1-14『ミキと凛音1』

 龍の巣での事件ら数日が経過した。


 マグノリアとゼロ部隊の少女たちが姿を消したあと、ミキと月兎隊の仲間たちは疲れ切った体で機械迷宮を脱出した。月兎隊の事務所に戻ったあと、志穂の作ってくれた料理で空腹を満たし、疲れた体を休めたのだが……。


「出てきませんわね」

「出てこないね」


 それから、綾乃が自室に閉じこもるようになってしまった。

 部屋からたまに出てきても、落ち込んでいて会話にすらならない。


 ミキ、千歳、ジェシカ、志穂の四人は、事務所一階のリビングに集まり、今日も元気をなくした綾乃の心配をしている。隊長の綾乃がこの調子では、私立討伐隊として出撃することもできないのだった。


「……欺瞞ですわ」


 ジェシカが新聞をテーブルに放り投げる。

 新聞の一面には『解放軍が機械迷宮の一部を解放! 巨大野良戦車を撃破の大手柄!』と見出しが書かれている。ミキたちが倒し損ねた野良戦車は、あれからマグノリア率いるゼロ部隊によって倒されたらしい。


「解放軍は仕事をしてますよアピールに使われてしまったとね……」


 千歳はがっくりとうなだれて、テーブルに突っ伏している。

 志穂の入れてくれた紅茶は、誰も手をつけず冷めてしまっていた。


「私、お外で洗濯物を取り込んできますね……」


 リビングから出て行く志穂。

 綾乃の落ち込み具合には彼女だってショックだろうに、志穂はいつもと変わらない振る舞いをして、いつものようにてきぱきと家事をこなしている。そんな気丈に振る舞う彼女を見ていると、ミキは何もできない自分がますますふがいなくなってしまうのだった。


(でも、私にできることなんて何もないよ……)


 ミキは綾乃の過去も、凛音との関係も知らされていない。

 そんな状態ではうかつに声をかけることもできなかった。


「副業でも考える?」


 千歳が唐突に言った。


「私立討伐隊の再開まで時間がかかるかもしれないし……」

「お財布がさみしいのも事実ですわね。マジせちがらいですわ」


 ジェシカまでもがテーブルに突っ伏してしまう。


 テーブルに突っ伏しながら、ぼんやり見つめ合っている千歳とジェシカ。

 ミキは二人のことをなんとも言えない気持ちで眺めていた。


「私は機械仕事があるけど、ジェシカはどうするの?」

「わたくしは翻訳の仕事でもしますわ」

「秋津語、ちゃんと書けるの?」

「なっ……あなた、わたくしのことをどう思っていまして?」


 数秒の沈黙。


「……そういえば、ジェシカって何者?」

「それを今更聞くのかしら!?」


 目を点にしてガバッと起き上がるジェシカ。

 彼女としてはショックな話であるらしい。


「わたくしは誇り高き騎士の国、フォースランド王国……その由緒正しき騎士の家系の生まれですわ! 両親が解放軍に軍医として参加すると聞いて、秋津語もたった半年でマスターしましたのよ。翻訳の仕事くらい軽々とこなしてみますわ!」

「ふーん……困ったら親のところに帰れるじゃない」

「はぁっ!?」


 千歳の何気ない一言にジェシカが血相を変える。

 ウサミミ型のヘアバンドが恐怖心からかしなしなになっていた。


「解放軍の横暴を止めるという目標を果たさずして、わたくしは家族の元になんか絶対に帰りませんわ! ていうか、そんなことをしたらお母様にぶっ殺されますわ! 千歳さんの方こそおうちには帰れませんの?」

「無理! 絶対に無理!」


 千歳が椅子から落ちそうなほどのけぞった。

 ずり上がったマフラーが彼女の顔全体を隠してしまっている。


「うちの実家はめちゃくちゃ貧乏なの! 私だって小さいときから工場で働かされてたし、魔法工学の学校に行きたかったのにお金も出してくれなかったし……実家に今更帰ったら、親父にぶっ殺されちゃうって!」


 親とはそんなに物騒なものなのだろうか?

 ミキにはいまいち分からないが、二人の真剣さだけは伝わってきた。


「なんか、家族も大変なんだね……」


 それは何気ないつぶやきのつもりだった。

 瞬間、


「も、申し訳ありませんでしたわ! ミキさんの前でこんな話を!」

「ごめんね、ミキ! 家族のことで文句なんか言ったりして!」


 ジェシカと千歳が申し訳なさそうに謝ってきた。

 二人とも顔がすっかり青ざめてしまっている。

 動揺の仕方が深刻すぎて、ミキはむしろぽかーんとさせられてしまった。


「あの……二人とも、私は全然気にしてないよ? 私にはお姉ちゃんがいるもん」

「ゆ、許していただけますの?」

「怒ってない? 傷つけちゃってない?」


 目をうるうるさせているジェシカと千歳。


「だから、最初から怒ったりしてないよぉ!」


 田舎の病院に入院した姉から、なかなか手紙が来なくてちょっと心配なだけだ。

 いっそのこと、こちらから手紙を出すべきだろうか?

 そんなことをミキが考えていると、


「ミキさん、お手紙ですよ!」


 このときを見計らっていたかのように志穂がリビングに飛び込んできた。


「おっとっと……」

「志穂さん、危ないっ!」


 ミキは転びそうになった志穂と、彼女の抱える洗濯物を一緒に受け止める。

 洗濯物からは暖かなお日様の匂いが立ち上っていた。


「ミキさんのお姉さんからのお手紙です!」

「本当!?」


 志穂から一通の便せんを手渡され、ミキは送り主を確かめる。

 便せんの裏側には姉の筆跡で、病院の住所と『来栖明日香』と名前が書かれていた。


 瞬間、空が晴れるようにミキの表情が明るくなる。

 この一通の便せんが彼女には愛おしくて仕方がない。


「おめでたいですわ! 今日の夕食はカツカレーで決まりですわね!」

「いや、なんでよ! 確かにおめでたいことではあるけども!」


 ジェシカと千歳の二人も興味津々で覗いてくる。

 ミキは便せんを開き、その場で中の手紙を読み始めた。


 ×


 私の可愛い妹、ミキへ

 手紙を送るのが遅れてしまってごめんなさい。

 汽車での長い移動が祟ったようで、病院に到着してからしばらく寝込んでいたの。

 でも、もうすっかりよくなったから心配しないでね。

 こちらは空気も澄んでいるし、食べ物も美味しいし、とてもよいところです。

 病院の先生と看護婦さんも親切だし、同室の人たちもお友達になれました。

 同室の人たちに裁縫を教えたり、逆に色々なことを教わったりと楽しく過ごしています。

 ここでの入院生活は辛くないけど、私はミキのことばかり心配になってしまいます。

 でも、ミキにはミキの目標があるのですよね?

 一緒にいられないのは寂しいけど、私はあなたを応援しようと心に決めました。

 前に進み始めたら、過去を振り返らないことを祈っています。

 私立討伐隊の人たちによろしく伝えておいてくださいね。

 来栖明日香より


 追伸

 必要になるかもしれないので、あなたの名前を漢字で書いておきます。

 来栖未来。

 あなたの名前は「未来」と書いて「ミキ」と読みます。

 ミキが自分の未来をつかんでくれることを願っています。


 ×


 書かれている文字はとても丁寧で、そこからもアスカの人となりが伝わってくる。

 ミキは手紙を読み終えると、思わずそれをぎゅっと抱きしめた。


「お姉ちゃん……」


 こうしているだけでアスカの優しさが感じられる。


 体調を崩していたなんて書かれたら、やっぱり心配せずにはいられないけれど、入院先の生活に慣れているようでホッとした。友達もできたようだし、瓦礫街よりも楽しく暮らせているのは間違いない。


「い、妹想いのずばらじいお姉ざんでずわあ~っ!!」

「待った! なんで私に抱きつくのよ! と、ともかくよかったわね、ミキ!」


 号泣しているジェシカと彼女に抱きつかれている千歳。

 志穂もいつも以上にニッコリとしている。


「便せんならありますから、お返事を書くときは教えてくださいね?」

「はい! そのときはお願いします!」


 手紙を書くなんて初めてのことだ。

 まずはこの手紙を何回か読み返して、それから今夜にでも返事を書くことにする。


(ありがとう、お姉ちゃん……元気が出てきたよ)


 心の中で感謝の気持ちを述べて、ミキは手紙を便せんの中に戻した。


「未来をつかむことを願っています、か……」


 最後の一文が印象深く心に残っている。

 前に進み始めたら過去を振り返らないで、ともアスカは書いていた。


 それなら、今の自分はどうなっている?

 壁に突き当たり、足踏みするどころか、力なく座り込んでいるだけじゃないか!


 自分のことを愛して、心配して、応援してくれている姉の元を離れて、それでもこの場所で頑張ろうと決めたのである。それなら、こんなところで立ち止まっているのは、ミキ自身だって望まないし、アスカにだって申し訳が立たない。


「……私、やっぱり知りたい」


 ミキは手紙を見守ってくれた三人に訴える。


「綾乃さんが苦しんでいる理由、私も知りたい……だって、助けたいから! 綾乃さんをなおさら傷つけてしまうかもしれない。でも、一人でいたら解決できないこともあると思う。私だって綾乃さんがいたから……月兎隊のみんなと出会えて、こうして前に進めたから!」

「そう……ですわね」


 最初にうなずいてくれたのはジェシカだった。


「わたくしたちの方こそ、ミキさんの前向きさを見習わなければいけませんわ」

「……確かにそうかもね。綾乃を励ましもせず、私たちは何をしてるんだか」


 千歳も自身を省みてうなずいた。


「ミキさん、椅子におかけください」


 志穂が椅子の背を引いてくれる。

 彼女は今までに見たことのない真剣な表情を浮かべていた。


「綾乃と凛音さんの関係についてお話しさせていただきます。でも、その前に冷めちゃった紅茶を入れ直しますね?」

「はい! お願いします!」


 ミキは覚悟を決めて答える。

 綾乃と凛音の関係を……二人の過去を知ったら、もう引き返すことはできない。勝手な詮索なのは分かっている。それでも、綾乃に間違いを犯させないためには、茨の道に分け入るしかないのだとミキは思った。

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