第67話 拉致
勤務して数ヶ月経った、ある日の夜。
ヘルプ先の病院から帰宅途中に誰かに拉致られた。気配が全くなかったので分からなかった。拉致られ、どこかに連れて行かれた。
声が出ないように猿轡をされ、腕を後ろ向きにされては縄を掛けられた。自分の失態を心の中で毒づきながら、縄抜けを成功させようとしていた。後少しで逃げれる、と思っていた矢先だった。
自分一人だと思っていたのだ。
その時、誰かの足音が聞こえてきたので、ジッとしていた。
パンッ!
いきなり顔を引っ叩かれた。それと同時に扉が開いた。
ガラッ!!
扉が開いた途端に、もう一発、叩かれた。
すると、今度はその扉を開けた奴にも叩かれた。
パンッ!
叩かれ、床に転がされた。
ガタタッ……。
聞こえてきたのは広東語。
最初に私を叩いてきた奴は、今度はきつく縛ってきた。
くそっ!
こいつ、どこに居たんだ…、気配を感じなかったぞ。
そいつに立たせられ、今度は違う別の場所へ連れて行かされた。
その場所は明るく大人数の気配がする。
扉を開け、入り口近くにいた奴に「引き合わせを」と言ってるのが聞こえたが、これはどうしてもヤバイだろ。きつく縛られてるうえに、荷物を取り上げられてる。その荷物を、入り口に居た奴に渡してる。
この野郎。
はっきりと言ってやるが、金は1$しか入ってないぞ。
帰ってきたばかりなんだからな。
携帯は病院からの支給品だし。
荷物を受け取った奴は奥へ入って行ってくれるし。
しばらくすると、誰かがこっちへやってくる気配がする。
境にしてある仕切りを少しだけ開かれると、いきなり撃たれた。
いや、でも見事にソイツは避けてたよ。
私は動かないでいた。
下手に動くと、弾に当たる。
それに、その弾は私にではなく、私を連れてきたソイツを狙っていたからだ。
その内の一発が、私を縛り付けていた縄に当たり、縄は解けた。
少し待つと、銃撃は止んだ。
でも、私をここに連れてきたソイツは、私の背後にいる。
ドクターストップは掛かっているが、いいチャンスだ。運動不足なんだ、ストレス発散にリハビリさせてもらおう。そう思ったら、行動に移していた。
後ろに振り向きざま、ソイツの胸ぐらを掴み背負い投げをする。
そう言うとカッコいいと思うのだけど、実際はそんなにカッコいいものではなかった。でも、ソイツは投げられ、そのまま動かなかった。
騒いでる音に気が付いたのか、いつの間にか囲まれていた。
「私の荷物を返せ」と言った、その瞬間。
ガチャッ!
と一斉に銃口をこっちに向けてくる。
英語が理解できないのか、広東語の方がいいのか。
広東語に切り替え、もう一度言ってやる。
『私の荷物を返せ』
そう言うと、奥から声が掛かってきた。
「そこで何をしている!」と。
私を囲んでる奴らは銃を下すこともなく、英語で返していた。
なに、英語話せるんじゃん。
声を掛けてきたのはフィルという人物で、ドンの秘書をしている人物だ。
私を見て、声を掛けてきた。
「日本人が、なぜここに居る?」
流暢な日本語だ。
「知らないよ。ソイツに拉致られて来たんだ。ソイツに聞けよ」
と、さっき私が投げ飛ばしてやった奴を指さした。
すると、今度は入り口の扉が開き、違う声が聞こえてきた。
「何の騒ぎだ!しかも一般人まで」
と、私の肩に手を置き振り向かせた奴は、紛れもないアンソニーだった。
こんな近くで見違えることはない。
「ア、アンソ…、え、マスター?」
「ト、モ?な、何でここに?」
さっきと同じ言葉を、アンソニーに言ってやる。
「知らないよ。ソイツに拉致られて来たんだ。ソイツに聞けよ」
「なんで倒れてるんだ?」
「私が投げた」
目を見開いて、驚きの声を上げていた。
「えっ!」
「柔道で、背負い投げしたんだ」
柔道って知ってる?
すると、私の胸ぐらを摑まえ言ってきた。
「は?ジュードー?お前、スポーツはドクターストップ掛かってるのを忘れたのか?」
「しっかりと覚えてるよ。久しぶりに運動したよ、まあ運動という代物ではなかったけどな。この私に、縄で縛りつけてくれるんだから」
ぶつぶつと言ってやったら、アンソニーはその縄を見つけたのか納得したのだろう。ため息ついたアンソーは、周りを囲ってる連中に、「こいつが誰なのか知ってるか?」と、倒れてる奴の顔を見せては聞いてるが、誰も知らないらしい。
全員、首を横に振っている。
「そこの入り口にいた奴に、私の荷物を渡していた。奥へ持って入ったみたいだが、ソイツはどこに居る?返してもらいたいな」
すると、大きな声が聞こえてきた。
「あばよ!コレは私が貰った。コレは私の物だ」
「貴様っ!」
ソイツを追おうとすると、アンソニーの手が伸びてきた。
「トモ、待て!」
「あの中には、今夜オペした患者のデータが入ってるんだ!」
「誰をオペした?」
こういう場で言えるわけないだろ、と睨んでやると小声で言ってやった。
そしたら、エッと目と口が大きく開けたアンソニーは、指示を出していた。
「フィル、ジョン。今の奴を。荷物をそっくり戻してくるんだ!」
もちろん、私も後を追った。
「え…。トモ、待て!こ…こらっ、待たんか!
しかも、そんな所からっ。ボス命令だ、トモ!
トモー!戻ってこーい!!」
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