第33話 カミングアウト
「……てい」
「ん?」
「削除決定」
「え、なんで?」とiPhoneをひったくられたが…。
フンッだ、いつまでも昔の思い出に浸るなよな。
そう思った私は、ひろちゃんに爆弾落としてやる。
「言っとくが、その女は現実には居ない人間だ。いつまでも昔に浸るな」
削除するんだから、貸せ。
「イヤだ。どうしてそう言う?お前に何が分かるっ!」
「それなら言ってやるっ!
そいつは、2年前の夏、ドイツで開催されたフェスに行ってた時の写真だ。
それで、隣にいる医学オタクにセクハラされてたんだ。
その証拠に、そいつは鼻の下伸ばしてるだろ。
それに私は医学だけど、教養では声楽を取ってはドイツに、そこに行ってたんだ。
だから分かるんだ」
ひろちゃんは何も言わずiPhoneと私とを交互に見ていた。
なので、続いて爆弾落とす。
「おたく、その医学オタクと知り合いなんだろ。マルクなんとかと」
「なんとかではなく、マルク=ボルディーヌだ」
「そのマルクから何も聞いてないのか?1人の人間について。医学部だけど、声楽で歌ってる人のこと。なにしろ医療の事についてはドイツ語で専門用語の話しができた、ってことを」
「・・・・・・・」
なにやら思い出してる様子だ。
iPhoneをひったくり、その拡大した写真を私の顔の隣に持っていき、その状態で次の言葉を言い放つ。
「よーく見て、なにか分からない?」
写真と同じ笑顔になってみせる。
写真と私とを見比べている、ひろちゃんの真剣な顔つきに目つき。
……。
暫らくたって、ようやく声が聞こえてきた。
「まさかっ・・・」
ひろちゃんは、小声で零した。
驚愕した表情を見た。
「だから、この写真は削除するの。お分かり?」
素直に頷いてくれる。
ん、聞き分けのいい人だね。
素直な人って好きよ。
すると、とんでもないことを言ってきた。
「でも、これは持っておく」
iPhoneは、すでにひろちゃんの手の中にあった。
「なっ…」
「だって、そうだろ」
「なにが?」
「女装すると、こんな美女になるんだ。とっておきな、貴重な一枚だ」
そのiPhoneに…、写真にキスをしては嬉しそうな顔をする。
てことで、この写真には鍵を掛けておこう。
ホクホクとしながら、それこそとっておきな至福の表情で。
しかし、分からないもんだな。
手に入らないと思っていた女性が、実は女装した男だったとは。
しかも、その男が側にいるんだからな。
世間は狭いというが、ほんとに狭いんだな。
ブツブツと言ってるひろちゃんを隣に感じながら、私は違う意味で悔しくなってきた。
布団を頭までスッポリと被ったが、隣に誰かがいると泣けない。
リビングで酒でも呑むか、それともピアノでも弾くか。
でも、弾こうという気が起きないので、やっぱり酒を呑むことにする。
持ってきてくれた日本酒は呑む気がおきず、自分のを呑む。
ソファに寝転んではクローゼットから持ってきた声楽アルバムを開いては眺めてた。
段々と気持ちが落ち着いてきた。明日、起きたら謝らないとな。一時の感情で気分を害させてしまい、あんな表情をさせてしまった。させる気なんて、無かったのに。ごめんなさい…。
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