第75話 神が悲しむようなことはしてはならない

 闇の奥から、マイユはアレフオに話しかけた。

「アレフオ。世界征服を目論むムカデの王が心配なのか? すでに手は打ってあるよ。僕は、ブンボローゾヴィッチが死んだときに、砂時計が割れているのを見て、ブンボローゾヴィッチが硝子の塔が爆発することを占っていたことを、二重に占った。砂時計の砂が、風に吹き飛ばされる一瞬(〇・六六六秒)に、金色の文字で綴られた短い物語になって、僕の網膜に転写されたんだ。僕は鏡の中の自分の眼から、ブンボローゾヴィッチが残した、最期の占いを読む。

 硝子の塔に、石にそっくりの爆弾があるんだ。執事のミトレラが仕掛けた、二十(六・六六×三=十九・九八)年後に硝子の塔すべてを吹き飛ばすような威力を持つ爆弾だ。

 ブザーが村に戻ったことを知った硝子の娼婦のアマリア・ストーカーは、プーの子のバビリッシュを抱いてブザーに会いに占い族の村に来る。ブザーは、この子は俺の孫ではない、と喚くだろうがね。

 アマリアが硝子の部屋にいない間に、泥棒がアマリアの部屋に侵入する。この泥棒は親切にも爆弾のふりをした石を、高値で売れると思って盗んでくれる。実はこの爆弾は、巧みな運命の手違いで爆発しなくなったものなのだが、泥棒が以前、マジョーから奪って手に入れた石と、一つになることによって、爆弾の力を取り戻すのだ。泥棒が大公邸で、大公妃になりすましたインダに、売り払った後でね。泥棒のザナンタが、門を抜けて屋敷から出たときに、やっと爆弾は作動する。

 ムカデの王は何千匹のムカデとともに爆発し、大公邸は崩壊する。

 大公妃が硝子の塔を爆発させるために、硝子の塔に送った爆弾が知らない間に、大公邸に戻ってきたのだ。大公妃ではないインダには、気付くはずもないわけだ。

 爆発は大公邸自体に仕掛けられた二千個の爆弾を誘発し、屋敷を粉々に吹き飛ばすだろう。巨大なムカデの呪縛から解き放たれて、大公妃は肉が蘇生して復活するだろうが、集結させたすべてのムカデは一匹残らず絶滅させることができる。このムカデどもは、生前、愚かな行為を繰り返してきた人間のなれの果てなのだ。

 屋敷の中にはもはや人間はいない。ムカデに取り込まれた時点で、脳を乗っ取られてしまって、すでに人間ではないのだ。今頃、一つの場所に集められて整列させられているだろうよ。生きている人間は、生の呪いを受けていたミトレラと、ムカデを食って必死に生き延びていたブザーだけだった。

 生き返る大公妃のことは案ずるな。あの女はムカデに脳を食われて、大公妃だった頃の記憶を忘れ、ただの不死身の子供想いの優しい女になる。大公妃は、元々ピアノを愛したアミラという名の女だったのだ。アミラ・ベルニエは、あるときはダリアと名乗った女は、自分の名前を忘れて、湖の上を棺桶に乗って漂流していた頃の、始祖メアイ・オゾンにメーイェと名付けられる前の女に戻るだろう。彼女は四千年の永い絶望の中で、あのような性格に形成されてしまったのだ。

 だから、もう脅威は何一つないのだ。

 これは、すべて僕の計算通りのことだったのだ。インダより僕のほうが一枚上手だったかな。ただ、運命が僕の魂を要求しただけだ。占いは僕の死が欲しかったようだ。

 僕はミトレラに勝てないことを、占いで知っていた。

 死ぬことに恐れはなかった。偉大なる使命のためなら、命だって惜しくはない。後悔がないから、そう思えるんだ。……だがな、アレフオ。そうは言っても、本当は凄く悲しいんだ。僕の中にいる占いの金貨の女神が、悲しがっているのかもしれない。そして人は、神が悲しむようなことはしてはならないんだ。

 ……そうか、プーの占いでは、僕が大公邸でミトレラとのゲームに負けて死んで、一緒にいたアレフオがブザーを救出することを想定していなかったんだ。だから、ブザーは二度と地下牢から出られないと占ったのだろう。なあ、プー。何年前だったか忘れたが、何でお前は僕に、占い族の村で暮らすように誘ってくれたんだい?

 アレフオ。僕の机の引き出しに遺言状がある。相続人の名前はお前の名前にしておいた。お前は第三代占王だ。金はお前の好きなように使え。村人に返してやってもいい。ヤシの木も取りよせておいた。お前は生まれながらに占い師なんだよ。ヤシの実占い師を名乗るといい。

 アレフオ、占い族の村はお前の家だ。眠りの騎士団を従えたお前は、本当に神の王みたいだったよ。船乗りのバティオンが海に捨てた神の子はお前だったのではないか? バティオンが占い族の村に連れていき、ブザーに名前を付けてもらうはずだった、名前のない赤子は、お前ではなかったのか、アレフオ。

 ブザーはお前をプーのように可愛がってくれるよ。占王の補佐についてくれるだろう。木の幹にしがみつき、空に向かって登って、ヤシの実を二つ地上に落として、するりと木を滑り降りるお前が見える。占い族の村は、また変わろうとしている。

 そして、これは予言ではないのだが、プーが占い族の村に帰ってくる気がする。

 さて、お別れのときだ。プーによろしくな。さよなら。本当にさよなら、アレフオ」

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