第32話 気分一転する
自分の寝室に入り、ベッドメーキングをする。
数セット分を配備中のひろちゃんを横目で見ながら、心の中で呟く。
(うわぁ…、ドイツの、イタリアの、スイスの有名どころのスーツが計5着。
それに付け加え、ネクタイも8本あるし、インシャツも10着。
しかも、下着に私服の上下に、いったいどれだけ持ってきたんだ?)
「終わった」と、声が掛かり我にかえった私は「すごい顔ぶれですね」としか言い様がなかった。
「ああ、あっちでメイドしたからな」と、素直に答えてくれた。
「日本で作るよりも安いのでしょうね」
「この5着分の値段で…、日本で作ると3着ぐらいかな」
ほぇ、金のある人はいるもんだな…。
違う意味で、私は感嘆していた。
「あ、言っとくけどドイツに行く前には、この東京で勤務医してたんだからな。
だから、少しは金があったんだ」
焦りながら付け加えるように言ってくる。
その様子が、とても可愛い。
くすっ、と私は思わず笑っていた。
「はい。ベッドメーキング終わりましたよ。どうぞ、使ってください」
「ん」
「シャワー浴びてきますので、ごゆっくりどうぞ」
「そっちこそ、ごゆっくり」と返事がきた。
シャワーを浴び寝室に戻ってくると、ひろちゃんはベッドに横たわってはiPhoneを弄りながら遊んでいた。
「何を熱心に見られてるのですか?面白いも」
「ん、片思いの相手の写真。毎晩見て心癒されて寝るのが、私の日課だ」
ピクッ!
片思いの相手の写真に、毎晩だって、しかも日課だと…。
せっかく機嫌が直ったのに、またいらついてきたぞ。
でも、敢えて軽め調子の声で聞く。
「へー、その人はどんな人ですか?美人?胸は?」
「大学声楽科の女性で、美人。もろ私の理想の人だ」
「で、胸は?」
「え、胸?胸はどうだったかなぁ…。顔しか見なかったからな」
「女性は、やはり胸でしょう。私は美人よりも可愛くて胸の大きい人」
「それ、女性に失礼な言葉だろ」
「私はまだ学生ですよ。若者は、やはり胸にこだわりますよ」
「そうか、まだ20代前半だよな」と言いながら、iPhoneの画面を覗いて幸せそうな表情をしてるのを見ると、すごく腹が立つ。
「でも、美人には興味があります。よろしければ見せてくださいませんか?」
「見たい?」
「もちろん(見たくない)」
同じようにベッドに横たわる私に、iPhoneを見せてくれた。
見たとたん、口笛を吹いていた。
ヒュー♪
「すごい美人ですね」思わず顔が綻ぶ私に対し、
「だろ」と、にやけながら返してくる。
「でも、その写真は拡大したものだ。集合もあるぞ、見てみるか?」
「是非」
集合写真をiPhoneの画面に出してくれたのを、見せてもらった。
ん…、なんか見たことある顔が沢山あるぞ。
ゆっくりと写真を拡大していく。
え…、これは!!!
3年の夏休みにドイツの交流歌フェスティバルで歌いに行った時のだ。
本来なら声楽だけで行くのを、医学だけど行きたいと言うと、「自費になるんだよ。それでも良いのなら」と言われ、貯めてたバイト代を使って行った。
その時の写真だ。
初日と2日目は男のままで歌ったが、最終日のファイナルを歌うのに、女性が少ないからと言って、数人の男が嫌々ながら女装したものだ。
そのうちの1人に当たり、すっごく抵抗したものだ。
首元を隠す衣装を着て。
しかも、隣に写ってるヤツは、ドイツの医学における有名人のマルクなんとか。
この人は、私にばかり擦り寄ってきてボディタッチをしかけてきてたし。
他の人達はドイツ語は簡単な言葉しか分からないので英語でコミュニケーション取ってたが、私は医学の学生だ。ドイツ語は必須の学生。
医療の話しをされた時に、思わずドイツ語で専門用語のオンパレードを返してしまった事により墓穴を掘ったものだ。
しかも、そいつは「医学生でも自由に歌いに来れるなんて、門戸の広い大学なんだね。卒業したらおいで。私が面倒をみてあげよう」と、流暢な日本語で返してくれたし。
(誰がテメエに面倒見てもらうものか)と、心の中で罵った覚えがある。
しかし、この格好…。
2年前とはいえ、見たくない。
待てよ、ひろちゃんの理想の人だって?
私は、この2年前の女装した自分に妬み、嫉妬してたのか?
ムカついていた。
いい加減、現実に目を向けろ!
この女は実存しないヤツなんだ。
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