1-9『基礎訓練と入隊試験2』
これからいよいよ基礎訓練が始まる。
「それなら私のやつが簡単かな」
最初に名乗りを上げたのは千歳だった。
彼女は木箱にのせてある箱形の魔動機械を指さす。
千歳の愛用品であるそれは、ミキにはやはり大きなラジオに見えた。
「これは私が発明した多機能魔動機械『パンドラ』といって、複数の魔法板を切り替えることができて、内部のファンによる冷却機能もついてるの。魔力の増幅機能もあるから省エネ。その代わりに背負うと重いけど……ほら、マウスピースをくわえてみてよ」
「う、うん……」
ミキはパンドラから伸びるマウスピースを口にくわえる。
すると、綾乃が背後から腕を回してきた。
彼女は心臓と逆の位置――右胸をそっと触れてくる。
(うわっ……な、なにっ!?)
突然のことだったので、ミキは内心ちょっとだけ驚いてしまった。
「魔力を生み出すときのコツは、ここの場所に……第二の心臓と呼ばれる位置に神経を集中させることよ。自分の体にもう一つの心臓があると思って、魔力を全身に行き渡らせるの。なんとなく分かるかしら?」
「……やってみる!」
ミキは目を閉じて、自分の右胸に……第二の心臓に意識を集中させる。
すると、本当に心臓があるかのように右胸からどくんと鼓動が聞こえてきた。
魔力がちゃんと伝わったようで、パンドラ内部のファンが回り始める。
そこを見計らって千歳がスイッチを押すと、
『三分クッキングのお時間です。今日の献立は豆腐の照り焼きマヨネーズです』
パンドラからラジオの放送が聞こえてきた。
(やっぱりラジオだった!)
千歳が満足そうにニッコリする。
「ラジオはパンドラの基本機能の一つに過ぎないからね?」
「それはもう、よぉーく分かってるよ!」
何しろアスカの心臓を動かしてくれたのはパンドラの電気魔法だ。
この魔法機械にどんな機能が隠されているのか楽しみになってくる。
「この調子なら大丈夫そうね」
ミキの右胸から手を離す綾乃。
「それなら、今度はわたくしの番ですわ!」
今度はジェシカが魔法板を手渡してくる。
「これはわたくしがよく使っている『身体強化』の魔法板ですわ。ミキさんのお姉様にかけた回復魔法と同じく、人体に作用する魔法のカテゴリーに含まれますのよ。この手の魔法は使い手との相性が大きく関わってきますわ」
「相性が悪いと上手く使えないってこと?」
「それどころか、逆に身体能力が落ちることもありましてよ」
ごくり、とミキは生唾を飲む。
仲間に悪い影響が出たら、と否応なしに緊張してきた。
「と、とりあえずやってみるね……」
まずは魔法板を腰のベルトにフックで吊り下げる。
魔法板は魔力が通ると発熱し、酷使すると焦げたり溶けたりしてしまうので、かばんの中に入れたまま使うのは非常に危険だ。事故を防ぐためにも、魔法板は外気にさらして冷却するのが一般的である。
魔法板につながっているマウスピースを口にくわえて、
「ええと……誰に魔法をかけたら?」
「それなら私にかけてちょうだい」
ミキの問いかけに対して、綾乃がすぐに提案してくれた。
素人の魔法をかけられるというのに怖がる素振りもない。
「よ、よろしくお願いします!」
第二の心臓を意識して、ミキは魔法板に魔力を送り込む。
綾乃に向かって両手をかざすと、彼女の体を淡い青色の光が包んだ。
「ど、どんな感じ?」
「ちょっと動いてみるわね」
綾乃がその場でぴょんぴょん跳ねたり、そこら辺を走り回ったりし始める。
ミキたちはその不思議な光景をただ見守った。
「はたから見てるとシュールよね」
「ですわね。でも、これもまたジャスティスへの第一歩ですわ」
なんとも言えない顔をしている千歳とジェシカ。
綾乃が小走りで三人の前まで戻ってくる。
「これはまるで効果がないわね」
「ううう……」
がっくりしてしまうミキ。
ジェシカがバレリーナのような神々しいポーズを決める。
「できなくても落ち込むことはありませんわ。わたくしもたまたま適性があったから、こうして回復と支援の担当になっただけのこと。ミキさんにも得意な魔法がきっとありますわ」
「なかったとしても、工夫次第で活躍のしようはあるわ」
一緒になって励ましてくれる千歳。
「私の場合は機械いじり以外に火薬の扱いも心得てるし、ジェシカは学校で医学を学んでいたおかげで簡単な手術もできる。これからの勉強次第よ、何事においてもね……まあ、私は勉強って嫌いなんだけども」
「う、うん……」
魔法だけ練習すればいいわけではないらしい。
当たり前のことながら、ミキはようやくそれを理解した。
「それじゃあ、最後は私の使っている魔法を試してもらうわ」
綾乃から魔法板を手渡され、ミキはそれを装備しなおす。
「ここまでは通常仕様だったけど、これから使ってもらうのは特別仕様の魔法板よ」
「機械迷宮で魔力が増幅する人のための魔法板……だよね?」
果たして自分には優れた魔力が備わっているのか。
ミキは期待と不安で、よりいっそう胸がドキドキしてきた。
「まず試してもらうのは『視界拡張』の魔法よ。これは野良戦車を探し出す索敵の魔法で、まるで幽体離脱したかのように離れた場所を見ることができるわ。鳥になったつもりで、頭上から周囲を見回すのが効率的ね」
「やってみます!」
ミキはマウスピースから魔法板に魔力を送り込む。
(私は鳥だ、私は鳥だ……)
瞬間、ミキの視界に二つの景色が重なる。
一つは地上から見る仲間たち。一つは頭上から見下ろす広場。
それらが頭の中で混ざり合い、ミキは自分がどこにいるのか分からなくなった。
重力のない場所を漂っているような浮遊感。
ただし、その体は猛スピードで回転させられている。
「お、おろろろろ……」
視界がぐるぐる回り出して、ミキはその場に座り込んでしまった。
吐き気がものすごくて、朝ご飯が喉元までせり上がってくる。
「これは無理……絶対に無理……」
「そんな気がしたよ。ほら、背中さすったげるから」
「このくらいでは回復魔法はかけられませんわよ? 慣れると効き目が悪くなりますわ」
ミキの背中をさすってくれる千歳とジェシカ。
綾乃が駆け足で事務所から水を持ってくる。
「今日はもうやめておく?」
「大丈夫……」
ミキはコップを受け取り、水を一気に飲み干した。
吐き気が引いたので、ゆっくりと立ち上がる。
「あなたはどうも支援効果の魔法と相性が悪いようね」
「そ、そうみたい……」
「それなら、今度は『魔力防壁』を試してみましょう。いわゆる防御魔法よ」
綾乃から二枚目の魔法板を手渡される。
ミキはそれを装着して、マウスピースを口にくわえた。
これだけ繰り返していると、動作だけはすっかり慣れたものである。
マウスピースから魔法板に魔力を送り込むと、
「おっ?」
ミキ自身が驚くほど、綺麗な魔力の膜――魔力防壁が周囲に展開された。
魔力防壁は半透明のドーム型でうっすらと青みがかっている。直径五メートルほどの範囲に展開されており、三人の仲間たちもすっぽりと覆うことができていた。魔力防壁には厚みがほとんどないので、カラーフィルムをかぶらされただけのような気持ちになる。
「これは結構いいんじゃないかな?」
「上手くいっているように見えますわ」
千歳とジェシカからも好印象。
「少し試してみましょう」
綾乃が魔力防壁から抜け出ると、愛刀『三日月』を手にとって、柄頭から金属ワイヤーでつながったマウスピースを口にくわえる。魔力の伝わって青白く輝いた刀身をくるりとひっくり返し……いわゆる峰打ちの構えを取った。
「ミキ、怖がって解除したりしないようにね」
「はいっ!」
ミキが返事をした瞬間、綾乃が高らかに跳躍して斬りかかってくる。
三日月の光り輝く刀身が振り下ろされたかと思うと、
ぐわん……ぐわん……ぐわん……
鐘の鳴るような音を響かせて、魔力の防壁は綾乃の攻撃をはじき返した。
綾乃がふわりと地面に着地する。
「この強度なら野良戦車の砲撃を耐えられそうね」
「得意なことが見つかってよかったね、ミキ!」
「魔力防壁をまともに使えるのは綾乃さんだけでしたから心強いですわ」
千歳とジェシカからもお墨付きをもらう。
ミキには手応えというものが右胸にハッキリと感じ取れていた。
「反動は大丈夫だったかしら?」
「反動?」
ミキは綾乃の質問を聞き返す。
「魔力を生むために第二の心臓……右胸に意識を集中させているでしょう? 魔力防壁に大きなダメージを受けると、右胸に強烈な衝撃を感じることがあるわ。自分が本当に撃たれているような衝撃が……。酷いときは赤く腫れたり、出血することもあるのよ」
「そ、そうなんだ……」
ミキは不安になってセーラー服をたくし上げてみる。
自分の右胸は今のところ変わりなかった。
「それは効果の大きな魔法板を使っているとままあることよ。でも、魔力の反動は反復練習によって耐性をつけることができるわ。走って体力をつけたり、筋力トレーニングで筋力をつけるのと同じようにね……そうだわ、次はこれにしましょう」
綾乃から三枚目の魔法板を手渡される。
視界拡張と魔力防壁の魔法板もつけっぱなしなので、彼女の腰回りはかなりごちゃごちゃになってしまった。綾乃たちは何枚も魔法板をつけている姿が様になっていたが、この新しいセーラー服も含めて、どうにも着られている感じがぬぐえない。
千歳とジェシカの二人が、何故かミキのそばからささっと離れる。
(もしかして、ものすごく危険な魔法板を渡されたのでは……)
ミキの不安を察してか、綾乃がくすっと微笑んだ。
「それは魔力を圧縮して放つ『波動弾』の魔法板よ」
「野良戦車の使っていたやつ?」
「野良戦車というか、魔動戦車の基本的な武装ね。圧縮した魔力が物理的な衝撃を生み出すようになるシンプルな魔法だわ。この魔法を使うときは、自分の体ごと飛んでいって、野良戦車にパンチするようなイメージを持つといいわよ」
「それはまた豪快なイメージだね……」
マウスピースを口にくわえて、ミキは右手をまっすぐ瓦礫の山に向ける。
第二の心臓に意識を集中させて、魔法板に魔力を送り込むと、
(な、なんだろう、これ……)
これまでとは違った不思議な感覚が全身を駆け巡った。
魔法板に魔力を送っているのではなく、むしろ吸い上げられているかのように……砂地に水を撒くかのごとく、体内で生み出した魔力が片っ端から消費されている。さながら注射器で血を抜かれているような感覚だ。
そんなミキの不安とは対照的に、彼女のかざした右手には力強い魔力が集まっていた。魔力は手のひらの前で圧縮されて、まばゆいばかりの光弾と化している。それが膨らんでは圧縮されてを繰り返し、そのたびに周辺の空気を渦巻かせた。
(もしかしたら、すごいことができるかも!)
自然と高まる期待。
「波動弾、発射!!」
ミキは圧縮された魔力を一気に解放する。
瓦礫の山に向かって放たれる魔法の弾丸。
右胸をハンマーで叩かれるような衝撃が襲ってくるが……いや、それがむしろ気持ちいい。限界ギリギリまで我慢していたものを解き放つ心地よさ。これはちょっと癖になっちゃうかもしれない、とミキが一瞬のうちに考えていると――
ぐるん
発射の衝撃に耐えきれず、ミキの体は空中に向かって吹っ飛ばされた。
くるくると宙を舞いながら見えたものは、魔法の弾丸が瓦礫の山に命中し、それが木っ端みじんになって広場全体に降り注いでくる光景だった。アスカを守ろうとして魔法板を使ったときとは、比べものにならない威力が出たのは確かである。
「ふぎゃっ!?」
真っ逆さまに地面に落ちるミキ。
舞い上がった土煙で視界がいっぱいになっている。
土煙がようやく晴れると、綾乃と千歳とジェシカの姿が見えてきた。
三人とも頭のてっぺんからつま先まで土まみれになっている。
「みなさん、大丈夫ですか!? 怪我はないですか!?」
事務所の裏口から、志穂が血相を変えて飛び出してくる。
綾乃が満足そうにニッコリと笑って答えた。
「ふふふ、むしろ大成功よ」
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