失われた外伝 花園篇

第1話 太陽と月の集団

 高き太陽に至るための道を求めて、切り立った崖の僅かな足場を人の群れが移動していた。集団の間で生まれた者は、誰もが年長者から太陽に帰ることが人の生だと教え込まれてきた。陽射しが焼けるように暑いときは「浮かぶ炎」を怒らせてしまった、と集団は恐れた。直視することは叶わず、人の目には理解を超越した存在として厳しく映った。あれは何か、と長老に訊いたところで、知らぬという答えしか返ってこない。若き者は「浮かぶ炎」を長老のさらに長老のように思った。長老の周りで家族たちが身体を寄せ合う温もりと、肌寒いときの暖かい陽射しが体に与える温度の違いを判別することができなかったからである。かくして「浮かぶ炎」は大長老になり、長老たちが老いで倒れて死んでいく中で、いつでも不死を顕現するように手の届かない頭上にあった。

 人の集団は何故、この地に自分たちが放たれたのか、分からなかった。遠近感の狂った表現だが、あの小さな「浮かぶ炎」なら、我々にも納得できる存在することの理由を知っているかも知れぬと思った。手に触れたら火傷してしまうかもしれなかったが、体が燃えて太陽と一体化したら、何らかの秘密が手に入ると思っていた。

 また月のほうに好意を抱く者たちもいた。夜、眠っている間にも自分たちを照らしてくれる月に触りたい、いつか自分たちの定住することになる理想の丘に、静けさの象徴として飾りたい、と思っていた。月の集団は、当然の如く夜間に高所に臨んだ。太陽と月は、一日で空を移動して、地平に沈んでしまうので、一同の旅は困難を極め、東奔西走、堂々巡りに陥った。

 天空を遊泳する炎を目指して、岩壁を右手にして一列になった集団の中程に幼い少年、少女がいた。年端のいかない者にとっては、谷間の旅は過酷であり経験も浅かったために、成人にまで育つ前に転落事故で命を落とす者も少なくはなかった。ある一つの血族は、猛獣に追いかけられて、行き先のない奈落の底の一歩手前で退路を阻まれ、一族ごと山から墜落してしまうという惨事もあった。

 少女は少年の後ろを歩いていたが、ちょうど目の前、岩の隙間から、黒と赤褐色の斑紋のある蛇が鎌首を持ち上げて、少女の足の爪先まで迫ってきた。少女は短い悲鳴を上げて、足を踏み違え、体の均衡を崩して、前のめりで足を滑らせた。前を歩いていたメアイの左腕をつかみながら。

 土煙を立てて崖下の深淵に落ちていく二人は、気を失う前に光り輝く人の形が空に浮いているのを見た。


 輝きの天使ルビヤはメーイェを、煌めきの女天使ユリスはメアイを助けた。二人の子どもを抱えたまま、ゆるやかに谷の底に降りていき、平たい岩の上に二人を寝かせ、手足の擦り傷を治療した。メアイはあばらの骨を一本折っていた。仲間の天使族が岩の周りに集まってきた。

 天使たちは愛する対象として、メアイとメーイェを選んだ。自らの遺伝子を移植し、神性の息をメアイとメーイェの鼻に吹き込んで、新たなる人類の始祖とした。

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