第68話 荷物奪還
「こらっ、待たんか!ボス命令だ、トモ!トモー!戻ってこーい!!」
アンソニーの、その言葉は私には届いてなかった。
扉からではなく、そこの部屋の窓からソイツを追って出て行ったからだ。
私は、まだ行ったことのない場所へ、そしてその世界へ足を踏み入れていた。
ソイツを摑まえた私は、さっきの奴と同様に背負い投げて…、今度は見事に決めてやった。そして、自分の荷物の中身を確認していった。
金は別にいい。どうせ1$しか入ってない、後は小銭だし。
問題はデータだ。
私は、患者のデータのみならず全てのデータにはロックをかけ、特殊なパスワードをかける二重ロックを施している。いくつかのデータのロックが外れてる。だけど、パスワードは外れてない。
確認していると、2人の気配が側に来る。
フィルとジョンが私の荷物を手に取って見ているみたいだ。
入ってるのは、日本で発行された医師免許と、福岡での契約終了書に、今の病院の医師カード。
シンガポールで買った聴診器をメインにしたドクターセット。
1$紙幣が入ってる財布。
それだけだ。
パスポートや就労ビザは、私自身の身体に括り付けている。
病院に戻ると言ったら、「病院よりも、こっちが先だ」と強制的に先ほどの場所に連れて行かれた。
そこに戻ると、ムスッとしたアンソニーが待っていた。
私の顔を見ると、明らかにホッとした表情をしてきた。
「…この、バカ!アホ、マヌケ、トンチンカン!ストップかかってるくせに、なんで走ったりジュードーしたり。なんで…」
アンソニーが泣いてる?
日本で、福岡で一緒にやっていた頃のアンソニーだ。
「…マスター。二重に掛けていた筈のロックが外されてました」
顔を上げたアンソニーは、ひきつった表情をしていた。
「だけど、パスワードは外れてないので大丈夫だとは思いますが…。パスワードを必要としなくて、データを覗くことはできるのですか?」
アンソニーはしばらく考えていたようだが、違う声が聞こえてきた。
フィルだ。
「それは、そのかけたパスワードの種類にもよるな」
なるほど、種類、ね。
「単語か数字か、ミックスか…。どれだ?」
フィルは、そっち系には強いらしく細部まで聞いてくる。
「当てはまりません」
「どういう意味だ?」
3人がハモってくる。
「私のパスワードは特殊なものです。なにしろ、私自身ですから」
3人共が黙ってしまったが、先にアンソニーが口を開いた。
「時々、トモの日本語、分からない時がある」
「私の知ってるアンソニーの日本語は、半分位しか分からない」
「日本人ではないからな」
拗ねてそっぽを向くのは、やはりあの頃のアンソニーだ。
「病院に戻りたい」と言うとジョンが送ると言ってきたので、素直に「よろしく」と返事をした。だって、ここがどこなのか分からないんだよ。送ってもらうのは正解だろう。
アンソニーは、フィルと一緒に残っていた。その部屋の最奥に居る『ドン』と話をしていたなんて事は、知らなかった私だった。
その後、病院に戻った私はオペが終わった時点でデータを病院へ送信していたデータと、自分のiPadにロック掛けて保存していた患者のデータを照合していった。
データは、無事だった。
ホッと安心したらお腹が空いてきたので売店でシュークリームを買い食べる。
付き合ってくれたジョンにも、差し出すと「要らない」と言ってたが、中身を見せると「やっぱりいただこう」と、ニコニコとしていた。
ここの売店のシュークリームは美味いんだよね。
翌日、アンソニーとジョンに引っ張られるように脳外科に連れて行かれた。
昨夜の件で、私の頭に普遍をきたしてないかどうかを調べるために。
大丈夫だって言ってるだろっ!
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