二つ名持ちは伊達じゃない

 魔女ウィーク・エンド。

 眉目秀麗の青年。虹にまつわる魔女術を扱う。五人の弟子を持つ若き魔女。魔女としての二つ名は『週末の魔女』。


「『終末の魔女』エンド、なんて強そうな魔女なんだ」

「違う違う、『週末の魔女』よ。ウィーク・エンドって名前で思い出した。月刊魔女速報に載ってた二つ名持ち最弱の魔女よ」


 ある意味で魔女界の中では超有名人。そんな名の売り方をしてしまって不憫でならない。


「えー、結局弱いんじゃないか……」

「ねー、何か冷めちゃった」


 あんまりな言い草が届いたのかどうか。七色の光が足元から溢れ出る。


「嘘だろっ!?」


 ルルを突き飛ばして唯人がガードする。両腕に焼けたような痛みが走り、のたうち回る。光の帯に乗って現れたのはウィーク・エンド。


「僕の弟子たちが随分と世話になったようだね。報いは受けてもらうよ」


 当然だが、物凄く怒っている。今の攻撃、直撃を食らったらそれだけで再起不能になりそうだ。


(結局、強いんじゃないか……!)


 何が最弱の二つ名持ちだ。二つ名持ちの時点で相当な実力者だと分かっていたはずだ。


「ふんだ。最弱なんかがあたしに逆らえる立場かしら!」

「その不名誉極まりない称号で呼ぶのを止めろ。反吐が出る」


 自分より弱そうな相手にはとことん強気なルル。火に油をぶちまける。


「覚悟なさい!」


 ルルが箒を掲げると特大の炎弾が浮かぶ。あの短い時間で詠唱までこなしているとは。その才能は本物だ。


「甘い!」


 対するウィーク・エンドは手をかざすだけ。虹色の壁がルルの炎を弾き返す。


「はえ?」

「攻撃を続けるんだ! 受け身になったら勝てないぞ!」


 そう言って唯人は逃げ出す。ルルの反応からいって、きっと勝てない。彼女には時間を稼いでもらって、早く逃げなければ。


「聞いてない聞いてない強いじゃないこいつ!!」


 その唯人にルルが追い付く。


「こっち来るな!」

「あれがあたしの最大呪文よ! もうどうしようもないわ!」


 互いに足を掛け合い、二人してすっ転ぶ。


「君のせいだろう、何とかしろ!」

「あたしは悪くないもん!」


 そうしている間に虹が追い付く。7つに分かれた光の帯が二人を襲う。


「ここは我が工房。逃げられると思ったか!」


「「チクショウ!!」」


 唯人が前に躍り出る。ルルが箒を振るう。強化した腕力に炎のグローブ。


「そんな小手先の術でっ」


 唯人のジャブが光を弾く。ルルの炎が光を逸らす。撃ち漏らしが二人を襲うが、紙一重でかわしきる。


「戦って勝つしか生き残る道はない!!」

「頑張って唯人!!」


 唯人が鋭い眼光で睨み付ける。


「……頑張りましょう、唯人」

「よろしい」


 そんなことをしている間にウィーク・エンドが新しい虹を生成する。


「やっちまえ、エンド様ぁ!」


 目線の先、健気な弟子の応援を受け。侵入者二人の延長線上にいるネコ耳の弟子。


「そこ邪魔! 巻き込むから! 危ないからちゃんと逃げなさい!」


 起死回生の一手。ルルの起こした爆発が煙幕となり、唯人が走る。


「くっ、人質をとる気か!?」


 慌てて虹で煙を晴らす。そこには、亀甲縛りで縛られたネコ耳少女が泣きながら転がっていた。







「……ねぇ、アレ人質に取れば逃げられたんじゃない?」

「これ以上罪を重ねてどうする。弟子を解放するまで時間がかかるはずだ」

「……ねぇ、あんな縛り方どこで習得したの? しかもあんな早業で」

「男子高校生として当然の嗜みだ」

「変態として当然の企みよ」


 出口を見つけることは諦めた。なんとかしてあの魔女に対抗する手段を見つけなければ。


「やっぱり、君の才能が頼みの綱だ」

「そう? ま、天才だからねー。でも、魔力切れたからもう戦えないわよ」


 がっくりと唯人が肩を落とす。


「俺はもう頭打ちだ。ルル、君が新たな才能を開花させるしかない」


 魔女見習い、つまりは修行中の身。これ以上の成長を望めない才能の無かった唯人とは違う。


「そんな都合よくいくわけないでしょ!? いくらあたしの才能がすごいからと言ってぇ!!」

「いくさ」


 自信満々に唯人が言い切る。


「あのお役人さんが言ってただろ? 君は中途半端な魔女契約を結んでいる状態だ。完全な契約を結べれば、魔女として戦えるはずだ」


 なるほど、とルルが相打ちを打つ。


「今すぐ夜会(サバト)を執り行えるかい?」

「あんたなんでそんなに詳しいのよ。出来ないことはないけど、どうやって儀式を再開させる気?」


 中途半端な儀式。中途半端に繋がったチャンネル。この状態では新しい悪魔と契約出来ない。


「…………あああぁぁー」

「何よ、その反応」


 唯人は言いずらそうに、というか言いたくなさそうに。しかし、背に腹は代えられない。重い口を開く。




「その契約相手――――多分、俺だ」




「はぁあああ!!!?」


 意味が分からずにルルが絶叫する。ただただ嫌な予感がする。


「俺はクオーターなんだ……悪魔と人間の」


 悪魔の血を受け継いだ人間。肉体的に頑丈で、どこか怖い。唯人はそんな少年だった。


「最悪……契約自体は進行していたのね」

「……どうすれば契約完了できる?」


 中途半端な契約を完全なものにする。そうすれば魔女としてルルは完成する。あの『週末の魔女』に対抗できる。


「供物の指輪はどうしたわけ?」

「そんなもの来てないぞ」


 ルルが笑い始める。


「触媒がどっかいったなら無理だわ(笑)」

「投げやりになるな。俺たち殺されるぞ!」


 儀式による召還契約。それが魔女の基本。しかし、基本というからには例外も。


「例えば……悪魔と対面した状態で契約とかは?」

「出来るに決まってるじゃない。召還の手間が省けるんだし」


 あ、とルルが呆けた声を出す。


「やっぱり出来るんじゃないか!!」

「待って待ってそんな気軽なものじゃないのよ」


 ルルは躊躇いがちに言う。


「対象との肉体の深い交わり……粘液交換とか」


 うっすら頬を赤らめるルル。だが、唯人は容赦しない。


「それならば唾液だ。粘液交換での契約なら性交の次に効果が高い」

「何でそんなに詳しいのよ!!?」


 乙女の貞操がかかっている。目の前の鬼畜ならばあっさりやりかねない。ファーストキスさえまだなルルには、簡単には頷けない手段だ。


「ここで死ぬのと、俺とベロちゅー。どっちがマシだ?」

「チクショウ! 救いがねぇ!!」


 三角帽子を叩きつけるがどうしようもない。生き残るための策を弄する度に、魔女を怒らしてしまっているのだ。


(お師匠様、色々とごめんなさい……)


 もっと真面目に修行を積んでいれば。家出なんてしなければ。無謀な夜会などしなければ。

 ルルは己の軽率さを呪う。


「ヤバい、近付いてくる」


 かなり激しい足音。怒りがありありと伝わってくる。


「……あの甘甘な魔女相手なら土下座祭りでどうにかならないかしら?」

「……一応、試してみるか」



「いいや、お前ら死刑だ。一切の慈悲を与えない」


 怒りに震える魔女が仁王立ち。背後で七色の光が氾濫する。


「ベロちゅーよベロちゅー! 早く早く! 唾液交換しましょ!」

「その変わり身の速さは流石だと思うよ」


 猶予はない。唯人がルルの口の中に自分の唇をねじ込む。そのままありったけの唾液を流し込む。


「何を破廉恥な……」


 いきなりの愚行で混乱するウィーク・エンド。唯人はその隙に、ルルの口内から唾液を吸い上げる。舌を絡め取りながら。絵面がとっても汚い。


「はぅあうはぇ…………?」


 未知の感覚に放心するルル。時間が惜しい。唯人はルルの尻に渾身のタイキックを見舞う。


「チクショウ! 痛い痛いえ何っ!!? 何が起きたのっ!?」

「茶番はここまでだ」


 襲い掛かる虹。唯人はルルを突き出す。失敗すれば二人とも死ぬのだ。唯人は最後の可能性に賭けた。


「わぁぁぁあああああ――――!!!!」


 奇声を発しながら箒を振り下ろす。爆発的な着火。虹が炎に覆されていく。


「なっ――――」

「契約完了、てとこかな」


 唖然とするウィーク・エンドに唯人が肉迫する。渾身のボディブロー。一発で魔女の意識を刈り取った。


「契約の影響か、俺の力まで上がってるな」


 軽快なステップを踏みながらシャドーボクシング。ルルはその光景に背筋の悪寒を感じる。


「……もうあたしを蹴るのは止めなさいよね」

「それは君の行動による」


 不穏な言葉に怯えながらも、取り敢えず危機は去った。安堵の息を吐きながら、先ほどの恥辱を記憶から消し去る。


(あれ、あたしってもう二つ名持ち名乗れるんじゃない?)


 そんな風に調子に乗りながら。

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