1-19『最終決戦2』

 ミキたちは素早く準備を整えると、すぐさま機械迷宮に潜入を開始した。


 解放軍に見張られているかと思ったが、機械迷宮の入口どころか道中にすら解放軍の姿は見られなかった。

 魔力爆弾の回収は解放軍の仕事ではなく、あくまでマグノリアがタイラン合衆国の本国から受けた指令である。おそらく解放軍の他の人間にすら、知られることを恐れているのだろう。


「解放軍が一枚岩じゃないのは、私たちとしては好都合だわ」


 龍の巣に向かう道を歩きながら、先頭を歩いている綾乃が言った。

 彼女の腰には今日も愛刀『三日月』が提げられている。


「マグノリアの動かせる戦力は、おそらく担当している一部隊に限られる。魔力も装備も優れているゼロ部隊を相手にするのは難しいでしょうけど、解放軍の全戦力を相手にするよりはずっとマシね」


 魔力爆弾のありかを解放軍に伝えてしまう……という手段も考えられなくはなかったが、争いが激化する危険性を考えると採用できなかった。

 タイラン合衆国と主導権争いをしているシヴァレル連邦は、是が非でも魔力爆弾を入手しようとするだろう。

 マグノリアのゼロ部隊を封じ込めることができても、新しい敵と戦うことになってしまうだけだ。


「できることなら、ゼロ部隊とは戦いたくないけど……」


 難しいのはミキも承知だ。

 ゼロ部隊と遭遇したら間違いなく戦闘になる。マグノリアが話し合う時間を与えてくれるとは思えない。薬物注射によって思考力を失った凛音は、マグノリアの命じるまま本気で攻撃してくるだろう。


(そうなったとき、私には何ができるんだろう?)


 ミキは歩きながら一心に考える。

 けれども、答えが出るまで待ってもらえるような時間はない。一度通った道であることに加えて、かなり急いで進んできたこともあり、本来は二時間弱はかかる道のりを一時間ほどに短縮することができていた。


 ミキたちは崖の上から龍の巣を見下ろす。

 龍の巣は四方を崖に囲まれた砂地になっている。砂地には大きな穴が二つ空いており、今まさにマグノリアとゼロ部隊の少女たちが、その穴に降りるために集まってきた野良戦車と戦っているところだった。


 案の定、ゼロ部隊の中には凛音の姿もあった。

 ゼロ部隊の少女たちが重力弾の魔法を放つと、周囲の空間がぐにゃりと歪んで、野良戦車の砲塔や脚部が無残にねじ切られる。どうやら、並大抵の野良戦車はゼロ部隊にとって単なる的でしかないらしい。


 数台の野良戦車を仕留めて、マグノリア率いるゼロ部隊が穴を降りる。

 隊長だったはずの凛音だが、今は部隊の一番後ろを歩いていた。

 最後尾にいるマグノリアから監視されているようにも見える。


「凛音たちが降りていったのは爆薬で開けた方の穴ね。待ち伏せされている危険性も考えられるから、私たちは念のためにもう一つの穴から降りましょう」


 完全に調子を取り戻し、冷静な判断を下す綾乃。


 ミキたちはひとまず、先日と同じように崖下まで降りると、龍の巣のボスが最初に出てきた穴まで移動した。

 穴は10メートル四方の四角形で、絶壁と見紛うほどの急斜面につながっている。あの野良戦車はこの斜面を駆け上がってきたのだろう。


「……これでよし」


 千歳が瓦礫に結びつけたロープを穴に放り込む。

 まずは先頭の綾乃から降りていき、その次にミキが降りる番になった。

 細いロープを頼りにして、無心で急斜面を下る。


 どうにか下まで到着してみると、


「なに……ここ……」


 ミキは周囲の光景を目の当たりにして言葉を失った。


 彼女の見慣れた『建物の瓦礫と機械の残骸で組み上がった機械迷宮』の面影はどこにも見られない。

 斜面を下った先に広がっていたのは、無数の魔動機械が視界を遮るほど乱立し、今もなお動き続ける『生きた機械の森』だった。


 否、動いているというより、蠢いているという表現が正しい。

 魔動機械たちは動いているが、その動きは完全に無意味なのだ。歯車を回転させ、クランクを上下させ、ランプを赤く光らせているのに、それらの魔動機械は何も生産していないし、何も処分していないのである。


 錆び付いて耳障りな重低音を響かせている様は、さながら死ぬことすら許されず永久に働かされる奴隷か……あるいは天国に行くことを許されない亡霊たちが嘆いているかのようで、気を抜くと鬱々とした妄想に駆られそうになる。


 ミキが呆然としているうち、千歳とジェシカもロープを下ってきた。


「ここが伝説の第二階層ってわけね」


 千歳が周囲を見回しながら呟いた。


「知ってるの、千歳さん!?」

「ほら、機械迷宮にはいくつも都市伝説があるって前に話したでしょ? これもその一つで、私たちが知っている機械迷宮は、実は大きな迷宮のほんの一部に過ぎなくて、足下にはもっと大きな迷宮が眠っているっていう……でも、まさか本当にあるなんてね」

「どうにも不気味な場所ですわ」


 緊張から顔をこわばらせているジェシカ。


 そのとき、そびえ立つ魔動機械の向こうから異様な爆音が聞こえてくる。炎の燃えたぎるような轟音と、金属同士をこすり合わせたような異音が入り交じり、まるで大勢の人間が悲鳴を上げているかのようだった。


「行きましょう!」


 綾乃が走り出したのに続き、ミキたちも一緒に駆け出した。

 魔動機械の陰に身を隠し、一同はその先を慎重に覗き込む。

 そこでは……すでに戦いが始まっていた。


「重力弾、用意!」


 マグノリアがゼロ部隊の少女たちに指示を飛ばす。

 五人の少女たちはマグノリアの前に並び、マウスピースを口にくわえて構えていた。

 その中にはもちろん凛音の姿もある。


 敵対しているだろう野良戦車の姿は見られない。

 かと思いきや、それは突然現れた。


 マグノリアと凛音たち前方50メートルほどの位置……その空間が突如として歪み、透明な泥の中から顔を出すかのごとく一台の野良戦車が姿を現す。

 形状は一見すると蒸気機関車に似ていたが、無数のトゲや砲塔を車体の至る所に装備し、赤黒い魔力の光を放つ姿は、間違いなく野良戦車そのものである。


 車体も明らかに巨大化していた。猛スピードで突進してくる様子は、戦車ではなく戦艦が突っ込んでくるかのようである。

 車両の足下に本物の線路は存在しない。しかし、魔力から生み出された光の線路が、野良戦車の進行方向に次々と出現しては、走り抜けると同時に消えていくのだった。


「あいつ、ワープして出てきたっ!!」


 驚くあまり大声を出してしまう千歳。


「そ、そんな魔法ってあるの!?」


 ミキが三人に尋ねると、全員揃って首を横に振った。


「重力弾、発射!」


 マグノリアの指示でゼロ部隊の少女たちが魔法を放つ。

 瞬間、前方の空間が大きくねじ曲がった。


 野良戦車が歪曲する重力場に突っ込む。

 だが、車体から突き出ているトゲや砲身が何本かねじ切られるだけで、野良戦車の勢いはいささかも弱まっていない。

 それどころか、ますます加速してマグノリアや凛音たちに向かって突進してくる。


「回避!」


 間一髪のところで突進を回避するマグノリアたち……しかし、野良戦車は乱立する魔動機械を踏みつぶしながら追尾してくる。車体から突き出た砲身から波動弾を乱れ撃ちして、周囲に残骸の雨を降らせてきた。


 そのとき、少女の一人が悲鳴をあげる。

 彼女の脇腹には魔動機械の破片が突き刺さっていた。

 動けなくなった仲間に対して、ゼロ部隊の少女たちは見向きもしない。


「……もう壊れたか」


 傷ついた少女を一瞥するなりに舌打ちするマグノリア。

 当然のように少女を治療する気配はない。

 不幸中の幸いなのは野良戦車がようやく標的を見失ったことだろうか。


「綾乃さん、ジャスティスさせていただきますわ」


 真っ先に反応したのはジェシカである。

 彼女は傷ついた少女を前にして、明らかに怒りを露わにしていた。

 綾乃が一秒の間も置かずにうなずいた。


「私たちも出ましょう」


 魔動機械の陰から一同は姿を現す。

 傷つき倒れた少女にジェシカが駆け寄り、ミキたちは彼女を守るようにして立つ。

 ジェシカは回復魔法を使いながら、すぐに少女に応急手当をし始めた。


「おっと……追いつかれちゃった?」


 マグノリアがこちらに気づいて、振り返るなりに両手を挙げてみせる。


「こんな状況だものね。あなたたちと争うつもりはないわ。ほら、手ぶらよ」

「マグノリア……凛音を返してもらうわ」


 愛刀『三日月』の柄に手をかける綾乃。


 凛音はこちらに振り向く気配もなく、うつろな目で遠くを呆然と見つめている。

 実の姉のように慕った人がそばにいても、彼女の目にはもはや映りすらしないのだ。


 心がふれあうことも、反発することもない。

 そもそもにして、届かなくなってしまったのだから……。


「連れて行ってもいいけど……無事で帰れるとは思えないかな」


 マグノリアの言葉は単なる脅しと思えなかった。この状態の凛音を連れて行こうとしても、彼女はマグノリアの命令で抵抗するだろう。

 絶壁のごとき急斜面に辿り着いたところで、機関車型の野良戦車に捕捉されたら逃げ切れない。


「あの列車砲が倒せるまで一緒に戦うしかないね」


 千歳が悔しそうに奥歯を噛みしめる。

 ミキは聞き慣れない言葉をつい聞き返した。


「列車砲?」

「外国にある汽車のレールで移動する大砲のこと。秋津国は土地が狭くて山ばっかりだし、そもそもタイラン合衆国とは海戦ばっかりしてたから、そんなの造られなかったんだけど……本当にとんでもないものに合体してくれちゃったわよ」


 千歳は語り口調こそ軽いが、声が恐怖と緊張でこわばっている。


(あんなものをどうやって倒せば?)


 機関車型改め、列車砲型の野良戦車を倒せるビジョンが見えてこない。


「もしかしたら、あれが千歳の言っていた大戦中の新兵器かもしれないわ」


 綾乃が鋭い推察を述べる。


「秋津国はかつての世界大戦で、タイラン合衆国に海戦で苦しめられていた。でも、空間を飛び越えて魔動戦車を送り込むことができたら、戦争の勝敗は分からないけど、タイラン合衆国に大きな打撃を与えていたかもしれないわね」


 かつてのタイラン合衆国は、空間跳躍の魔法が完成する前に魔力爆弾を落とした……のかもしれない。真相は闇の中である。実際のところ問題なのは、自分たちはその新兵器を倒さなければいけないことだ。


(こんなに強い野良戦車ってことは……もしかして、これが機械迷宮の核なのかな?)


 機械迷宮を構成する野良戦車の巣は、強力な野良戦車が核を担っている。それならば機械迷宮の中心に存在する核も、野良戦車化している可能性が考えられる。


(そうだとしたら、あの野良戦車は魔力爆弾の力で動いている?)


 想像するだけで恐ろしくなってくる。

 龍の巣で戦った個体のような、ボス級の強さを持っているのは間違いない。


「止血は終わったけど、回復には時間がかかりますわ」


 ジェシカが一同に報告する。

 負傷した少女の腹部には、ジェシカの手によって包帯が巻かれている。けれども、顔色が悪く意識も朦朧としていて、他人の手を借りてすら立ち上がれそうな状態になかった。

 ジェシカはそんな少女に対して、懸命に回復魔法をかけ続けている。


 そのときだった。

 どこからか、人間の悲鳴にも似た野良戦車の駆動音が聞こえてくる。


(姿は見えない……それなら、どこからかワープしてくる!?)


 ミキは周囲を見回すが、空間の歪みはどこにも見られない。


「「全員散開ッ!!」」


 頭上を見上げていた綾乃とマグノリアが同時に叫ぶ。


 全員同時にその場から飛び退くと、直後、頭上から列車砲型の野良戦車が歪んだ空間から落下してくる。

 野良戦車は地面に衝突する寸前、再び空間を歪ませると、その中に姿を消して見えなくなってしまった。


(まずい、綾乃さんたちとはぐれた……)


 ミキは周囲を見回すが、月兎隊の仲間の姿は見当たらない。

 巨大な魔動機械の乱立するこの場所はとにかく視界が悪かった。

 明かりになるものは魔動機械の発する赤い光のみである。


(……そうだ、携帯ライト!)


 ミキは荷物の中から、魔力充填式の携帯ライトを取り出す。

 これはあらかじめ魔力をためておき、スイッチ一つで明るくなる優れものだ。


 携帯ライトのスイッチを入れて、頭の上でぐるぐると振り回す。

 これなら遮蔽物の多い場所でも見つけてもらいやすいと思ったのだが……。


 足下から聞こえてくる野良戦車の駆動音。


(そっちに見つかっちゃった!?)


 ミキの足下の地面はすでに、渦を巻くようにぐにゃりと歪んでいた。

 空間の歪みから野良戦車が垂直に飛び出してくる。


 ミキは全力で前に向かって飛ぶが、セーラー服の裾が車体の一部に引っかかった。

 彼女の体が空高く吹っ飛ばされる。


 ぐるりと回転する視界。


 魔力で生み出したレールを駆け上りながら、野良戦車が無数の砲身から波動弾を乱射した。


(蜂の巣にされるっ!?)


 ミキはとっさに魔力防壁の魔法を起動する。

 直後、波動弾の一発が展開された魔力防壁に命中した。

 衝撃が内臓まで伝わってきて、危うくマウスピースを落としそうになる。


(耐えた……でも、このあとは?)


 どちらが上で、どちらが下なのか、落下中のミキにはそれすら分からない。

 あとは鋼鉄の地面に叩きつけられるのを待つしかなかった。


 そのはずだったのだが……不意に落下の速度が遅くなる。

 風船でも体につけられたかのように、ミキはふんわりと地面に着地した。


 目が合う。

 ミキの着地したすぐ目の前に、マウスピースを口にくわえた凛音が立っていた。

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