1-18『最終決戦1』
全身が温かい。
ミキが目覚めて感じたのは、牢屋に捕らえられたときとは真逆の感覚だった。
体にかけられている布団には、干したときの太陽の匂いが残っている。
「ここは……」
寝ぼけ眼をこすりながら、ミキは自分の置かれた状況を確かめる。
彼女が寝かされていたのは、月兎隊の事務所3階にある自室だった。
傷のできた頬にはガーゼが貼られており、すでに手当てを受けていたらしい。
周囲から微かな寝息が聞こえると思ったら、椅子に腰掛けた綾乃がベッドに上半身を預けて眠っていた。
さらには千歳とジェシカの二人まで、部屋の隅っこで毛布にくるまっている。
三人とも頬には涙のあとが残っていた。
(みんなには心配させちゃったな……)
ミキはそっと綾乃の頬に触れる。
すると、すやすやと眠っていた綾乃が目を覚ました。
ぼんやりとした顔でミキを数秒眺める。
それから、急に眠気が飛んだ様子で驚いた。
「……ミ、ミキ!? 目を覚ましたのね!?」
「うん! すっごいよく寝たよ!」
なるべく心配させないように元気に答えたつもりが、
「よかった……ミキが死んじゃうんじゃないかと思って!」
胸が張り裂けそうな顔で、綾乃はいきなりミキに抱きついてきた。
力が入りすぎていて少し苦しい。
でも、綾乃の匂いはやっぱり心が落ち着いた。
(本当にお姉ちゃんに抱きしめてもらってるみたいなんだよね……)
ミキが嬉しくなってほっこりしていると、
「んぁっ……あっ、ミキさんが目を覚ましていましてよ、千歳さん!?」
「うにゃっ!? ちょ、ちょっと、揺さぶらないでってば!!」
ジェシカと千歳も立て続けに目を覚ました。
それから、階下からバタバタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
案の定、志穂が洗濯物を抱えたまま部屋に飛び込んできた。
「ミキさんが目を覚ましたんですか!?」
「あ、あの……この通り大丈夫だから! すごく疲れてたみたいで……」
ミキは解放軍の基地から脱出したあと、月兎隊の事務所を目指してひたすら歩き続けた。月兎隊の事務所が見えたところまでは覚えているが、そこで力尽きてしまったらしい。普通なら車で移動するような道のりだ。
「ミキが帰ってきてくれて本当に嬉しいわ」
綾乃がそっとミキの頭をなでる。
彼女の手は微かに震えていた。
「あなたが凛音に会いに行くって飛び出して、私も必死に追いかけたんだけど……こうして帰ってきたら、顔を怪我しているみたいだったし……あなたが酷い目に遭っていたら、私はどうしたらいいか……」
「私はなんともないよ、綾乃さん。それよりも……あっ!?」
ミキは自室を見回すが、もちろん自分の時計なんて持っていない。
「志穂さん、今って何時くらい!?」
「ええと……たぶん午前10時より少し前くらいかと……」
「凛音さんが……ううん、凛音さんだけじゃなくて世界が危ないっ!!」
ミキの言葉を聞いて、綾乃がようやく離れてくれた。
「それはどういうこと?」
「10年前に投下された魔力爆弾は、完全になくならず機械迷宮に残っていたの! マグノリアはそれを持ち帰って再利用しようとしてる。そうなったら、また新しい魔力爆弾が作られて……もしかしたら使われちゃうかもしれない!」
月兎隊の面々は言葉を失っている。
魔力爆弾を復活させる……そんな悪魔的な発想、思いつくはずもない。
この秋津国の人間にそんなことを望む人がいるはずないのだから……。
「そのような計画があるとは両親から聞いたことがありますわ」
家族が解放軍に参加しているジェシカが言った。
「タイラン合衆国とシヴァレル連邦共和国は魔動兵器の開発競争をしていると……でも、まさか魔動爆弾が再利用可能な状態で、機械迷宮に残されているとは思いませんでしたわ。これは解放軍の中でも極秘情報のはずですわよ」
「そんな情報、どこから手に入れたの?」
できることなら信じたくない、という顔をしている千歳。
「マグノリアが電話していたのを凛音が翻訳してくれたの」
凛音が協力してくれなかったら、マグノリアの企みを知ることはなかった。
自分の代わりに阻止してほしい……そんな凛音の願いにも思える。
「私は解放軍の基地に閉じ込められていて、凛音が逃がそうとしてくれたんだけど……凛音はマグノリアに逆らうことができなかった。私を助ける代わりに危険な薬を注射されて、このままだと凛音は命が危ないかもしれない」
「そんなっ……」
綾乃の顔が青ざめる。
千歳が怒りを露わにして言った。
「どこまで凛音を傷つけたら気が済むの、あの女は……」
「そういった薬物は効果が切れたあとや、連続で使われてしまったときが特に危険ですわ。マグノリアが凛音さんに何度も使わないうちに救出しないと……」
ジェシカの医学的知識によって、なおさら危険な状況だと判明する。
ミキは最重要の情報を仲間たちに伝えた。
「マグノリアは今日中に魔法爆弾を回収するみたい。場所は龍の巣に空いた穴の中……凛音さんもそこに連れて行かれてるはず。一刻も早く出発しないと、凛音さんも助けられないし、魔力爆弾もマグノリアに持って行かれちゃう!」
「……分かった、行きましょう」
綾乃が焦った様子で立ち上がる。
ミキは毅然とした態度で彼女に言った。
「綾乃さん、一つだけ約束して! マグノリアを殺さないって!」
「ミキ、それは……」
困惑の表情を浮かべ、綾乃は視線をそらしてしまう。
ミキはベッドから降りて、彼女としっかり目を合わせた。
ここで答えを出しておかないと絶対に後悔する。
それが分かっているから、ミキは全ての気持ちを言葉にした。
「改めて話してみて分かったの。マグノリアを殺してしまっても、凛音さんはますます傷ついてしまう。綾乃さんの手を怪我させてしまったと自分を責めるだけ。だから、やっぱり綾乃さんがちゃんと凛音さんと話し合うしかないんだよ。二人が勇気を出せば絶対にできる。二人の絆は負けたりしないよ!」
「それが……ミキの答えなのね……」
「私は綾乃さんを信じてる。だって、綾乃さんが私のことを信じてくれたとき、本当に嬉しかった。誰かに信じてもらえると、勇気がわいてくるんだって初めて知った。だから、私も綾乃さんを信じる。勇気を……最後まで諦めない勇気を持って、綾乃さんっ!」
これがミキの気持ちの全てだ。
短い時間ではあるけれど、月兎隊で学んだ大切なことだ。
(お願い、届いて……)
ミキの気持ちが届いたのか、綾乃がゆっくりと顔を上げる。
仲間たちに見守られながら、気持ちを整理するように大きく息を吐いた。
彼女の瞳には失われて久しかった強さと優しさが戻っている。
瓦礫街でミキを救ってくれたときの……あの瞳の輝きが!
「約束するわ。私は決して命を奪わない」
綾乃が仲間たちの前で宣言する。
「マグノリアだけじゃないわ。どんな相手であっても絶対に殺さない」
「綾乃さんっ!」
ミキは胸の内から力がわいてくるのを感じていた。
月兎隊の隊長が……憧れの人が戻ってきた。
それが今は涙があふれてくるほど嬉しい。
「本当は私だって分かっていたわ。マグノリアを殺したところで、凛音の心は絶対に解放されない。でも、彼女がずっと囚われているくらいなら、傷ついてでも解放された方がマシだって……そんな自暴自棄な考えに陥っていたの。何もかも私の弱さのせいでね」
綾乃が悔しそうに右の拳を握る。
彼女の手にもすでにしっかりと力が戻っていた。
「でも、ミキのおかげで目覚めることができたわ。こんな瀬戸際になってからで、本当に申し訳ないし、こんな私が月兎隊のリーダーを務めるだなんて、許されていいことなのか分からないのだけど――」
「待った! 泣き言はそこまで!」
千歳がもらい泣きしそうな顔をして割り込む。
「私はやっぱり綾乃がリーダーじゃないと困る……いや、綾乃じゃないと駄目だと思う。これだけ仲間のことを真剣に考えられるのは綾乃だけだし、やっぱり私も綾乃がリーダーだと安心して信頼できるし……」
「わたくしも千歳さんと同じ気持ちですわ」
神に誓って、と言わんばかりにジェシカが胸に手を当てる。
「綾乃さんほど戦場で頼りになるお方は他にいませんわ。それに今回のことで自信をなくす必要はないと思いますの。だって、わたくしたちはまだ子供ですものね。壁に突き当たることの一度や二度、あって当然のことだと思いますわ」
「二人とも……」
綾乃が嬉しさを噛みしめる。
「……ねえ、綾乃」
最後に話しかけたのは、ここまで静観していた志穂だった。
彼女は綾乃の手を取ると、愛おしそうに頬で感触を確かめる。
「私はいつでもあなたのことを応援しているわ」
「ごめんなさい、志穂。あなたにも心配をかけて……」
「気にしなくていいわ、綾乃」
綾乃の言葉に対して、志穂はふるふると首を振る。
「10年前に魔力爆弾が投下されて、家族も何もかも失ってしまったとき、私を励ましてくれたのは綾乃だったわ。本当は私の方が綾乃を励まさなくちゃいけないのに……だから、私はずっとあなたに恩返ししたい気持ちでいっぱいなのよ」
「……ありがとう、志穂」
綾乃がそっと志穂と額を合わせる。
それから数秒の間、二人は目を閉じてそのままにしていた。
ミキたちは友情の作り出した光景にじっと魅入っている。
(小さいときからの親友同士っていいなぁ……)
二人のことが素直にうらやましい。
(私にも、いつでも励まし合える親友ができたら……)
そんなことを考えて、やっぱり欲張りすぎだろうかとも思う。
こうして信頼できる仲間と出会えたのだから十分ではないか。
お互いの気持ちが通じ合ったのか、綾乃と志穂がゆっくりと体を離す。
「みんな、出撃準備!」
綾乃が高らかに言い放った。
「マグノリアの手から凛音を救出して、魔力爆弾の確保も阻止するわ!」
ミキたちは「はいっ!!」と綺麗に揃った返事をする。
月兎隊が一つになった手応えをミキは改めて感じていた。
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