第81話 母へ、カミングアウトする
「買い出しからしないといけないね」
お母ちゃんの言葉で、我に返った。
「ランチは外で食べるか。トモはどうするの?」
お母様、それは、どういう意味なのでしょう。もしかして自分の食い扶持は自分でと言いたいのかな。
家というか屋敷に入り部屋を眺めていた私は、あることに気が付いた。
キッチンが、福岡の家のキッチンよりも広いのだ。
私は思わず聞いていた。
「ねえ、お母ちゃん」
「なに?」
「ここキッチン広いね」
「日本ではないからね」
まあ、それもそうなんだけどね。
「ランチは外で食べようよ。荷物持ちになるからさ、色々と買わないとね」
そして、さっきから気になってた事を聞いてみた。
「温室だよね、あれは」
行ってみる?と聞かれ、即答した。
行ってみたい、と。
そして中を見ると、日本で見慣れた物が溢れるように栽培されていた。
人参、ほうれん草、イチゴ、あれは…、トウモロコシまで。
もう食べれるよって言ってくれたので、温室の脇の水道で手を洗い、トウモロコシを齧る。
んっ…。美味いし、甘い。
この温室は、両隣の2軒の人達と共同で栽培してるものらしい。
室温を一定に保ち、一年を通して食べれる食材を作ってるとのこと。
お母ちゃんを見てると、トウモロコシを4本ほど採ってる。
(ん、4本とも食べる気か?)と思っていたら、「潰して粉にするの」と教えてくれた。粉にしてどうするんだろう?
その疑問はすぐに解けた。
キッチンに入ると、トウモロコシの身だけをコソゲ落とし、それをミキサーにかけていく。粒状にされたトウモロコシは、何度も篩いに掛けられサラサラになっていく。そのサラサラ状態に計量カップで図った水分を含むと、まるで魔法にかかったように昔に戻った感じを受けた。
そうだ、お母ちゃんがよく焼いてくれてた、お焼だ。
でも、なんか違う。
水分を含みゼリー状になったそれを大きめなボールに入れてる。
そこにバターを加えて混ぜていく。
パンだ。
トウモロコシだから砂糖は入れなくてもOKだし、バターには塩も含まれてる。
さすが想像力の母だ。
昔と変わってない。
そのうち、「うしっ!」と声が聞こえてきた。
その捏ねた生地をラップで包みボールに入れ、タオルでボールを包んでいる。
「今は冬だからね、こうやって温めておくの」と言いながら、明日の朝食の分だからね、と釘を刺された。
そうだね、発酵させないとね。
ランチと買い物から帰ってくると、温室に向かった。
その日は、ぐっすりと眠れた。
お母ちゃんは、本当に寛いでいる。
あまり敷地から出る事もなく、心配していた危険もない。
私は観光気分を味わい、市街地に行って色々と見ていた。
この数日間、穏やかにパースで平穏を味わっていた。
ある日、いきなり聞かれた。
「友明、その左目はどうしたの?」
え、左?
何の前触れもなく振られて、何も言えなかった。
すると、お母ちゃんは続けてくる。
「なんか変だなと思っていたのよ。左方向を向くのに、不自然な形で向いたりするし…。黒目が動いてない」
黙っていたら、もっと続けてくれる。
「だから言ったのよ。来なくて良いと」
そんな時から分かってたんだ。
「ほんとに、お母ちゃんには叶わないな」と呟くと、話は長くなるよと切り出してから話し出した。
シンガポールで起こった銃撃戦の事から、こっちの事を。
黙って聞いていたお母ちゃんは、静かに口を開いてきた。
たった一言だった。
「トモ。貴方は知ってるでしょ。私の左目がどんな状態なのかを」
誰にも気づかれることはないようにしようと振舞っていた私は、その言葉で気が付いた。(お母ちゃんは、だからこそ気が付いたのか…)と。
私は知らなかった。
その夜、お母ちゃんが泣いてた事を。
そして、もう1軒貸してるという家。
入り口が違うので、私は全然と言っていいほど気が付いてなかったのだ。
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