第68話 花びらの中に答えが書いてあった

 朝、目覚めると、そこはいつもの独房ではなく、一面の花畑だった。

 良い香り。楽園の色。あはは、夢も当然見ることでしょう。

 けれども事態は深刻で謎を秘めていた。アミラには何が何だかわからなかった。とにかく夢ではなかった。昨日(?)の夜から死刑までの場面だけが、はさみで綺麗に切絵のように切り取られてどこか見えない場所へ隠されて、いきなりアミラは天国へと導かれたのだろうか。アミラは天使か神様がやってくるのを待っていたが、そんな気配は一向になかった。

 それとも昨日聞いた死刑囚のパラドックスの話が現実に起きたのだろうか?

 でもアミラには死刑執行人とそんな約束をした覚えはなかった。


 目を凝らすと馬車の轍が見えた。誰かが馬車で私をここに捨てた? 

 その跡を辿れば、私が望んでいたものへ近づくことができるかもしれない。そして、ここがどのような属性を持つ世界なのかも謎が解けるかもしれない。アミラはそのように思った。

 しばらくその過去の馬車が残した轍を辿って歩いていた。

 敷き詰められた花々の中心で、アミラはふと思った。

 この馬車の轍は過去にできたものではなく、遠い未来に馬車が通ったことを予言しているのかもしれない。アミラはそんな妄想に抱かれていた。

 香水を振りまく花たちの横を歩き続けた。轍は途中で、不意になくなっていた。その場から、馬車が誕生したとでもいうかのように。あるいは、その逆で、溶けるように馬車が消えてしまったかのように。

 この世界は今までアミラが慣れ親しんで来たものと同じものだと感じていた。

 死ぬことのないアミラはいつだって世界のこちら側にしかいなかった。やっと生から解放されるのだと喜んでいたのに。死んで天国に辿り着いたと思ったら、天国のふりをした偽物の花園だった。

 これに何の意味があるのだろう。アミラは寝転がって、目を閉じて考えていた。

 電気椅子でさえも、私を避けて通る。私は何をすればいいのだろう。

 ダリアが赤く咲いていた。花びらの中に答えが書いてあった。

 アミラは花に止まる蝶のような幸せを感じた。どのような心の変化だろうか。その同じ蝶が一つの決断をアミラにさせた。

「私は自分が失おうとしたものを取り戻そうと思ったのです。今まで私が逃げてきたものに、自分から向かおうとしたのです」

 あの男は老獪な恐ろしい形相で、

「化け物を捨てなければ、またしてもお前は呪われる。それだけなら良いが、もっと悪いことが起こるかもしれない」と、言って震え上がっていた。

 それがどのような呪いかは分からなかったが、多かれ少なかれ人生はそれ自体が悩める呪いなのだから、今さら恐れることはなかった。このような次第でアミラは自分が捨てた娘を拾いに行こうと思った。娘に名前を付ける暇も無かったから、あの男が付けた「化け物」があの子を表す名前となってしまった。目の前に蝶が飛び、アミラは前へ進み、娘を捨てた場所へと記憶を傾けた。

 アミラ・ベルニエは死んだことになっていたので、新しく名前をダリアと付け直した。

 おそらくこの瞬間こそがダリアにとっての、小さいけれど本当の幸せだったのかもしれない。もし彼女に伝記作家がいたなら、この場面を最後に持ってくるように編集するだろう。

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