1-10『基礎訓練と入隊試験3』

 初日からハプニングに見舞われたが、ミキはどうにか自分の得意分野を見つけることができた。これまでは綾乃しか担当できなかった前衛の攻撃・防御の担当である。ちょうど不足していた役割を任せられるのは月兎隊としてもありがたいところだ。


 機械迷宮での実地試験に向けて、ミキはそれから本格的な訓練に取り組んだ。魔法の反復練習はもちろんのこと、野良戦車の見分け方や戦い方、機械迷宮で遭難したときの対処法、応急処置の方法まで、あらゆることを朝から晩までたたき込まれた。


 こうしている間にも、解放軍は私利私欲のためだけに行動し、機械迷宮に潜った孤児たちや瓦礫街の住人は危険にさらされ続けている。実戦に出てお金を稼がないと、アスカの治療費だって払えないし、時間は一秒も待ってくれないのだ。


 ×


 実地試験をすることになったのは、ミキが訓練を始めてから一週間後のことだった。


 月兎隊の戦闘員――綾乃、千歳、ジェシカ、それから見習いのミキは、瓦礫街にほど近い機械迷宮の入口まで来ていた。本日は快晴。機械迷宮を覆っている鉄色の外殻は、日光に照らされてギラギラと輝いている。


 野良戦車との戦いに備えて、ミキも今日はフル装備をしてきた。

 腰から提げている魔法板は『波動弾』と『魔力防壁』の二枚である。結局のところ、この二種類くらいしかミキにはまともに使えなかった。


 そして羽織っている軍用ベストには、魔動ライトやナイフなどのサバイバル道具、飲料水と携帯食料などの潜入に必要な最低限の荷物が詰まっている。ここに千歳なら工具と爆薬、ジェシカなら医薬品と治療道具など、それぞれの役割に必要な荷物が追加されるのだ。


 それから、左腕には月兎隊のマークが入った腕章をつけることができた。今日のために志穂が新しくあつらえてくれたのである。正式に入隊したわけではないけれど、腕章をつけていると自然と気持ちが引き締まった。


 午前七時、一同は機械迷宮に突入する。

 目的地まではひたすら徒歩での移動だ。

 月兎隊のリーダーである綾乃、前衛を担当するミキ、後方支援が専門の千歳とジェシカという隊列で行進する。


 機械迷宮の中心……すなわち『核』から離れているため、機械迷宮の入口はどこも似たり寄ったりの景色である。魔力爆弾で吹き飛ばされた街の残骸が、でたらめな形に組み上げられている光景は、ミキにとってはもう見慣れたものだった。


「歩きながら今日の計画を確認しましょう」


 先頭の綾乃が仲間たちに声をかける。


「私たちが向かっているのは、入口から歩いて二時間ほどのところにある場所よ。そこは私立討伐隊の間では『龍の巣』と呼ばれている場所で、通常よりも大きな多脚型の野良戦車が目撃されているわ」

「その多脚型戦車をやっつけるの?」

「今回はあくまでも偵察よ。巨大な野良戦車……つまりはボスを倒すことができれば、周辺の野良戦車は魔力の供給を断たれて活動停止する。ここ一帯の瓦礫も解体が可能になり、機械迷宮の一部を野良戦車から取り戻すことができるはずよ」


 裏を返せば、ボス級の野良戦車を倒さない限り、取り巻きの野良戦車は完全破壊しない限り復活するし、機械迷宮を解体しても勝手に修復されてしまうのである。


 そして、機械迷宮にはそんなボス級の野良戦車が多数存在している。ボス級の野良戦車を一つずつ倒して、そいつの支配していたエリアを解放する……そういう地道な作業でしか、機械迷宮を縮小させられないのだ。


「ボスの野良戦車はものすごく強い……らしいよ?」

「わたくしたちも親玉クラスの野良戦車を倒したことはありませんわ」


 千歳とジェシカが一言付け加える。

 瓦礫街で出会ったとき、綾乃は野良戦車を秋津刀で一刀両断した。

 そんな彼女ですら慎重になる相手と考えると、ミキは否応なしに緊張してくる。


「だからこそ、今回は念を入れて偵察をするのよ。偵察で得た情報を元に作戦を立てる。具体的な作戦が立てられたら、他の私立討伐隊に協力を求めやすくもなるわ。だから、今日は情報を集めて無事に帰還すれば合格よ」

「そ、そっかぁ……」


 戦う覚悟はしてきたはずだが、ミキはやはりホッとしてしまう。

 これといった情報もなく、強敵といきなり戦うのは危険なのだ。

 そんな危険を極力回避するのがプロというものなのだろう。


「でも、やむを得ない場合はもちろん戦うわよ?」

「うっ……そうだよね」


 ぐさっと釘を刺してくる綾乃。


(どんなことになっても、足手まといにはならないようにしないと……)


 ミキは自分の頬をぴしゃっと叩いて気合いを入れ直す。


「まあ、今からガチガチになっていても仕方ないって!」


 千歳が後ろからミキの肩をばしばしと叩いてくる。


「それよりも景色でも眺めて落ち着いたら?」

「う、うん……ありがとう」


 ミキは改めて機械迷宮の風景を見回してみる。


 この場所は元々、秋津国の首都……しかも、その中心地だった。機械迷宮を構成している瓦礫はもっぱら鉄筋のコンクリートで、十年前は最先端の開発地区だったことがうかがえる。それが今やでたらめに積み上がり、魔動戦車で乗り入れられないどころか、人間が歩くだけでも精一杯な瓦礫のジャングルと化していた。


 よくよく観察していると、至る所に生活の名残が存在する。朽ちかけた表札だったり、腕のちぎれたぬいぐるみだったり、地面に散乱している食器の破片だったり……もちろん、人間の骸骨を見かけることもあった。


「どうして、タイラン合衆国は秋津国に魔力爆弾なんて落としたんだろう?」


 ミキは素朴な疑問を口にする。

 千歳がげんなりした顔で言った。


「うわぁ……またヘビーな疑問を言ってくる……」

「ご、ごめん……でも、どうしても気になっちゃって……」


 ミキには戦争というものが全然分からない。

 痛いことは誰だっていやなのに、どうして戦争なんかするのだろう?

 お金も、食べ物も、住む場所も、みんなで平等に分ければいいのだ。


(学校に通ってたら、そういうことも習ったのかなぁ?)


 疑問に思うミキに、綾乃が早速説明してくれる。


「あくまで通説だけど、タイラン合衆国軍のアドリオ・マドガルドという軍人が、自分の開発した魔力爆弾の威力を確かめたくて使用した……と言われているわ」

「わざわざ人口の密集している首都に爆弾を落とし、民間人をいたずらに巻き込むだなんて、軍人の風上にもおけない男ですわ! 確かすでに亡くなっているとの話ですけれど、もしも会っていたらジャスティスしてやるところでしてよ!」


 ぷんぷんと怒り出すジェシカ。


「男の人が魔力爆弾を作ったの!?」


 ミキにとっては驚くべき話だった。


 魔力は男性よりも女性の方が強い傾向にある。そのため、魔動戦車に乗って戦っているのは女性が大半で、魔動機械や魔動兵器の開発者も女性が多い。そんな一方で、男性の半数は魔法が全く使えないと言われている。

 これでは不公平のように思われるかもしれないが、現在は電気や液体燃料を使用する技術が急速に発展しつつある。生まれついての魔力に依存しない平等な技術として、今後は魔動機械よりも広まっていくだろうと予測されていた。


「ごくまれに魔力の高い男性も生まれるとか……しかも、その場合は女性よりも遥かに高い魔力を持つと言われているわ。魔力爆弾を作ったアドリオ・マドガルドという男も、そんな珍しいタイプの人間だったそうよ」

「そういえば、こんな都市伝説を聞いたことがあるね」


 千歳が不意に言い出した。


「魔力爆弾を秋津国の首都に落としたのは、強力な新兵器を開発していたからだって……」

「強力な兵器って?」

「詳しいことは知らないよ。あくまで都市伝説なんだから。でも、わざわざ秋津国が半分吹き飛ぶような爆弾を落としたんだから、よっぽど強力な魔動兵器だったんじゃないの?」

「もしかしたら、空中要塞かもしれませんわ!」


 突飛なことを言い出すジェシカ。


「空中要塞!?」


 聞いたこともない単語に目を丸くするミキ。

 アレか、と千歳が思い出す。


「何年か前にあったね。アーケシア帝国の空中要塞が大陸西部で大暴れしたって……」


 魔法の技術が発明されてから現在に至るまで、空を飛ぶ魔法は実用化されていない。

 空飛ぶ魔法の唯一の成功例が、かつての世界大戦を引き起こした『アーケシア帝国』の空中要塞である。現在、空中要塞は完全に破壊されており、それを浮遊させていた魔法板が回収されたはずであるが……研究の進み具合は特に発表されていなかった。


「まあ、空中要塞はないにしても、戦時中の研究資料とか見つかったら、もしかしたら高値で売れたりするかも……いや、ここは内緒で研究して、新技術を特許申請して……」


 想像を膨らませる千歳。


「捕らぬ狸のなんとやらですわ」


 ジェシカがあきれて肩をすくめる。


「まあ、平和的に有効活用するのにはわたくしも賛成ですけどもね」

「そうだよね、うん」


 ミキも二人の意見には賛成だ。

 魔法は武器として使うと危険だが、使い方を間違わなければとても便利だ。アスカだって魔法の力がなければ、心臓が止まったまま死んでいたかもしれない。世界中の人たちが月兎隊のみんなみたいに平和が好きだったらいいのにな、とミキはつくづく思う。


「そろそろ目的の場所よ」


 先頭を歩いていた綾乃が立ち止まる。

 ミキたちの歩いてきた道はここで崖になって途切れていた。


 崖際まで近づいて見下ろしてみると、10メートルほど下方は開けた場所になっていた。そこには野良戦車が歩いたとおぼしき足跡が残っていたが、これが目の錯覚かと思うほどやけに大きい。ミキなら足跡の中にすっぽりと入れそうだ。


「ここが龍の巣……」


 それなら、あの足跡は『龍の足跡』ということだろうか?

 ミキは物語に出てくる龍の姿を思い出して身震いする。


「周囲に敵影なし……奇妙ね」


 綾乃が視界拡張の魔法で周囲の索敵を済ませた。


「親玉の野良戦車どころか、その取り巻きも見当たらないわ」

「みんな、お出かけしてるとか?」

「あり得ない話ではないわ」


 真剣な表情の綾乃。


「野良戦車は基本的に魔力供給源から離れないけど、もちろんそれにも例外があるわ。機械迷宮の外まで出てきたり、野良戦車同士で攻撃し合ったり……他にも魔力供給源を失って、別の魔力供給源のあるエリアまで引っ越したりすることもあるわ」

「野良戦車のお引っ越し!?」

「そのときは何キロにも渡って、野良戦車の列が続いたりすることもあるわね」


 ミキはずらずらと並んで歩く野良戦車を想像してみる。

 でも、途中で怖くなってきて思考を断ち切った。


「それじゃあ、ここのボスも実は倒されていたりとか?」

「私立討伐隊の間では聞かないから、候補があるとしたら解放軍だけど……」

「そんなこと、あいつらがするぅ?」


 信用ゼロの顔をしている千歳。


「あいつらの今の活動場所って、もっと南の方じゃなかったっけ?」

「ですわね。狩り場を一度見つけると、解放軍はほとんど動きませんわ」


 ジェシカも深々とうなずいている。


「野良戦車たちがいるのかいないのか、それを確かめるのも今回の計画のうちよ」


 そうやって全員で話し合っていたときである。

 ミキたちの歩いてきた道の脇から、数人の人影がこちらに向かってきた。


「あれは……ゼロ部隊!?」


 とっさに身構えてしまうミキ。

 綾乃が人影に向かって目を凝らして言った。


「いいえ、あれは他の私立討伐隊よ」

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