お役所仕事は面倒臭い

「すごいわね、この世界の文明。もうこのまま住んじゃおうかしら!」


 乾燥機で乾かしたローブを着込む。赤毛をドライヤーで乾かし、ご機嫌で鼻歌を歌う。


「それはよかった。教会の審問官の方がもうすぐいらっしゃるから檻の中で一生楽しんでなよ」

「あーい、い……えええぇぇぇぇぇ!!??」

「うるさい。ご近所迷惑だよ」


 笑う唯人に慌てるルル。唯人からしてみればとんだ厄介事に巻き込まれて当然の処置だ。困ったら警察を呼ぶのが善良な一般市民の務め。


「ちょっと待って、さすがに嘘よね……?」


 チャイムの音が鳴り響く。


「チクショウ! マジで呼びやがったのか! 信じらんない!!」


 窓から脱出しようとするルルを、唯人がローブを掴んで引き戻す。ここは四階。飛び出されても大惨事だ。


「いやぁぁぁああ鬼ぃぃぃいいい!!!?」

「魔女に言われたくはないなぁ。はーい、今出まーす!」


 泣き叫ぶルルにめっさ笑顔な唯人が扉を開ける。やってきたのはいかにもな瓶底眼鏡の痩身長躯の真面目男。


「こんにちは、ヘラーさん。西区支所審問官のビリーと申します」

「こんにちは、ビリーさん。通報した魔女はこの人です」

「さようなら、ビリーさん。私はまだ魔女見習いなので無罪です」


 ビリーさんは眼鏡をくいっと上げる。急いでローブと三角帽子を乾かしたのはこの時のため。どっからどう見ても恰好が魔女だ。


「魔女見習い、ですか。初めて見ました、珍しいですね」


 呑気に言うビリーは持ってきたアタッシュケースを開ける。分厚い書類の束をパラパラめくりながらどこか難しい顔だ。


「魔女見習いをどう対処するか前例があまりないことですからね。少々お待ちください」

「ああ、とんだご迷惑を申し訳ありません。適切にこの迷惑者を牢屋にぶち込まなくてはいけませんからね」

「そうです、私は要領に示される通り無罪です」


 書類の束には赤いアンダーラインが入っていたり、マークがついていたり。几帳面な人だと唯人は感心した。今では窓際気味の異端審問部門の職務をきちんとこなそうとしている。


「ええっと……ちょっと確認して参りますね」

「ええ、大丈夫ですよ」

「帰っていいですか?」


 電話で確認を取り始める。魔女見習いだと最初に伝えておけばよかったと唯人は後悔する。だいぶ時間がかかりそうだ。


「ああ、そうですね。その通りです。お待たせ致しました」


 眼鏡を押し上げながらビリーさんが戻ってくる。解決したのだろうか。


「被疑者の言葉を鵜呑みにするのはいけませんね。まずは検査させてもらいます」

「ああ、なるほど。よろしくお願いします」

「やめてセクハラよ。チクショウ話を聞けよ!!」


 さっきからうるさい被疑者を二人はガン無視する。謎の連帯感が生まれていた。


「動かないで下さいね。今確認しますから」


 取り出したのは赤いレンズの片眼鏡。魔力の籠った一品。ルルはそれを敏感に感じ取ったルルは高速で反復横跳びを始める。


(お師匠様の修行を思い出すのよ!)


 唯人のアイアンクロー。ルルは後頭部をがっちり掴まれた。


「チクショウぉぉぉおおお!!!!」


 動じぬビリー。片眼鏡を覗き込む。


「おや、魔女反応……陽性? ちょっと弱い気がしますけど」


 魔女は悪魔と契約した人間。魔女見習いは素養があるとしてもただの人間に過ぎない。そこには確固たる差がある。


「ちょっと待てそんなはずは……っ!!?」


 喚くルルにビリーは渋い顔をする。


「悪魔との不安定な契約が示されます。立派な異端ですね」


 唯人ががルルの背中を叩く。笑顔が眩しい。サムズアップ。


「――契約相手はヘラーさん、貴方ですね?」


 唯人の笑顔が固まる。何だ。彼は今何と言ったのか。


「いや、待って下さい。それは召喚事故というかなんというか、そもそもだったら俺が通報するわけないだろ!!」

「ですが、反応が出ています。貴方は悪魔だと」

「私、この人に乱暴されました!!」


 ルルの尻が蹴り飛ばされる。


「貴方の姉は魔女という記録があります。何か繋がりがあるのでは?」

「姉貴は関係ない。もう縁を切った相手だ!!」

「あら、意外な素性が判明。どうりで詳しかったわけね」


 ルルの尻が蹴り飛ばされる。


「ほう。やはり繋がりがありましたか」

「あんたさっきまでこいつの言うこと無視してただろうが!?」

「そうです。こいつは悪い奴です」


 ルルの尻が蹴り飛ばされる。


「では、お二方を拘束させて頂きます」



「へへ、イ・ヤ・よ♪」



 さっきから微妙に余裕を見せるルルが不敵に笑う。


「あたしにローブを返したのは失敗だったわね!」


 ロードのポケットから取り出したのは飴玉一つ。いざという時の魔力補給用。


「敵性確認」


 唯人が止める間もなくビリーが動く。飴玉を噛み砕くルルに烈風が。


「風の導き、天の滅牙」


 唯人は二人の間に躍り出る。風の刃を両腕でガードする。


「流石は悪魔。頑丈ですね」

「魔術師様のお褒めに預かり光栄です」

「時間稼ぎご苦労様!」


 唯人が睨む。ビビるルル。


「待って待って何とかするから!」


 いかにもな箒を振り回してルルが詠唱する。


「FIANMA」


 拳大の火の玉が箒から飛び出した。強風に弾かれるが、ビリーを下がらせる。


「やめろ、室内で火を扱うな!」

「ブースト! 開け繋がれ世界の狭間!」


 ガラスのように室内を映す窓が奥行きを持つ。波打つ鏡面。これは扉だ。


「さぁ逃げるわよ!」

「チクショウ巻き込むな!?」


 唯人の手を取ったルルが強引に窓ガラスに飛び込む。窓は割れることなく二人を飲み込んでいく。


「待ちなさい!」


 そう言われて待つ奴はいない。二人は向こう側へと飛び立つ。







「君、魔女見習いなのに魔術も使えるんだね」

「モチのロンよ。あたしは天才なんだから!」


 重力のない真っ白な空間で二人は漂っていた。


「才能あるのなら魔女じゃなくて魔術師になればよかったんじゃないか?」


 さっきの攻防、才能があるのは本当のようだった。魔女というのは、そもそも魔術師のように自力で世界の理を越えられなかった人たちだ。だからこそ悪魔に頼る。


「うるさいわね。あたしの勝手よそんなこと」

「天才は余裕があって羨ましいよ」


 今の一言は聞き捨てならなかったようだ。ルルも負けじと睨み返す。


「ふんだ。あたしは『魔獣の魔女』様のようなカリスマ魔女になるのよ? 今から媚びを売っておかなくていいのかしらー?」

「二つ名持ちの魔女なら間に合ってるよ。異端者に媚びへつらってどうするのさ」


 むきー、とルルが奇声を発する。と、ここで急に落下感。


「で、どこに出るんだい?」

「知らない。テキトーに繋げたし。帰り道も分からなかったし」


 落ちる。吸い込まれるように。


「チクショウ! とんだ厄日だ!」

「あたしの台詞よ、それ」

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