1-3『グラウンドゼロの少女たち3』
少女の年齢はおそらく17歳くらい。濡れ羽色の長髪をなびかせて、大きな白いリボンを後頭部に結び、濃紺のセーラー服を着ている姿は一介の女学生にしか見えなかった。
しかし、彼女が普通の女学生でないのはすぐに分かる。なぜなら、彼女が大昔の武士が振るったとされる刀剣『秋津刀』を真一文字に構えていたからだ。
それも普通の秋津刀ではない。ミキが使った魔法板と同じように、刀身には細かな呪文が刻み込まれている。持ち手の先端からは金属のワイヤーが垂れ下がり、その先端には小型のマウスピースが装着されていた。
セーラー服姿の少女はマウスピースを口にくわえて、秋津刀の刀身に魔力を送り込んでいるらしい。
刀身は青白い光に包まれて、風鈴が鳴るような、あるいは鈴虫の鳴くような、涼やかで心地よい音を響かせている。
それに加えて秋津刀は微細に振動しているようで、彼女を中心として舞い上がる粉塵がはねのけられていた。
「すぐに倒すわ」
少女が真一文字に構えていた秋津刀を振り抜いた。
素早く動いた腕には、月と満月の描かれた腕章が光っている。
鋼鉄を断ち切る甲高い斬撃音。
野良戦車を支える脚部の一本が、鮮やかに切断されて空中に跳ね飛ばされた。
直後、立ちはだかる少女に向かって、魔法の砲弾が放たれたのだが、
「……せやっ!!」
少女は秋津刀を振り上げて、魔法の砲弾をはじき飛ばしてしまう。
空高く打ち上げられて、花火のように破裂する魔法の砲弾。
秋津刀を大上段に構えるセーラー服姿の少女。
脚をなくして倒れ込む野良戦車……その砲塔めがけて秋津刀が振り下ろされる。
鋼鉄の装甲だけではなく、大地までも真っ二つにしそうな鋭い一撃。
一刀両断された野良戦車は、その場に倒れて動かなくなった。
これほどの間近で見るのはミキも初めてだ。
本来は魔動戦車に乗って戦うところを、生身で野良戦車を倒してしまう人間。
機械迷宮は道が狭く、地形も複雑で、魔動戦車は入り込めない。そのため、どうしても生身の状態で野良戦車と戦うことになる。
もちろん、特別に魔力の強い人間が、専用に製造された魔法板を使うのが必須条件である。条件をクリアできるのは、人材と資金に恵まれた解放軍くらいなものだろう。
でも、こうして目の前にいる。
「怪我はないかしら、お嬢さん?」
セーラー服姿の少女は秋津刀を鞘に収めると、口にくわえていたマウスピースを胸ポケットにしまった。
こちらに振り返った彼女の表情は、どこか姉を思わせる優しさがあり、ミキは思わず抱きつきたくなるような衝動に駆られる。見ず知らずの人に甘えたくなるだなんて、彼女にとっては初めてのことだった。
「あ、あなたは……」
「私の名前は宇佐見綾乃(うさみ あやの)……いえ、自己紹介はあとにしましょう」
「そ、そうだっ! お姉ちゃんが大変なのっ!」
アスカは地面に投げ出されてからぴくりとも動かない。
綾乃と名乗った少女はアスカに駆け寄り、彼女の容態を確かめ始める。
アスカの胸に耳を当てたかと思うと、険しい顔をしてミキに言った。
「まずいわ。心臓の動きが止まってる」
「し、心臓って……それじゃあ、お姉ちゃんはっ……」
最悪の想像がミキの脳裏をよぎる。
気が遠くなり、ふらっとしてしまった。
ミキが自分を保つだけで精一杯になっている一方で、
「すぐに手当てすれば間に合うわ」
綾乃はアスカに対して、心臓マッサージと人工呼吸を始めていた。
胸部をリズムよく圧迫し、それから口から空気を送り込む。
本職の医者か救命隊員のような手際だった。
そうこうしているうちに、今度は二人の少女が駆けつけてくる。
一人は西洋人とおぼしき金髪の少女、一人は溶接工のようなゴーグルをつけた少女だ。
二人とも綾乃と同じセーラー服を着て、左腕に腕章を身につけている。
年齢は綾乃よりも若く、14歳か15歳くらいに見えた。
「綾乃さん、野良戦車は倒しまして?」
「ジェシカ、回復魔法を!」
「……承知いたしましたわ」
ジェシカと呼ばれた金髪少女が即座に状況を理解する。
彼女はゼロ部隊と同じように、腰から魔法板を何枚も提げていた。
「まずはこれを……」
ジェシカが魔法板につながっているマウスピースを口にくわえる。
アスカに向かって両手をかざすと、彼女の傷ついた体が淡い光に包まれた。
途端、アスカの体にあった傷が塞がり始める。
「人体の治癒能力を高める魔法ですわ。この方の魂はまだ死んでいない」
不安そうなミキのことを思ってか、わざわざ説明をしてくれるジェシカ。
「可能性は十分にありますわ。千歳さん、心肺蘇生を!」
「よしきた、任せて!!」
千歳と呼ばれたゴーグル少女は、背中に箱形の魔動機械を背負っている。魔動機械に疎いミキからすると、それは大きなラジオにしか見えなかった。スイッチやメーターがたくさんあると、見ているだけでなんだかくらくらしてきてしまう。
箱形の魔動機械には金属ワイヤーとマウスピースがつながっている。千歳がマウスピースを口にくわえると、魔動機械の内部にあるファンが回り出して、外装のスリットから熱風が吹き出してきた。
アスカの胸に両手をあてたら準備完了。
「安心して。同じ方法で三回は生き返らせてるから」
瞬間、千歳の両手から電流が放たれる。
アスカの体がびくんと跳ねた。
綾乃、ジェシカ、千歳の三人が、アスカの胸に耳を当てる。
「……心臓が動いてるわ」
ホッとした様子で顔を上げる綾乃。
「やった! 一発成功!」
「あとはわたくしにお任せくださいまし!」
千歳とジェシカが嬉しそうにハイタッチを交わした。
アスカの胸に耳を当て、ミキも心臓の鼓動に耳を傾ける。
綾乃の言葉を疑うわけではないが、やはり自分で確かめずにいられなかった。
そっと目を閉じ、耳を澄ませる。
すると、ゆっくりではあるが確かに心臓の動く音が聞こえてきた。
アスカの表情は穏やかで、気持ちよく眠っているように見える。
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
ミキの目頭が熱くなり、大粒の涙がぽろぽろとこぼれてきた。
奇跡のような体験だった。これまでの人生を振り返っても、ミキを守れるのはアスカだけであり、アスカを守れるのはミキだけだった。
顔なじみになって話すくらいの相手なら、孤児院や瓦礫街にも少しはいたけど……でも、命の危険を冒してでも守れるのは、ミキとアスカにはお互いだけだったのだ。
だからこそ、こうして強大な敵に立ち向かい、真剣に人名を救おうとしてくれる人たちの存在が、ミキにとっては嬉しくて仕方がないのである。
この世界には希望がある。
心の底からそう思える。
絶望の淵に立たされているとき、こんなにも嬉しいことは他にない。
「よーし、流石は私の発明品ね!」
千歳が子犬でも愛でるように箱形の魔動機械を撫でている。
彼女の纏っているマフラーが風になびいてひらひらしていた。
「これで一安心ですわね。しばらく安静にしておきましょう」
ジェシカは額に汗を浮かべながらも、アスカを回復魔法で治療し続けている。
ふわふわの金髪が土埃に汚れてしまっていたが、彼女は気にする素振りもなかった。
「素晴らしい手際の良さでしたわね、千歳さん。ほめて差し上げますわ」
「ジェシカからほめられても、なんか上から目線で嬉しくないんだけど……」
「ごめん遊ばせ。生まれついての気品がついつい出てしまうのですわ」
「それは気品があるんじゃなくて、単にプライドが高いだけじゃないの?」
「ふふふ、わたくしこそは生まれついてのジャスティス・ヒロイン……」
千歳が苦々しい顔をしている一方で、ジェシカは満足そうに悦に入っている。
仲が良いのか、それとも悪いのか。
そんな二人のことを横目で見ながら、
「周囲に敵影なし。残りの一両はゼロ部隊が倒してくれたようね」
綾乃がマウスピースを口にくわえながら言った。
マウスピースは金属のワイヤーを通じて、やはり腰のベルトに提げられた魔法板につながっている。遠くまで見える魔法でも使っていたのだろうか。魔法のことなんてさっぱりなミキには何がなんだか分からない。
「あ、あのっ!」
ミキは気を取り直し、三人の少女たちに尋ねる。
「みんなは軍人さんなのっ!?」
「あはは、違う違う!」
思い切り吹き出してしまう千歳。
「こんな格好してる軍人がいる?」
セーラー服は海軍でも着られているが、彼女たちが着ているものは明らかに学生服の雰囲気である。千歳の場合は丈が短くてヘソ出しになっているし、ジェシカの場合は袖口や裾にフリルがマシマシになっていて、明らかに軍人らしくないおしゃれさだ。
でも、軍人でないとしたら野良戦車と戦っている理由が分からない。
魔動戦車に乗って野良戦車と戦う民間組織を『私立戦車隊』と呼んだりするが、彼女たちの場合は生身で野良戦車と戦っているのだ。ゼロ部隊でもないのにそんな無謀なことをする人たちなんて、ミキはとても実在するとは思えなかった。
「綾乃、説明してあげてよ」
千歳から役目を回されて、綾乃がこくりとうなずいた。
「私たちは『私立討伐隊』なの」
「しりつとうばつたい?」
「機械迷宮に潜って野良戦車を倒すことが仕事なのよ。機械迷宮の外に出てきた野良戦車の対処は、本来なら解放軍や私立戦車隊の役割なんだけど……私たちは瓦礫街の近くに住んでいるものだから、こうして駆けつけたというわけね」
「その名もラビッツですわ!」
ジェシカが唐突に口を挟んでくる。
彼女のつけているカチューシャは、まるでウサミミのような形に見えた。
「ラ、ラビッツ?」
「私たちのチーム名のことよ。正確には月兎隊(げっとたい)だけどね」
「ラビッツの方が可愛いですわ!」
「まあ、各自の好きな呼び方で構わないわ」
綾乃が説明を続ける。
「こうして活動し始めたのは本当に最近のことなのよ。魔動戦車に乗らず野良戦車と戦うなんて危険だし、民間人の私たちが専用の魔法板を入手するのも難しいから、これまでは国連の解放軍しかやらなかったことだわ」
「実際、機械迷宮を縮小させるだけなら、一応は解放軍だけで今までやれてたのよね」
私たちは何をしてるんだか、とでも言いたそうに千歳が笑った。
無茶なことをしている自覚はちゃんとあるらしい。
綾乃も同意してうなずいた。
「機械迷宮を縮小させるには、それを構成している無数の『野良戦車の巣』を破壊して、魔力の供給源を断たなくてはいけない。そうしない限り、野良戦車と機械迷宮はいくら破壊したとしても、供給された魔力で自動修復してしまう」
野良戦車の巣というのは、普通は単独で存在しているものであり、それが複数集まって巨大化している場所など、世界広しといえども秋津国の機械迷宮くらいだ。そして、野良戦車の巣の魔力供給源になるのは、決まって強力な野良戦車なのである。
「機械迷宮は周囲が外殻で覆われているうえ、内部の構造が複雑に入り組んでいるから、どうしても生身で奥深くまで潜入しなくてはならないわ。従来のようにこちらも魔動戦車に乗って戦うことはできないの」
「やっぱり危険なんだ……」
聞けば聞くほど、ミキは困惑してしまう。
彼女たちの考えが分からない。
でも、その答えを知りたい自分がいる。
「それなら、どうして三人は私立討伐隊をしてるの?」
「解放軍には任せられないもの」
端的に答える綾乃。
それは誰もが思っていても、決して口に出せない答えだった。
「信用できない人たちだけを戦わせるわけにはいかないわ。解放軍にとって機械迷宮は大きな収入源だもの。これまでは機械迷宮を攻略し、縮小させてきたけど、最近はその攻略頻度も落ちてきている。このまま攻略をせず、秋津国を生殺しにする可能性もあるわ」
「そ、それはっ……」
ミキは息を呑む。
この発言が解放軍に聞かれでもしたら、秋津人はどんな目に遭わされるか分からない。解放軍は世界中の国々から集められた精鋭たちであり、秋津国を野良戦車の被害から守っている陰の支配者なのである。
ミキもついさっき、ゼロ部隊の隊長から手ひどい扱いを受けたばかりだ。アスカの大事だというのに、食い下がることも言い返すこともできなかった。ましてや、自分の力で解放軍を見返してやろうだなんて思いもしない。
でも、その不可能をやろうとしている人たちがいる。
こうして目の前で実行している。
(私がやりたくてもやれなかったことを……)
これは絵空事でも夢物語でもないのだ。
現実的な目標……手を伸ばせば届く希望なのである。
(そうだ、これしかない)
ミキは一つの決意を固める。
「綾乃さん、私を月兎隊に入れてください!!」
その言葉を聞いた瞬間、綾乃、千歳、ジェシカの三人がぴたっと硬直した。
彼女たちの視線がゆっくりとミキに向けられる。
三人の目は「本気で?」とこちらに問いかけていた。
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