第82話 もう一人の人との出会い

 パースに来てから1週間経った頃、お隣さんであるジェフェリーから遊びに行かないかと招待を受けた。お母ちゃんはパスしたが、私はどんな遊びなのか分からず何処へ行くのか聞いた。

 すると、スキーしに行くとのことだった。

 スキーかぁ…。

 少し考えたが、無理だ。

 やった事ないし、ストップ掛かってる。

 なので、丁重に断った。


 ジェフェリーが一家5人でスキー旅行に行ってる間、私はもう一軒の人と偶然にも会った。もう一軒はGPも兼ねている。

 なるほど、病院が隣りにあるのね。

 暇だし、GPでバイト出来ないかなと思ってた、そんな矢先だった。


 温室での作業をしてると、誰かが入ってきた。

 ジェフェリーではない、他の誰かだ。

 その人と会うことはなかったので、自己紹介からするべきかな、と思ってた。

 すると、その人は声をかけてきた。

 「どうして、ここに居る?」


 そのドイツ語は、なんか怒ってる口調だ。

 振り向くと、その人はイラついてる感じだ。

 私が黙ってると、続けてきた。

 「私の誘いを断っておきながら、どうしてここに居るんだ?」


 英語に言い直して、はっきりと言ってきた。

 誘いって、何の事なんだろう。

 じっと黙っていたら、「別人なのか、違うのか?」と言ってくるが、何がなんだか…。すると、こう言ってきた。

 「トモアキ・フクヤマだろう。違うか?違ってたら謝る」

 オーストラリアで、私のフルネームを知ってる人って誰なんだろう。

 とりあえず、何か言わないといけない。

 「あなたは誰ですか?」

 「…私は、エドワール・ジョンソン。ここパースにあるスペシャル病院のボスだ」

 エドワール・ジョンソンって、聞いた事無いなあ。

 「スペシャルのスタッフからはボスと呼ばれてるが、他の人からはエド・ボスと呼ばれてる。シンガポールのスペシャル病院に1人のドクターにオファーを掛けたが、本人からではなくボスからNOという返事をもらった」

 その人は、私を睨みつけるように見てる。

 そこで気が付いた。

 オーストラリアからオファーを掛けてもらったけど、断った事に。

 たしか、あれはアンソニーが自分が断ると言ってた。


 「ミスター…」

 何を言えばいいのかと考えてたら、お母ちゃんの声が聞こえてきた。

 「トモ、出来たよ。 …あら。こんにちは、エド」

 「こんにちは、レディ」

 「トモ?」

 「あっ…。う、うん。なに、お母ちゃん」

 「だから、出来たって」

 「そう、もう少ししたら行くから」

 「はいはい」

 ミスターは、お母ちゃんの方に振り向き声を掛ける。

 「レディ、お聞きしたいのですが。彼と、お知り合いですか?」

 「トモのこと?」

 「そうです」

 「彼は、私の息子よ」

 トモ、あんた自己紹介してなかったの?

 …さっき会ったばかりだから、なんて事は言えなかった。


 「お母ちゃん、ごめん。やっぱり先に食べてて」

 「いいけど、夜遅くならないでよ」

 「そんなに遅くならないよ」


 この人には言わないといけない。

 そんな気がする。

 なので、温室から庭に出て木陰に置かれている椅子に座ってもらった。


 「ごめんなさい」と、謝罪の言葉を最初に口にしてた。

 「話すと長くなります」と言うと、頷いてくれたので話し出した。

 お母ちゃん以外の誰にも言ってない、シンガポールでの銃撃戦の事を。

 そして、左目失明してメスが持てなくなった事も。

 オファーの返事はボスが断るから、と言った事も。


 すると、ミスター・ジョンソンは私の左目を覗き込むように見てきた。

 「なるほど。オペドクターからGPドクターになった、って事か」

 ミスターは続けて言ってくれる。

 「私は、アンソニーの事は、よく知ってる。

 あいつの持論は、メスを持つ事がドクターだと信じきってる。

 メスで腹を切り開いて、贓物のオペをする事だけがドクターではない。

 それに家が家だからな。考えが甘ちゃんなんだよ、あの坊ちゃんは」

 この人はアンソニーの事を知ってるみたいだ。

 「彼の父親のことをご存知なのですか?どのような人物なのか」

 「もちろん。あの父親は苦労して今の地位を得ている。

 信じるに値する人物だ。だが、跡を継ぐジュニアがアレではな。

 私はあの人がドンだからこそ、あの人の傍にも居た事があった。

 でも、ここでボスをする事が決まってからは、あそこから離れた」

 

 フィルと同じ事を言ってるのに気が付いた。

 思わず、口から出ていた。

 「フィルをご存知ですか?」

 ミスターは目を細めて返してきた。

 「コンピューターバカの事か」

 あいつを知ってるのか?と聞いてきたので、頷いただけにした。

 この人は内部の事を知ってるのかと思うと、言ってもいいのかどうかと悩んだが黙っていた。


 そして、無理なことだとは思ったが言わずにはおれなかった。

 「GPでバイトさせてください。お願いします」

 ミスターは人の悪い顔をして、言ってきた。

 「そうだな…。急を要する患者がいたら、メスを振るってもらう」と。


 この人はー、ほんと意地悪な人だな。

 博人さんと似たような意地悪さだと思いながらも、残り日数はGPでバイトさせて貰い小遣いを貯めていった。

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