1-8『基礎訓練と入隊試験1』
「あいたっ!」
翌朝、ミキはベッドから転がり落ちた衝撃で目を覚ました。
柔らかくて気持ちいいけど、ベッドで寝るのはどうにも慣れない。
瓦礫街で暮らしていたときはアスカと一緒の布団だったし、いくら寝相が悪くてもバラックが狭いからはみ出ることもなかった。これからはお行儀の良い眠り方をしないと、とミキは努力の仕方の分からないことを考える。
綾乃はすでに起きたようで、ベッドはもぬけのからになっていた。
ミキは部屋から出て、階段で事務所一階のリビングに降りる。
リビングでは千歳、ジェシカ、志穂の三人が朝食を取っていた。
炊きたてのご飯とお味噌汁の匂いが今日も食欲をそそる。
千歳とジェシカの二人は寝間着のままで、髪の毛は寝癖も見られるのだが、志穂だけはしっかりとメイド服に着替えているし、くるんとしたボブカットの髪も寝癖一つない。普通のお手伝いさんとは思えない瀟洒さにはミキも感心しっぱなしだ。
「おはようございますっ!」
「あらら、新入りが一番の遅刻みたいね」
千歳がにやにやした顔で卵焼きをほおばる。
それを聞いた途端、ミキの顔がすっと青ざめた。
「ご、ごめんなさいっ!」
「千歳さん、そういう意地悪は感心しませんわ」
熱々の白米に海苔を巻き、ジェシカは実に美味しそうに食べている。
彼女の箸使いは秋津国の人よりも丁寧だ。
「いつもは千歳さんが一番遅く起きていますのに!」
「ちょ、ちょっと! 後輩の前で不必要な暴露はやめてよ!」
よくよく見ると、千歳の二つ結びはちょっとズレていた。
ちなみに指摘したジェシカの髪にも寝癖が見られる。
「日頃の行いの悪さが祟っただけですわ」
「そっちだって慌てて飛び起きたみたいだったけど?」
朝食そっちのけでぎゃーぎゃー言い合い始める千歳とジェシカ。
「ミキちゃん、顔を洗ってきちゃってください」
「あっ、はいっ!」
志穂から促されて、ミキは洗面所で顔を洗ってくる。
洗面所の鏡で寝癖を確かめると、相変わらず毛虫のようになっていた。
(これは流石に自分で梳かそうかな……)
顔を洗って戻ってくると、ミキの分の朝食が用意してあった。
いただきますをしてから食べ始める。
志穂は一足先に食べ終えて、自分の食器を片付け始めていた。
「お昼ご飯はおにぎりを作っておきますね」
ミキが朝食を食べ終えると、見計らったように志穂がお茶を出してくれた。
今日は紅茶ではなく、色の濃い緑茶である。
これも安物じゃないんだろうな、とミキは味わいながら思った。
「志穂さん、あの……綾乃さんはどこに?」
「綾乃なら事務所の裏で剣の鍛錬をしているわ」
「こんなに朝早くから!?」
「毎日欠かさずしているんです。本当に熱心よね」
自分のことのように嬉しそうに語る志穂。
彼女にお礼を言って、ミキは事務所の裏手に向かう。
事務所の裏側は周りを瓦礫に囲まれており、子供たちが鬼ごっこで遊べるような広場になっていた。道路に面している側には事務所とガレージがあるので、ここなら人目を気にすることなく日々の鍛錬に励めそうである。
綾乃は木刀で素振りを行っていた。
彼女の素振りはすさまじい鋭さで、空気を切る甲高い音が聞こえてくるほどだ。
気の抜けた寝間着姿のはずなのに、遠くから見ているだけでも迫力がある。
綾乃がこちらに気づいて素振りの手を止めた。
「おはよう、ミキ。昨日は眠れたかしら?」
「はい! 綾乃さんのおかげで、すっごくよく眠れたよ!」
それはもうベッドから転げ落ちるまで目覚めないくらいである。
「またいつでも頼んでいいのよ?」
綾乃が額に浮かんだ汗を手ぬぐいで拭き取る。
緩んだ寝間着の襟首から、鎖骨のラインがちらりと見えていた。
「これから水を浴びてくるけど、それが終わったらミキの訓練を始めるわ。志穂には話してあるから、動きやすい服装に着替えておいてもらえるかしら? 着替え終わったら、ここにまた来てちょうだい」
「分かりましたっ!」
ミキは早速駆け足で事務所に戻る。
どんな訓練を受けさせてもらえるのか、楽しくてうきうきしてしまった。
×
ミキは着替えを終えたあと、事務所裏の広場に戻ってきた。
てっきり綾乃とマンツーマンで訓練するのかと思ったが、千歳とジェシカの二人も協力してくれるらしい。綾乃、千歳、ジェシカの三人は、ミキを野良戦車から助けてくれたときのように紺色のセーラー服に着替えており、もちろん月兎隊のマークが入った腕章をしている。
(それにしても、三人ともばっちりと着こなしているなぁ……)
ミキはついつい彼女たちに魅入ってしまう。
綾乃は女性としては背の高い方で、プリーツスカートから覗く脚はすらりとしていた。そのおかげもあって、編み上げのブーツもよく似合っている。腰の辺りまで伸ばしたまっすぐな黒髪も相まって、一本の線が通っているような凜々しさがあった。
千歳は溶接用のゴーグルにマスク代わりのマフラー、手袋とブーツも作業用のものと、ごつごつとした装飾を好んでいる。それでいてセーラー服はヘソ出しなものだから、体の線の細さが余計に際立ち、まるでマスコットのような可愛らしさがあった。
ジェシカのセーラー服は至る所にフリルが足されており、それがまた優雅な雰囲気を持つ彼女にマッチしている。ウサミミのようなカチューシャは彼女のお気に入り。よくよく見ると金髪を編み込んでいたり、ジェシカのおしゃれには細かいところまで余念がない。
「あの……前から気になってたんだけど、どうしてセーラー服に?」
ミキの着替えとして用意されていたものも紺色のセーラー服である。
サイズが大きいせいで、かなり袖が余ってしまっていた。
(まあ、小さいときから着てみたかったからいいけど……)
正直なところ、学校よりも制服に対する憧れの方が強かった気がする。
ちなみに腕章は予備がなかったようでつけていない。
「そもそもセーラー服は水兵さんの軍服なの」
綾乃が早速説明してくれる。
「最初、秋津国の女学校には運動着として導入されたのよ。月兎隊のユニフォームとして採用したのも、動きやすさを重視してのことなのよ。それに型紙も入手しやすいし、私と志穂で協力すれば作るのに時間もかからないわ」
「本当のところは?」
千歳がちらりと綾乃を横目で見る。
「可愛いからよ」
「あのね、ミキ。綾乃って割とこういうところあるから」
「は、はぁ……」
月兎隊の旗や改装済みの事務所を見たときから、ミキもなんとなくそんな気はしていた。
正義感にあふれているのと同じくらい、綾乃は面白いことが大好きらしい。
「セーラー服といったら、わたくしの国では子供服ですわ」
ジェシカがプリーツスカートの裾を摘まみ上げる。
彼女はスカートの中にまでフリルを仕込んでいるらしく、改めて見てみると他の二人よりもスカート全体がふんわりと広がっていた。
「ミキさんも自分なりにお直しするといいですわよ。自分でお裁縫ができなくても、志穂さんにお願いすれば大丈夫でしてよ。わたくしはお裁縫に自信ありなので、自分でお直しいたしましたけどもね」
「そんなことより、ミキの訓練をやるんじゃないの?」
千歳の一言で話はようやく本題に入る。
綾乃がぱんっと手を叩いた。
「ミキにはこれから、私たちの使っている魔法板を試してもらうわ」
広場の片隅には木箱が並んでいて、そこには魔法板や魔動機械がいくつも置かれている。
その中には野良戦車を真っ二つにした綾乃の秋津刀もあった。
「あらゆる魔動機械の中には魔法板が組み込まれている。それは魔動戦車や野良戦車も変わらないわ。魔法板にはそれぞれ異なった魔法の効力、異なった役割があって……たとえば魔力を圧縮して撃ち出す『波動弾』や、魔力を増幅させて動力源にする『魔力炉』などと名付けられているの。基本的に『魔力炉』を破壊すれば野良戦車は停止するわ」
「人間の心臓みたいに?」
「その通りよ。ミキは飲み込みが早いわね」
物騒なたとえをしてしまったが、綾乃はむしろミキの答えをほめてくれた。
「野良戦車は魔力炉を破壊すれば倒せるけど、生身の人間には不可能に近いわ。ミキにはその理由が分かるかしら?」
「え、ええと……」
綾乃からいきなり質問されて、ミキは思わず戸惑ってしまう。
生身の人間が野良戦車に勝てないなんて、当たり前のこと過ぎて逆に理由が思いつかない。
ちょっと考えてから、彼女は恐る恐る答えてみた。
「魔法が弱すぎるから?」
「どうして魔法が弱くなってしまうのかしら?」
「魔法板が小さいから、とか……」
「正解よ」
ニッコリとする綾乃。
「魔動戦車や野良戦車で使われている魔法板は畳一枚ほどの大きさをしているわ。それくらい大きな魔法板を使わないと、鋼鉄の装甲を貫通できる威力が出ないの。大きな魔法板を持ち運びながら戦えないか……その発想が魔動戦車を生んだと言われているわね。でも、特殊な条件さえ満たせれば、生身で携行できるサイズの魔法板でも野良戦車を倒すことができる」
「条件?」
綾乃が人差し指をピンと立てる。
「一つ目の条件は、魔法の使用者が強い魔力を持っていること」
「うっ……最初から才能の話……」
いきなり避けようのない問題で、ミキは及び腰にさせられてしまう。
「言っておくけど、私とジェシカは大して魔力は強くないからね」
千歳が自分とジェシカを交互に指さす。
ジェシカが「ですわ!」と腕組みをしてうなずいた。
「私たちの攻撃魔法や防御魔法では、野良戦車には全く太刀打ちできませんの。正面から戦うのは綾乃さんに任せて、私たちはサポートに徹しさせていただいておりますわ」
「そういうわけだから、できることなら新メンバーは、綾乃と一緒に野良戦車と戦えるタイプがいいのよね。一番年下のあなたにこんなことを言うのは酷だと思うけど……」
フォローしてもらっているようで、次々と重なっていく合格条件。
アスカを守るために魔法板を使ったときは威力がお話にならなかった。
自分には魔法の才能があるのか、ミキはなおさら不安になってくる。
綾乃が暗い顔をした彼女に言った。
「でも、ミキには可能性があるわ」
「そうなの!?」
「秋津国の子供たちの中には、世界的な平均を超えた魔力を持つ子がいるわ。それも爆心地の近く……機械迷宮の付近で魔力が大きく増幅されるの。おそらくは魔力爆弾の魔力波を浴びた影響なのでしょうね」
先日の光景が思い出される。
綾乃が魔力の通った秋津刀で野良戦車を一刀両断したのは、彼女が機械迷宮の付近で魔力の高まる体質であり、瓦礫街が魔力の増幅される範囲に含まれていたからだろう。もちろん、綾乃が剣術の鍛錬を積んでいるからというのもあるが……。
(私もそんな特異体質だったりするのかな?)
ミキは希望がわいてきたような、そうでもないような気分になる。
「それから二つ目の条件は、魔力の高い人専用の魔法板を使っていることね」
綾乃が木箱に置いておいた秋津刀を手に取る。
「私の使っている秋津刀『三日月』は、あえて高い魔力のみに反応するようにして、汎用性を犠牲にする代わりに魔力の活用効率を高めてあるわ。魔力の大小にかかわらず、誰にでも使える魔動兵器を……と考えられていた今までの魔動兵器とは真逆の発想ね」
「この魔法板がそれはもう高くて!」
自分が使っているわけでもないのに嘆いている千歳。
彼女には技術屋としての意見があるらしい。
「材料の魔法板は純度の高い魔法金属じゃないといけないし、呪文を刻み込むのにも尋常じゃない魔力と集中力を使うし、そんなことだから一つ一つが職人さんの手作業で作られてるし、そんなことだから私のレベルだと全然手が出ないし……」
「よしよしですわ」
ジェシカがおもむろに千歳の頭を撫でる。
「なんか犬になったみたいで全然慰められてる気がしないんだけど?」
「気のせいですわ。よしよし、よしよし……」
「これやっぱり気のせいじゃないわ」
ミキをそっちのけで、あれこれ言い合っている二人。
綾乃がその場を鎮めるようにパンと手を叩いた。
「長々と話してしまったけど、とにかくまずは魔法板を使ってみましょうか」
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