魔女の家は拷問の香り

「おい、お前ら何してる?」


 妙に響く濁声に二人は振り返った。金髪に黄色いローブの女。そして。


「ネコ耳ネコ耳かわいいっ!」

「……また変なのが」


 ローブの女はむっとした表情で指を指す。


「我らが家に無断で入り込んだ不埒者ども。この私が魔女マンと知っての狼藉か!」


 ネコ耳がぴこぴこ動く。その姿が妙ちくりんで、二人は噴き出してしまう。


「笑うな!!」


 手に取る箒。魔女の中で最もイメージしやすいポピュラーな触媒。悪魔と契約した力、魔女術。


「まんだろにゃんた!」


 聞き取れない怪しい呪文。箒から放たれた黄色い光が二人を狙う


「離れろ!」


 ルルの首根っこを掴んで回避する。レーザーのような攻撃は壁に当たるとヒビを作る。


「うわぁ、当たると痛そう」

「チクショウ、よりによって魔女の家に落ちたのか」


 向こうは二発目を準備している。飛び出す唯人。その脚力にルルは怪訝そうな顔をする。


(あれは肉体強化の魔術……? 魔術、使えたのね)


 直線的に放たれる光線は動きが読みやすい。来ると分かれば回避は簡単だ。


「待ってくれ。これは事故だ、話し合おう」


 勢い余ってアイアンクロー。


「いたいいたいいたーいっ! やめてやめてゆるしてっ」


 泣き喚く魔女。うわぁ、とルルはどん引きする。とても不幸な事故だった。


(というか、あんなのも魔女なのね。五人掛かりでも負ける気はしないわ)


 だが、魔女というのは元々世界の真理を追究するために邪法に手を出した研究者だ。もしかしたらそちら方面に特化した魔女で戦闘は苦手なのかもしれない。


「いや、ごめん。君が攻撃を止めてくれれば離すから」

「いいからはにゃしてぇぇぇええ!!!!」


 慌てて離す唯人。泣きながら震えるマンにルルは同情を禁じ得ない。


「本当に悪魔なんじゃないの?」

「黙れ、疫病神」


 泣き喚くネコ耳魔女に唯人は流石にたじたじになる。悪いのはそもそも押し掛けた唯人たちだ。良心がひどく痛む。


「だずげでえんどしゃま~~!!」

「いや、ホントごめんって」

「やーい女泣かせー」


 反論できない。黙ったままの弱気の唯人が面白いのか、ルルはさらに調子に乗る。


「悪魔ー鬼ーあたしに詫びろー」


 無視してマンに謝り続ける唯人。


「天才ルル様を崇めろー称えろー」



「……こいつ、何か最低だな」

「……うん、君の言うとおりだよ」



 ようやく泣き止んだマンに唯人は安心する。


「本当に事故だったんだ。すまなかった」

「そうよ、謝りなさい」


 ルルの尻が蹴り飛ばされる。マンの同意を得られたことで調子を取り戻したようだ。


「チクショウ!」

「君がまず謝れ、何より俺に謝れ」


 魔女のローブを改めてかっちり着込むマン。二人が怪訝な顔をする。


「あれ、どうして戦闘態勢を?」

「うむ。エンド様の工房に忍び込まれたからには生きて返すわけないだろう」


 仁王立ちするネコ耳魔女に二人は顔を合わせる。戦えばこちらが勝つ。そして彼女は痛い目を見る。


(このまま抵抗するのは良心が痛む)

(そんなものないでしょ。あとあいつバカなんじゃないの?)


 ルルが箒を出す。


「おい、お前ら何をこそこそと! あとお前魔女だったのか!」


 マンが箒を真っ直ぐこちらに向ける。そのまま一直線に放たれた光線を避け、ルルが反撃に転じる前に唯人のアイアンクロー。


「いぃぃぃだぁぁぁあいいいい!!!!」

「すまない、攻撃されたからつい……」

「いや、あんたホント怖いわ」


 しかし、手を離さしてしまったらまた攻撃されてしまう。手足をじたばたさせて泣き喚いているが、唯人の手は全く揺らぐことない。


「ねぇねぇ、あんた魔術使えたでしょ? 何か便利なのないの?」

「俺は魔術については落第生だよ。肉体強化が少し扱えるだけさ」

「ふーん、意外」


 暗い顔をする。才能にコンプレックスでもあるのかもしれない。面倒臭そうなのでルルはそれ以上突っ込まないようにした。


「君こそ、何か有効な手段はないのかい?」

「あたし、攻撃魔術しか学んでないの」

「はにゃじぃぃいでぇぇぇええ!! うわぁぁぁぁあああん!!」


 おっと、と唯人が手を離す。泣きながら頭をさすり、這いながら距離を取る。哀れ過ぎて逃げる気も起きない。そして、涙目のまま。


「おい! お前ら無事に帰れると思うなよ!!」



「「学習しないなこいつはっ!!」」



「凄い音したけどー、マンちゃんどったのー?」


 間延びした女の声がした。ゆるふわヘアーに赤いローブ。魔女、新手か。


「チューズか、力を貸せ侵入者だ」

「おけー、皆呼んでるねー?」


 あとから三人。長身痩躯の水色ローブを着た魔女。ぽっちゃり気味の緑色ローブを着た魔女。小柄眼鏡で金色ローブの魔女。


「おい、最後の一人色被ってんぞ」


 五人の魔女が一列に並ぶ。二対五。唯人とルルが流石に身構える。何度も言われたように無事に帰してくれそうにない。腹を括らなければ。



「我らウィーク・エンド様に師事する五人の魔女。


――――ウィーク・シスターズ!!!!」



 爆発はしなかったが。なんとなくそんなイメージが浮かんだ。とにもかくにも、魔女が五人。しかも話し合いの余地はないときた。


「……ルル、少しは戦えるか?」

「……あたしは天才よ。自分の心配をしなさい」


 魔女の拷問など冗談ではない。二手に分かれて走り出す。





















 魔女マン・デイズ。

 金髪ネコ耳小柄の姉妹のマスコットキャラ。末っ子。黄色のローブを纏い、月光の魔女術を扱う。今は唯人の右手でアイアンクローを食らっている。


 魔女チューズ・デイズ。

 ゆるふわ赤毛に間延びしたしゃべり。次女。火に通じる魔女術を扱う。今はルルの箒で頭をぐりぐりされている。


 魔女ウェンズ・デイズ。

 長身痩躯の青いストレートヘアー。四女。水の力を用いた魔女術を扱う。今は唯人の左手の中でアイアンクロー。


 魔女サーズ・デイズ。

 ぽっちゃり巨乳。三女。樹木にまつわる魔女術を扱う。今は恨みのこもったルルの首絞めの餌食。


 魔女フライ・デイズ。

 小柄眼鏡の姉妹のリーダーだが影が薄い。長女。運命に干渉する魔女術を扱う。今は唯人の右足で頭を踏みつけられている。


 彼女たち五人姉妹は盟約を結んだ義姉妹。揃って落ちこぼれて、それでも魔女として再起を図ろうとした仲良し姉妹。今は師匠の下で魔女として鋭意特訓中。なのだが。



「弱っ!! こいつら弱すぎない!? 流石はウィーク・シスターズ弱小姉妹(笑)」

「……これ、完全に俺たちが悪役だよね」


 謝罪を続けながら泣き喚く五人の少女。とてつもない犯罪臭がする。


「あたし悪くないし。せーとーぼーえーだし」

「君が! 諸悪の! 根源だ!」


 つい手に力がこもる。泣き声が大きくなった。


「もうここ乗っ取っちゃいましょうよ」

「やめろ。本当に引き返せなくなる」


 どう考えてももう遅いが。遅いついでにもう一つ。


「狼藉者ども。我が工房で何をしている」


 弱小姉妹は言っていた。ある魔女に師事していると。弟子を持つ魔女は実力者揃い。「二つ名持ち」と呼ばれる曰くつきの魔女たち。


「あらやだ、イケメン」


 銀髪のショートヘアで整った顔立ち。優雅な佇まい。美麗な男だった。ルルの目がハートマークになる。


「待て、こいつらの師匠か……マズいぞ」


 唯人が慌てる。件の魔女は騒ぎを聞いて駆け付けたのだろう。まず辺りを見回して状況を確認する。二度見する。



「待て待て待てなんだこれなにやってんだお前らぁぁあああ!!!?」



 驚いた唯人とルルが魔女たちを手離す。解放された五人はゴキブリみたいな動きで師匠にすり寄っていく。


「「「「「エンドしゃま~~!!」」」」」


 泣きつく少女たちをよしよしと宥める。その隙に唯人はルルの首根っこを掴んで逃走する。


「何よー貴重なイケメンなのよー?」

「君も危機感がないな。二つ名持ちだぞ、殺される」


 出鱈目に工房を逃げ回っているが出口が分からない。結構広いみたいで脱出に手間取る。



「でも、あいつらの師匠なら弱いんじゃない?」

「やめろ、そんなフラグみたいなことを言うな」

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