Dive

ブラウン管は熱で断線し、写らなくなったがむしろその無機質な、時代錯誤的なディスプレイが、輝やかしい陽光を照らすのをむしろ喜んで見ていた僕たち。

結局、僕と彼は仲直りできず、『エミリ・ブロンテ』は93年間の断食と瞑想を甘受していた。それでも僕と彼は、この温もりを奪い合うような、愚かな真似はしなかった。

僕が、太陽の熱を気障ったらしくも、鬱陶しがっていた頃合いを見計らって、膝下の『エミリ・ブロンテ』は話しかけた。

「ねぇ、動物園へ行かないかい?」

何ともまぁ馬鹿げた提案だった。動物園だって?どうしてそんな下劣なものを見たいのやら。自分達の罪深さを自覚したいのかい?君の気色悪いユーモアには、きっとマゾヒストもたじたじだろうね。

「嫌だよ、あそこはもう人の住める環境じゃない」

僕は彼を倫理的に批難するよりも、てっとり早く提案を丸く収めるために、合理的に彼を宥めすかした。

「だからこそ、行くんだよ」

「訳が分からない、君は死にたいのかい。せっかく僕ら助かった命なのに」

大災禍ザ・メイルストロムの頃は何もかもおかしかった。人と人が殺し合う光景が、まるでソフトクリームを分け合うカップルのように、さも自然な顔つきをして横行していた。そこにあるのが、まるで当然といったような口ぶりで」

「僕はもうあれを見たくない。放射能に犯された動物たちが、世代を経るとどうなるのかもう分かるだろ」

『エミリ・ブロンテ』は何も答えなかった。僕の腿に身を委ねて、軽く欠伸をした。

「もう僕たちは苦しまなくていいんだよ。余計なことを思いあぐねても、これ以上どうしようもないじゃないか。」

「罪業は消えない」

「え?」

「罪業は消えないから、僕たちはそれを受け入れるべきなんだ」

僕は怒りに打ち震えた。

「受け入れられるはずがないだろっ、罪の数は途方もない。数えるだけ億劫だ、僕に円周率を覚えさせる惨たらしさを教える気なのか」

「君はさっき生き残った、といったね」

「そうだ」

「死に損ねんたんだよ、僕たちは」

長い沈黙が訪れた。

社会参加アンガージュマンか」

「そうだね」

「きっとあれを見たら、もっと苦しむことになるよ。死んだほうが良かったって思うときが来るよ」

「うん」

「それでも、君は行きたいんだね」

「うん」

『エミリ・ブロンテ』は理想主義者だった。

理想に生き、理想に死ぬことを夢見るロマンチストだ。

快楽主義の僕には考えられないことだった。

それでも、僕も彼を愛していたから、彼と共に行くことにした。

「荷物をまとめよう。そうして、ここに火をつけよう」

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