る。

 綾乃はすでに意識をなくし、青ざめた顔で苦しげにうめいていた。

 千歳とジェシカもすぐに駆けつけてくれる。


「急所はギリギリ外れていますわ。でも、銃弾は貫通していない」


 綾乃の着ているセーラー服を破いて、ジェシカが銃弾で撃たれた傷を確認する。

 銃弾の当たった場所からは、わき出るように血があふれ出していた。

 ジェシカが荷物から手術道具を取り出す。


「回復魔法を使いながら、体内に残った銃弾を摘出しますわ」

「ジェシカこそ大丈夫?」


 千歳が心配するのも無理はなかった。


 回復魔法も身体強化の魔法も大きく魔力を消費する。

 それらを立て続けに使ったせいで、ジェシカは顔がすっかり青ざめており、全身からは大量の汗が噴き出していた。

 応急手当が必要なのは、むしろ彼女の方であるように見えるくらいだ。


「ここで手当てしないと綾乃さんは助けられませんわ。わたくしのことは大丈夫……千歳さんは携帯ライトで傷の部分を照らしながら、ガーゼで血を拭き取ってくださいまし! これは時間との勝負ですわよ!」

「……わ、分かった!」


 ジェシカと千歳の二人が綾乃の応急処置を始める。

 ミキはその場に力なく座り込んでいた。


(私が一番近くにいたんだ……私が気づいていたら!)


 悔やんでも悔やみきれない。

 あの瞬間、自分は魔法に夢中の子供になっていた。

 仮にも月兎隊の一員であることを忘れていたのだ。


 甘かったと言わざるを得ない。

 野良戦車を倒しても、戦いは終わっていなかったのに……。


「それではごきげんよう、月兎隊のみなさん」


 マグノリアがゼロ部隊を引き連れて歩き出す。

 彼女たちは魔動機械の森に姿を消していった。


(……何かおかしい)


 ミキはここで違和感を覚える。


 マグノリアは魔力爆弾を探している。

 あの野良戦車が機械迷宮の核なら……魔力爆弾の野良戦車化したものなら、その残骸から回収すればいいだけの話だ。

 でも、マグノリアは野良戦車の残骸に見向きもしない。


 導かれる答えは一つ。

 本当のボスは他に存在している。


「私、マグノリアたちを追いかける!」


 綾乃は負傷していて動けず、ジェシカと千歳は応急処置に専念している。

 ここで動けるのは自分しかいない。

 それが分かったら、ここで立ち止まっているわけにはいかなかった。


「ミキ、やめて! 危険すぎる!」


 千歳が血相をかえて引き留めようとする。

 言葉を口にする余裕もないのか、ジェシカはこちらを一瞥するだけだった。


「ミキ……」


 そのとき、不意に綾乃の声が聞こえてくる。

 麻酔で意識朦朧としながらも、彼女は真っ直ぐにミキを見ていた。


「しゃべっては駄目ですわ! 今は回復に専念して!」

「ミキ……三日月を……」


 綾乃はそれだけ言って、再び意識を失ってしまう。

 彼女の愛刀『三日月』を拾い上げて、ミキはそれを腰のベルトから提げた。

 自分の体には釣り合わない重さだが、今はこのずっしり感が頼もしい。


「みんな、ここで待ってて!」


 マグノリアたちを追いかけて、ミキは猛然と走り出す。

 背後から呼び止める声がしたが、次第に遠くなって聞こえなくなった。


 ×


 ミキが辿り着いた場所は、足下から赤い光のこぼれる広間だった。


 不気味な赤色の光は血管のように地面を走り、まるで脈打つように鈍く点滅している。

 周囲の空気に濃厚な魔力が含まれているのか、呼吸するだけで第二の心臓を刺激されて、右胸が熱いものを飲み込んだようにじりじりしてきた。


(苦しい……でも、追いついた!)


 ここまで来るのに走り疲れて、ミキは荒い呼吸を繰り返す。


 マグノリアたちは空間の中心に向かって進み続けていた。

 その中には凛音の姿があり、幸いにも魔力爆弾は入手していないらしい。


 不意に空間の中心が赤黒く光り始める。

 それが魔力の塊であることは、ミキにもハッキリと感じ取れた。


 野良戦車特有の不吉でまがまがしい……暴力の匂いがする魔力。

 けれども、周囲には野良戦車の姿が見られない。


「これが機械迷宮の核か……」


 マグノリアが近づくにつれて、魔力の輝きは強さを増していく。

 魔力の輝きは圧縮されて、最終的に人間ほどの大きさに収束した。


「待って! 魔力爆弾に手を出さないで!」


 無茶とは分かりつつも、ミキは説得を試みる。

 案の定、マグノリアは彼女の言葉を鼻で笑った。


「こいつを手に入れるのが私の仕事だよ。魔力爆弾を他国の馬鹿共には渡せない。こいつはタイラン合衆国だけが利用させてもらう。まあ、本当に使うかどうかはお偉いさん任せで、私の知ったことじゃあ――」


 変化は突然に起こった。

 マグノリアの背中から鋭い刃物が突き出てくる。

 ミキには少なくともそう見えた。


 その鋭い刃物が赤黒い光から現れて、マグノリアの体を貫いたのだと分かったのは、彼女の口から大量の血があふれるのを目の当たりにしてからだった。


 赤黒く光る魔力の塊が徐々に形を変え始める。


 それは簡単に手折れてしまいそうな四肢を……目も鼻も口もない不気味な頭部を……血なまぐさい風にたなびく髪の毛を……すなわち、人間の少女を模した形になった。全身が赤黒く明滅している姿は、この上なくグロテスクで正視に耐えない。


「なんだ、これは……」


 マグノリアがようやく自分に起こった異常に気づく。

 彼女の体からずるりと刃物が引き抜かれ、胸の刺し傷から血しぶきが吹き上がった。


 顔のない少女が握りしめた刃物を振り上げる。

 彼女が握りしめていたものは、真っ赤な血にまみれた秋津刀だった。


「お……お前ら、早く私を……助け……ろっ!」


 地面に倒れ伏すマグノリア。

 彼女が咳き込むと、どす黒い血が口からあふれてきた。

 顔のない少女が繰り返し秋津刀を振り下ろす。


「回復魔法を……ぐっ……何をしているっ……」


 マグノリアが助けを求めても、ゼロ部隊の少女たちは動かない。

 否、彼女たちは恐怖のあまり動けなくなっていた。


 魔力そのものが生命体を模した形になり、手にした凶器で人間に襲いかかる……そのような現象を少女たちは知らない。

 理解を超えた常識外の現象を目の当たりにして、彼女たちを人間たらしめている理性が音を立てて崩れ落ちた。


 絹を裂くような悲鳴をあげて、ゼロ部隊の少女たちが一目散に逃げ出す。


 その場にはうつろな目をした凛音だけが残された。

 理性を乱されなかったのは幸か不幸か……。


 マグノリアはすでに事切れている。


 それでもなお、顔のない少女は秋津刀を振り下ろし続けていたが、唐突に振り向いたかと思うと、今度は凛音に向かって襲いかかってきた。

 その動きは身体強化の魔法をかけられているかのように素早く、赤黒い光が常人離れした軌道を描いていた。


「凛音さんっ!」


 綾乃の愛刀『三日月』を抜きながら、ミキは彼女の方に向かって走り出す。

 凛音の体を突き飛ばし、三日月に魔力を通して振り上げた。

 顔のない少女が振り下ろした秋津刀と三日月が衝突する。

 途端、ミキの体ははじき飛ばされて、背中から金属質の地面に叩きつけられた。


 小さな体躯から放たれたとは思えない、瓦礫の塊で殴りつけられたような衝撃で、三日月を握るミキの両手はじんじんとしびれている。

 相手が人間なのか機械なのかは分からないが、まともに戦って勝てる相手とは思えなかった。


「待って! あなたとは戦いたくない!」


 ミキは話しかけてみるものの、顔のない少女は一切反応しない。

 それどころか明らかな殺意を込めて、立て続けに秋津刀を振り下ろしてくる。


 魔力を通した三日月で、ミキはどうにか致命傷を回避し続けた。

 秋津刀の切っ先が体を掠めて、血の飛沫が周囲に飛び散る。

 全身に走るひりひりとした痛みが、極限まで意識を鋭敏にさせた。


(どうにか距離を取ってから波動弾を……)


 ミキの思考を断ち切るように、すくい上げるような一撃が飛んでくる。

 彼女の両手からはじき飛ばされる三日月。

 ミキの体も後方に吹っ飛ばされてしまう。


(三日月を拾わなくちゃ……いや、それならむしろ!)


 地面を転がされながらもどうにか立ち上がる。

 大きく距離の開いた今しかない。

 ミキは立ち上がりざまにマウスピースを口でくわえる。


 第二の心臓に意識を集中させ、顔のない少女に向けて波動弾を放った。

 右手から放出される圧縮された魔力。

 それは顔のない少女の振り下ろさんとする秋津刀に命中する。

 血まみれの秋津刀がはじき飛ばされ……しかし、顔のない少女は止まらない。


(えっ――)


 ミキは驚きに眼を開く。

 顔のない少女の右手が、彼女の胸に深々と突き刺さっていた。


 胸から血は出ていないし、痛みがあるわけでもないので、物理的に刺さっているわけではないと分かる。

 顔のない少女の右手は赤黒い魔力に覆われて、ミキの胸に深淵のような暗闇の渦を作り上げてきた。


 胸の奥からじわりと染み込んでくる怖気。

 次の瞬間、ミキは知らない場所にいた。


(気絶させられた? ワープさせられた? 風景だけ一瞬で変わった?)


 理解が追いつかずに混乱する。


 ミキは薬品臭く薄暗い部屋に寝かされていた。

 床からは離れているので、おそらくベッドなのだろうが、随分と固くて心地が悪い。全身が外気に触れていて肌寒く、裸でいさせられていることに困惑する。

 起き上がろうとしても力が入らず、動かせるのは視線だけだった。


 ミキの傍らには白衣を着た男が立っている。

 白衣の男が持っている道具には見覚えがあった。それはジェシカが使っていたものと同じ手術道具である。綾乃の銃創から銃弾を抜くために使ったメス……それと同じものがミキの胸を大きく切り開いた。


 痛みがない代わりに嘔吐しそうなほどの気持ち悪さが込み上げてくる。

 他人に自分の体をいじくり回される嫌悪感。


 白衣の男が手術道具を置き、今度は人骨を模した金属片を手に取った。

 金属片は青白く輝いて、魔力が込められていると分かる。

 白衣の男は金属片をミキの体内に納め、ぬいぐるみでも縫い直すように胸を閉じた。


 その直後である。

 何一つの前触れもなく、真っ白な閃光が全てを吹き飛ばした。


 ミキは圧倒的な魔力の本流を肌で感じる。

 破滅的なまでにまがまがしい、暴力の権化としか思えない魔力波。

 それは顔のない少女を前にして感じたものと同じだった。


(そうか、これは……)


 ミキはようやく現実に戻ってくる。

 いつの間に倒れたのか、冷たい鉄の地面が目の前にあった。


 顔のない少女は秋津刀を片手にこちらを見下ろしている。


 体の中をいじくられた気持ち悪さで、起き上がるどころか呼吸するだけでも苦しい。

 大きく息を吸い込むと右胸が強く痛んだ。


「あれは……あなたの記憶だったんだよね?」


 ミキは痛みをこらえて問いかける。

 秋津国で開発されていた新兵器というのは、列車砲型の野良戦車が使っていた空間跳躍の魔法だけではなかった。

 この目の前にいる顔のない少女も、戦争に勝つために生み出された兵器だったのである。


(それもただの兵器じゃない……元々は普通の女の子だ)


 兵器にされてしまった少女は、魔力爆弾の魔力波を受けても死ななかった。

 それどころか、彼女から同質の魔力を感じられたことから考えるに、消滅しなかった魔力爆弾と融合してしまったのである。


 それから10年間、この少女はたった一人でここにいたのだ。

 機械迷宮の主として、戦争が終わったことも知らず……。


「もう戦わなくてもいいんだよ」


 ミキは顔のない少女に語りかける。


「戦争は終わったの。だから――」


 顔のない少女が秋津刀を振り下ろそうとする。

 寸前、その手がぴたりと止まった。


 彼女の背後に現れるもう一人のシルエット。

 意思を奪われていたはずの凛音が、振り下ろされようとする右腕をつかんでいた。

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