1-11『基礎訓練と入隊試験4』

「……そこにいるのは月兎隊か?」


 道の脇から現れた人影が、こちらに気づいたらしく声をかけてくる。

 まるで青年のような凜々しい声で、それを聞いたミキは一瞬ドキッとしてしまった。


(男の人……じゃなくて、やっぱり女の人だ!)


 脇道から姿を現したのは三人の少女たちである。


 先頭を歩いてきたリーダーとおぼしき少女は、綾乃を軽く越えるすらりとした長身だ。年齢はおそらく綾乃と同じくらい。襟首のもこもこしたコートを羽織っており、黒髪のショートカットが中性的な顔立ちによく似合っている。女性らしからぬ低い声音も相まって、さながら青年将校のように見えた。


「時雨さん、偶然ですね」

「お互いに考えることは同じだな、宇佐見綾乃」


 時雨と呼んだ少女に対して、綾乃がとても親しげに駆け寄る。

 二人は私立討伐隊のリーダー同士として面識があるらしい……というのも、そもそも私立討伐隊は今のところ片手で数えられるくらいしか存在しないのだ。ミキはそう教えられたことを思い出し、それなら二人が知り合いなのも当たり前かと納得した。


「こちらは藤堂時雨(とうどう しぐれ)さん。私立討伐隊『藤堂組』の隊長さんよ」

「藤堂組って、そんな名前をつけた覚えはないのだが……」

「でも、チーム名がないと紹介しづらいわよ?」

「うーむ……」


 ミキの存在にようやく気づいたようで、時雨が「おっ……」と声を上げる。


「きみが入隊試験を受けている来栖ミキか?」

「はい、そうですっ!」


 どんな反応をされるのかと思っていると、時雨はふと固かった表情を緩めた。


「宇佐見綾乃は考えなしに入隊試験を受けさせるような人じゃない。きみのことは絶対にちゃんと守ってくれる。もしものときも諦めたりしたりせず、まずは綾乃さんの指示を仰ぐように気をつけるんだぞ?」

「はい! 分かりました!」


 ミキは元気よく返事をする。

 しっかりしなくちゃと思う一方で、他の私立討伐隊からも信頼されている綾乃のことが、自分のことのように誇らしく感じられる。入隊試験はまだ始まったばかりなのに、ここ一週間の同居生活で、すっかり月兎隊の一員になりきっている自分がいた。


「相変わらず素敵なお方ですわね。ジャスティスを感じますわ」


 うっとりと時雨を眺めているジェシカ。

 彼女の隣では、何故か千歳が余所余所しくしている。


「……千歳、来てる?」

「……その箱、触らせて」


 時雨の背中からひょっこりと姿を現したのは双子の少女である。

 年齢は千歳やジェシカと同じく十四、五歳くらい。

 時雨付きの使用人なのか、二人ともメイド服を着ており、頭にはヘッドドレスを身につけていた。二人の髪型は左右対称で、それぞれ片側だけ髪を結んでいる。そんな二人が並んでいるのを見ると、まるで二体セットで買われてきた日本人形のようだった。


 双子の少女たちはこちらに出てくるなり、千歳の背負っているパンドラをべたべたと触り始める。千歳が「勝手に触らないでよ!」と言ってもお構いなしで、ほおずりしてみたり、匂いをかいでみたりとやりたい放題だ。


 時雨が苦々しい顔をしてため息をついた。


「この二人は私立討伐隊の隊員で、私の専属使用人でもある『きらら』と『ひかる』だ。隊員としても使用人としても優秀なのだがな……興味を持ったものに何でも触りたがるので困っている。こればかりは私も教育のしようがない」

「時雨さんのところも三人で私立討伐隊なんだね」


 素人に等しいミキとしては、この人数ではやはり心細く感じてしまう。

 ゼロ部隊なんかは五、六人はわらわらしているイメージだ。


「うちは三人とも魔力はそこそこ高いから、全員が野良戦車と戦える戦力なんだ。ただし、月兎隊のようにある一つの分野に特化してるというわけじゃない。まあ、三人でも上手く連携すれば野良戦車は倒せるさ」

「なるほど!」


 得意不得意も一長一短だな、とミキは改めて考えさせられる。

 自分の場合は不得意が多すぎるような気もするが……。


「それにしても、メイドさんが二人もいるなんて……時雨さんってやっぱりお嬢様?」

「ははっ、それを言うなら宇佐見綾乃の方だろ」

「そうなの?」


 ミキも薄々感じていたことではある。

 機械迷宮で戦うための専用装備を揃えたり、廃墟を改装して事務所にしたり、アスカの治療費にぽんと頭金を出してくれたり、とにかく綾乃はお金の使いどころを惜しまない。おまけに月兎隊には志穂というメイドまでいる。


「昔の話よ」


 綾乃にしては素っ気ない答え。

 十七歳なのに昔の話もなにも、とミキは思わなくもなかった。


「きらら! ひかる! あっちあっち! あれがうちの新入りだから!」


 双子に揉まれていた千歳が、悪戯っぽい笑みを浮かべてミキを指さす。

 案の定、きららとひかるが二人ともミキに群がっていた。


「……これが新入りの子?」

「……髪の毛がモフモフしてる」


 ミキはなすすべなく髪の毛を触られるしかない。

 道ばたで子供たちになで回される子猫の気分だ。


「ちょ、ちょっと二人とも……ひゃいっ!?」


 ミキがそんな風に大変なことになっている一方で、


「時雨さん、龍の巣に野良戦車は?」

「それが視界拡張で確かめたけど見当たらない」


 綾乃と時雨のリーダー二人は真面目な情報交換を始めていた。


「念のために熱源感知の魔法を使ってみたが、そこら辺の廃墟や瓦礫に隠れているわけでもなかった。何しろ初めて探索する場所だから、見落としの可能性は十分にある。どうも嫌な予感がして、私たちは崖下まで降りなかったからな。道中で消耗しすぎたよ」


 時雨の言葉から察するに、ミキたちがここまで野良戦車と遭遇しなかったのは、先行していた彼女たちが排除してくれていたからだったらしい。露払いはしてもらったので、ここから先は月兎隊の出番だ。


「私たちは下まで降りてみるつもりよ」

「気をつけろよ、宇佐見綾乃。野良戦車は何をしてくるか分からない。やつらは進化の真っ最中みたいなものだからな……よし、きららにひかる! 私たちは引き上げるぞ!」

「……了解です、時雨さま」

「……私たちも堪能しました」


 双子のメイドを引き連れて、時雨は外に通じる道を引き返していく。

 きららとひかるにいじり回されて、ミキの髪はいつもの二倍くらい荒ぶってしまった。


「ごめんね、ミキ。あの子たち、本当にしつこいんだもん!」


 千歳が悪びれた様子もなく、ミキの荒ぶる髪を手ぐしで整え始める。


「うう、別にいいです……」

「あの凛とした佇まい、最高ですわ……」


 結局、ジェシカは時雨に見とれっぱなしだった。


「……さてと、私たちは崖下に降りてみましょう」


 綾乃の一言で一同に緊張感が戻ってくる。


 ここまでの所要時間は1時間43分。

 ミキたちはいよいよ『龍の巣』に乗り込んだ。


 ×


 崖際に沿ってしばらく歩くと、降りられそうな道を見つけることができた。

 かなりの急斜面だったので、四人は滑り落ちるように崖下に降りる。

 ミキは着地に失敗して、砂まみれの地面に尻餅をついてしまった。


「あだっ!?」


 想像よりも痛くて変な声が出てしまう。

 尻餅したところを確かめてみると、砂のすぐ下がカチカチの鉄板になっていた。


「ミキ、大丈夫?」

「は、はいっ!」


 ミキは綾乃の手を借りて立ち上がる。


 四人の降りた場所は廃墟に囲まれており、半壊している廃墟同士の隙間から『龍の巣』の開けた場所が見えていた。ここまで来ても周囲から野良戦車の気配は感じられない。ここで本当に野良戦車が目撃されたのか、その情報すらも疑わしくなってくる。


 千歳が疑わしげに綾乃を横目で見た。


「綾乃さあ、ここに野良戦車が本当にいるの?」

「実のところ、この話は情報源が曖昧なの……」

「えええ……それはないんじゃない?」

「私立討伐隊の間でいつの間にか流れていた情報なのよ。それが本当なのか嘘なのかは、どのみち誰かが確かめなくてはいけない。時雨さんの話を聞いて、なおさら疑わしい気持ちにはなっていたんだけど……」

「まあ、結局は自分で確かめるしかないか」


 千歳が渋々と納得する。


「ですわね。野良戦車がいないならいないで問題ありませんし……」


 ジェシカも綾乃の考えに同意した。


 ミキたちは廃墟同士の間を進み、龍の巣の開けた空間を陰から見渡す。


 龍の巣は四方を崖に囲まれた、いわゆる盆地のような形をしていた。盆地の縁には廃墟が円上に並んでおり、中心はほとんど障害物のない砂地(といっても、すぐ下の地面は鉄板)になっている。

 砂地には野良戦車が歩いたらしき大きな足跡がいくつか、それから普通サイズの足跡が数え切れないほど残されていた。それぞれの野良戦車に巡回するルートでもあるのか、所々に足跡のない箇所が散見される。


「足跡の新しさから考えて、ここを頻繁に通っているはずなのだけど……」


 判断しきれずに苦心している綾乃。

 ミキからすると綾乃は頼れる先輩だが、これでも月兎隊を結成してから一年と経過していないのである。彼女にも分からないことがあって当然なのは、もちろんミキだって分かっているつもりだ。


「……ん?」


 ミキはあり得ないものを見つけて目を細める。

 開けた空間の中心近く……瓦礫の陰になって見えにくいが、明らかに何か動いているようだった。ほっそりとしていて指が五本。ミキの見たものが正しいなら、おそらく人間が手を振っている。それも大きさから考えて子供の手だ。


「綾乃さん、子供がいるっ!!」


 次の瞬間、ミキはその場から走り出していた。

 ここは四方を高さ10メートルの崖に囲まれている。こんなところに子供が落ちたら、自力で這い上がれるはずがない。手を振るだけで声が聞こえないとなると、それだけ衰弱しているとも考える。


(あれは私だ!)


 魔法金属を拾い集めるのに必死で、機械迷宮の奥深くに入り込み、誰かに助けを求めることもなく死んでいく。私だって一歩間違ったら、あんな風になっていたはず……自分が薄氷の上を歩いていたことをミキは今になって痛感していた。


 自分の背丈ほどもある瓦礫の裏に回り込む。

 そこから微かに覗いていたのは、


「あっ――」


 風に揺られて動く子供サイズのマネキンだった。

 この場所は洋服店だったのだろう……周囲にはマネキンの残骸が散らばっている。

 そして、これこそが野良戦車の巧妙な罠だった。


 ミキの前方わずか5メートル、何もない地面が突如として吹き上がる。砂地の下に張られていた鉄板が、まるでベニヤ板のように軽々と舞い上がったと思うと、ぽっかりと空いた地面の穴から、突如として猛烈な勢いで野良戦車が飛び出してきた。


 それも並の個体ではない。元になっているのが秋津国製の魔動戦車である都合上、野良戦車の高さはせいぜい3メートル弱、全長は10メートルにも満たないものだ。けれども、ミキの目の前に現れた個体は、サイズが並の野良戦車の倍以上もある。


 車体を支えている四本の脚部は、まるで一本一本が巨木のような太さだ。足跡の大きさとぴたりと一致しており、こいつが龍の巣のボスであることは間違いない。それに加えて、この個体には龍の牙が存在していた。


 工作機械から吸収したとおぼしき左右一対の回転のこぎり。


 耳障りな回転音を鳴り響かせながら、見上げるほどの巨体が迫ってきた。


 見習い隊員としてのミキの初戦闘。

 相手はいきなりのボス級の野良戦車になった。

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