1-12『基礎訓練と入隊試験5』
(これは死んだ……)
迫り来る鉄色の巨体で、ミキの視界が埋め尽くされている。
魔力防壁を展開するどころか、マウスピースにすら手が届かない。
さっきはあんなに勇敢なつもりだったのに――
「ミキっ!!」
野良戦車の巨体にひき殺される寸前、綾乃が必死の形相で横から飛び込んできた。
ほとんど体当たりを食らうような形で、どうにか野良戦車の突進を回避する。
二人は地面を転がって、砂まみれになりながらも立ち上がった。
「綾乃さん、ごめんなさ――」
「波動弾、発射用意!」
戦場では謝る暇すら存在しない。
綾乃はすでに魔力防壁を展開しており、二人はドーム型の守りに覆われていた。隠れられる障害物があるならともかく、四方の開けたこの場所では、どうしても綾乃が防御を担当するしかない。そうなると攻撃として頼れるのはミキの魔法のみとなる。
「波動弾、発射準備!」
綾乃からの指令を繰り返し、ミキはマウスピースを口にくわえる。
砲身のつもりで右手を構えると、綾乃が背後から体を支えてくれた。
「ここで慌てても逃げられないわ。落ち着いて魔力を生み出すの」
綾乃の手が右胸に触れる。
その感触を頼りにして、ミキは第二の心臓に意識を集中させた。
(間に合え、私の魔法!)
巨大な野良戦車は二人の前方100メートルほどの位置で、廃墟に車体の側面をぶつけながらもUターンを決めているところだ。回転のこぎりはますます唸り声をあげ、それはさながら龍の咆哮である。
こちらに向かって再び突進を仕掛けてくる野良戦車。
合計四門も突き出ている主砲が、ミキと綾乃に対して狙いを定めた。
一斉発射……四発のまがまがしい波動弾が二人に迫る。
そのうちの二発が命中して、魔力防壁が激しく揺さぶられた。
衝撃を受け止めたことで、綾乃の表情が苦悶に歪む。
けれども、彼女の手からは恐れも焦りも感じられない。
「まだ引きつけてっ!」
彼女の判断を信じて、ミキはなおも魔法板に魔力を送り続ける。
この一週間、これだけは得意技として磨くことができた。
あとはこの本番で、いかなる恐怖にも負けずに撃てるかどうかのみ。
回転のこぎりが魔力防壁を引き裂こうとする寸前、
「波動弾、発射ッ!!」
綾乃の叫びを合図にして、ミキは圧縮した魔力を解放した。
彼女の右手から青白い光弾が放たれる。
ミキの全身を駆け抜ける反動と、解放感からやってくる不思議な快感。
圧縮された魔力の弾丸は、野良戦車の回転のこぎりを一つ吹き飛ばし、四つあるうちの砲塔を二つも破壊した。さらには綾乃の予測通りに体当たりの進路まで変えてみせる。野良戦車は自身のスピードを殺しきれず、これで逃走までの時間は稼げた。
「ミキ、逃げるわよ!」
「はいっ!」
ミキと綾乃は一目散にその場から逃げ出す。廃墟同士の隙間から、千歳とジェシカが呼びかけてきていたが、野良戦車が響かせる爆音のせいで聞き取ることができない。それでも、どうにか廃墟の陰まであと少しに迫る。
ドンッ……と背後から発射音。
直後、千歳とジェシカの隠れていた廃墟に、野良戦車の放った波動弾が命中する。
崩れだした廃墟の陰から、二人は間一髪で飛び出した。
「これでもくらえっ!」
千歳がこぶし大の物体をいくつもまとめて投擲する。
すると、大きく開けた戦場に真っ白な煙幕が広がり始めた。
「千歳さん、ありがとう!」
「私の手作り煙幕弾よ。魔法とは全然関係ないけどね」
野良戦車が煙幕でこちらを見失っているうちに、綾乃の展開する魔力防壁の内側に全員が集まる。戦場には風が流れ込んでいるため、煙幕が晴れるまでの猶予はあまりない。しかし、先ほどの攻撃で上れる斜面への道は塞がれてしまった。
「子供はいましたの?」
ジェシカの質問にミキは首を横に振る。
「子供サイズのマネキンだった。それも野良戦車がおびき寄せるのに使ってた」
「アンコウみたいなやつですわね……いや、龍の巣というだけあって、土竜(モグラ)とでも呼ぶべきかしら? とりあえず、迷子の子供がいなくてよかったですわ」
そう言いながら、ジェシカが回復魔法を使い始める。
ミキは体が軽くなるのを感じた。
短時間ながらも激しい攻防で、体力をごっそり削られていたのでありがたい。
「で、どうやって逃げるのよ?」
千歳から根本的な質問が飛んでくる。
「よじ登れそうなところにつながる道は塞がれてる。そこまでたどり着けたところで、えっちらおっちら崖を登っていくしかないから……まあ、そんなことしてたら後ろから狙い撃ちされるに決まってる。煙幕もあと一回分くらいしかないしね」
「真正面からの撃ち合いもこれ以上はきついわ」
綾乃は先ほどから明らかに呼吸が荒くなっていた。
野良戦車の強烈な砲撃を二発同時に至近距離で受け止めたのである。
いくら魔力が高まっているとはいえ、こうして無事でいるのが不思議なくらいだ。
(あと一発……あと一発だけでも波動弾を撃ち込めたら……)
ミキは頭をフル回転させる。
綾乃以外に魔力防壁を任せたら……いや、主砲の威力を見た限り、魔力防壁が実用レベルの自分ですら至近距離では耐えられるか怪しい。場合によっては残り二門の砲撃が集中するかもしれない。そうなったら四人まとめて木っ端みじんだ。
(それなら、野良戦車が近づいてくる前に勝負を決められる方法は?)
これ以上の戦闘をせず、ここから逃げ出す時間を稼げるとしたらどうか。
そのとき、崖の上から見下ろした風景がミキの頭によみがえってくる。
(……ある! 利用できる!)
でも、自分は入隊試験すら終えていない半人前だ。
半人前がこれほど大事な場面で、仲間たちの命を預かれるとでも?
(無理だ……自信がない……)
失敗したときのことを想像するだけで背筋が震えてくる。
そのときだ。
「……ミキ」
綾乃の手がミキの震える背中に触れた。
暖かな体温が手のひらから伝わってくる。
「遠慮することなんてないわ、ミキ。あなたの考えを教えてちょうだい」
「で、でも……私は半人前で、さっきも綾乃さんに助けられて……」
「ミキは私の指示通りに行動して、野良戦車に全力の魔法を叩き込めたわ。あなたはもう失敗を挽回している。月兎隊の一員として役割を果たせている。私はミキのことを信じてるわ。だから、ミキも私たちのことを信じてくれないかしら?」
綾乃の言葉に千歳とジェシカもうなずく。
みんなを信じる。
自分に自信が持てなくても、みんなが信じてくれる自分を信じる。
月兎隊の一員として臆せず行動する。
もう一度だけ頑張ってみよう、とミキは自分を奮い立たせた。
「この方法なら、逃げる時間も稼げるかも……」
ミキは思いついた作戦を仲間たちに伝える。
隊長である綾乃の判断は素早かった。
彼女は視界拡張の魔法を使って、煙幕の薄れかかっている『ある一点』を指さす。
「見つけたわ。あちらの方向におよそ100メートルの位置よ」
「私は残りの煙幕を投げる。なるべく長引かせるから、ミキはこいつを頼むよ」
千歳から手渡されたもの……それは彼女の携帯していた爆薬だ。
片手で抱えられる量だが、それでも廃墟に穴を開けるくらいの威力はある。
「身体強化の魔法をかけましたわ。これで動きやすくなるはず」
ジェシカの両手から放たれた光がミキの体を包み込む。
ミキは体の奥底から力がわいてくるのを感じた。
これなら体力全快の……いや、それ以上の動きができそうな気がする。
綾乃がミキの肩を励ますように軽く叩いた。
「爆薬を仕掛けたら、そのまま真っ直ぐ進みなさい。私たちも迂回して向かうわ」
「はいっ!」
ミキは三人と分かれて、薄れつつある煙幕に飛び込む。
千歳が後ろから残りの煙幕弾を投げ込んでくれるので、野良戦車は今もなおこちらの姿を見失っているようだった。
綾乃の指示通りに100メートルほど前進し、ミキは足下の地面を確かめる。
(足跡なし、砂の下に鉄板、反響あり……よし!)
それから、千歳から渡された爆薬を地面に設置した。
途端、戦場に風が吹き込んできて、広がっていた煙幕が吹き飛ばされてしまう。
案の定、敵影を見失っていた野良戦車が、ぐるりとミキの方に振り返った。
「ミキっ!! 早くこっちにっ!!」
綾乃に呼ばれてミキは全力で走り出す。
先ほど打ち合わせしたとおり、綾乃たちはミキの正面方向に移動していた。ここから綾乃たちのところまで200……いや、300メートルほどはある。
身体強化の魔法にアシストされて、ミキは草原を駆ける草食獣のように走った。
野良戦車は彼女を踏みつぶし、切り刻み、撃ち抜こうとして追いかけてくる。回転のこぎりと砲塔を破壊されて、耳障りな唸り声を発して怒り狂うさまは、まさしく手負いの肉食獣そのものだった。
「発破!!」
マウスピースを口にくわえて、千歳がパンドラに魔力を送り込む。
パンドラから送られた魔力の信号は、爆薬に付属する起爆装置を起動させた。
砂まみれの地面が爆発を起こし……そこに現れたのは巨大な穴だ。
ミキを追いかけていた野良戦車は猪突猛進、最高速度のまま穴の中に落ちていく。
(思った通りだ!)
ミキは作戦の成功を確信する。
この戦場に降りてくる前、崖の上から見下ろした光景に違和感があった。野良戦車の足跡は戦場に満遍なく広がっていたが、所々に足跡のない空間があったのである。
あそこはおそらく野良戦車が地中で待ち伏せするため、わざと地面の鉄板が薄くしてある場所なのだろう。今回はその待ち伏せスポットを逆に利用させてもらった。
野良戦車が穴に落ちた直後、立っていられないほどの地響きが襲ってくる。
突進の勢いを殺しきれず、そのまま地面か壁かに衝突したらしい。
「よくやったわね、ミキ!」
綾乃たちがミキの元に駆け寄ってくる。
ミキはそのまま綾乃に力一杯抱きしめられた。
「うわっ……あ、綾乃さん!?」
姉以外の人に抱きしめられるのなんて初めてのことで、さっきまで命の危険にさらされていたことも忘れて、ミキはついつい恥ずかしがってしまう。でも、綾乃と一緒の布団で寝させてもらったときのように、こうして抱きしめられているとすごく落ち着くことができた。
(やっぱり、お姉ちゃんとちょっと似てる……)
ミキは今までにも増して、綾乃のことを好きになった気がしていた。
「こんなに危険な役割を……怖がらずにちゃんと走ることができて……」
「自分で考えた作戦だから、自分でやりたいと思ったの」
恥ずかしがるミキの頭を綾乃が優しくなでてくれる。
「……さあ、まずはここから逃げましょう」
「はいっ!」
ミキは元気に返事をすると、仲間たちと一緒にその場を離れた。
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