第66話 優しくて強き王(モナーク)になる決意


 すると、ハーネイトを診ていた三十音が以前彼を診察した際に手に入れた情報から、確かに他の古代人と呼ばれる存在と何もかもが違うことを話す。


「三十音、それはまことか?」


「はい、そうです夜之一様」


 夜之一は事実を確認し、ハーネイトの元にそっと近寄り彼の顔を優しく撫でた。


「綺麗な顔をしているが、とても冷たい肌をしている。まるで血が通っていないようだ。伯爵といったな、本当にこの男を治せるのか?」


「ああ、治せる。同じものが俺の中にもあるし、自身はそれを調節することもできるから、それと同じ手順を踏めば全盛期に戻れる可能性も大だ。ましてや、新たな力を使いこなせれば、さらに強くなれる」


「そうか。……頼む、伯爵よ。彼を治して欲しい」


 夜之一は伯爵の前に立ち、そうお願いをした。更にアレクサンドレアル6世もそれに続く。


「最初に会ったときに私は貴様のことが嫌いだった。しかしここまで彼と仲良くなるとは思わなかった。何と言おうと、今は貴様にすがるしかない」


「……覚悟は、できているのか?」


「ああ。私や夜之一、いや他の国王や民たちも同様にハーネイトが何であろうと側にいてほしいのだ」


「そして、伯爵についてハーネイトはよくこんな話をしていた。彼ほど恐ろしく、しかし理解してくれる者はいないと。周りの連中はともかく、私は期待しているぞ。人以外のものなんてよくここには来るし、何をいまさらだ」


 伯爵の問いかけに対して夜之一は、ハーネイトが何であろうと側にいてほしいと言い、アレクサンドレアルは伯爵についての彼の考えを伝えた。


「王様、そう考えていたのか」


「だからあの時解放してあげた。ということですか。そしてハーネイトらが活躍している世界を見てほしかったのですね」


 ルズイークとアンジェルが国王の考えを察しそれぞれ考えたことを口にした。


「ああ、そうだ。伯爵よ。お主は人のため、世界のために戦う覚悟はあるか?ハーネイトが魔法の師匠から教わった、いつも口にしていた言葉だ」


「ああ。ある。あいつに出会うまではそんなことを考えたこともなかったし、リリーの境遇を見て人の醜さばかりが見えていた。でもな、リリーと相棒と出会ってから変わった」


 伯爵は叫びながら、自身の思いを口に出した。その言葉を聞いた二人の国王やリシェル、エレクトリール、元幹部たちは心を打たれていた。話だけを聞けば、この男は人間ではない。けれど持っている心は人のものであった。それを導いたのもまたハーネイトであるということに驚きを隠せなかった。


「そうか、その答えが聞きたかった。伯爵、ハーネイトと共に行け。この世界は力を見せつけ、誰かを守ることで認められる世界だ。貴方が生まれて、ここにいる意味を探すのだ」


 アレクサンドレアルは伯爵に世界を背負う覚悟はあるかと問う。伯爵はそうだと言い、ハーネイトのようになりたいと改めてそう伝えた。そしてその答えを聞いて安心した国王は、サルモネラ伯爵を認めハーネイトと共に世界を救う王になれと言うのであった。


「少し複雑だが、古代人で無くその力を持つ者よ、その力を見せて見ろ」


「その力、ぜひ見せてほしいな。伯爵さん。あの森での戦いっぷりはすごかったでござる。あんたが割るものならば、とっくの前に大変なことになってたさ。しかし違うんだろ?ハーネイト殿と同じ気を感じていたからこそ、拙者らも話しやすかった」


「壊すのも治すのも得意な優しい王様、か。不思議だけど、嫌いじゃないわ」


 シャムロックと南雲、そしてミカエルがそう言い、伯爵の周りを囲む。


「お願い伯爵さん、ハーネイト様を治していただけませんか?あの森での活躍、皆に話したいな」


「仕方、ないですね。ハーネイト様に何かあれば、容赦しないわ」


「伯爵殿、今はあなたが鍵を握っておる。どうか頼む」


 風魔とミレイシア、そして八紋堀もシャムロックらと同じように伯爵を囲むように立つ。


「俺らは、最近、ハーネイトと出会いその器の大きさと優しさに王の素質を感じた。伯爵、どうか主、マスターを」


「あの龍からの話は全て聞いてわかっているわ。恐らく、私たちよりも上の存在なのは確か。だけど力を引き出せていないわ。だから引き出し方の分かる私が、教えるわ」


「まさか、古代人以外で龍の力を宿す者がいるとは思ってはいませんでしたが、貴方のもまだ不完全です。ハーネイト様を治して頂ければ、彼と共に貴方も真なる力を引き出させましょう」


 元は敵同士命を散らすような関係にあった3人も、今はハーネイトの軍門に下り、人質ではあるものの割と好待遇でよい暮らしをさせてもらっていた。もし彼を失えば行き場を無くすことにもなり、何よりもハーネイトが苦しんでいるのを見過ごせなかったのであった。藁にも縋る思いで、伯爵に彼らは頼みこんだのである。


「えーと、そこの可愛いお嬢さんは、敵か!」


「待って南雲、話だけでも聞いてみたいわ。本当のことならなおさらハーネイト様を元通りに治してもらって、その後で詳しい事情を聴きださないと」


 南雲がリリエットの言葉に驚くも風魔がそれを抑えた。伯爵に対して向けられる大きな期待。それを全身で感じ取った彼は嬉しさと心地よさで体が満たされていた。


 かつてまだ彼の故郷が事件に巻き込まれる前、伯爵はそういったものを一切感じることができなかった。みじめな日々、つらい記憶。だけど今はこうして頼られ必要とされている。ああ、これが欲しかったのだなと彼は思い、決意を固める。


「ふっ、そうか。ああ、じゃあ任せとけ。絶対に戻してやる。でないと、毎日がつまらねえからな。そして、もう一度相棒と戦いたいからな」


 伯爵は、本当は最初から治すつもりであった。彼がいなければ毎日が退屈で仕方なく、そしてもう一度お互いに力をつけた万全の状態で勝負をしたい、そう願っていたからだ。


 だが敢えて、みんなを試すようにああいう言い方をしたのであった。実際ハーネイトの体の秘密は事実ではあるし、自身はそれでも遠く血のつながった兄弟みたいなものだとして付き合うつもりで入るが、それ以外の人たちはどう反応するのかを見定めたかったのかもしれない。


 そして求めた答えが帰ってきた。自分もまた期待されている。そう思い伯爵は、ハーネイトの胸に手を当て精神集中をする。


「じゃあ、治してくるよ」


 そういうと伯爵は突然その場から跡形もなく姿を消した。


「本当に、この世界は不思議なことだらけね。でももう慣れてしまったわ。彼が多くの秘密と力をもって生まれてきた意味、何だろう」


「ハーネイト師匠、もう俺はあなたが何だろうと全力でついていきます。世界を7度も救ってくれて、多くの街を豊かにした貴方が悪い存在であるはずがないですからね」


「道理で、あのようなことができるわけですね。でもおかしい。ハーネイトさん……。私はあなたのことがそれでも」


 三十音、リシェルとエレクトリールがそれぞれ口にする。そして二人の王と機士国の関係者、メイドや忍者たちもハーネイトをずっと見つめていた。



「はあ、結局中に入ったがいいものの、なんじゃこりゃ!!」


 伯爵はハーネイトの体内に侵入した。はずなのだがイメージしていた光景と全く違う所にいたため大声で叫んでしまったのだ。そう、ハーネイトの心の中こと、次元の狭間である。紫色の空間しか伯爵の目には映っていなかった。そしてそれは彼自身もよく見えていた物であった。


「どんな状況だよこれ。内臓とか見えるかと思ったがこれはまいったな。ああ、でも一応あれは見える。この空間、やはり同じものが相棒にも見えていたのか」


 伯爵は状況に動揺しつつも、例のエネルギー産出装置を目視で確認し、その方向に向かう。道中数体の悪魔や、人間が何故か横に倒れていたがいちいち気にしている暇はなく、ようやくその装置に辿りついた。そこにいたのは、まぎれもなくハーネイト本人だった。


「ハーネイト!」


 しかし彼は伯爵の呼びかけに答えない。


「おい、何ずっとその装置見てるんだ」


「伯爵……なぜ。ああ、そうか。もしかすると精神世界な感じなのだろうか」


「かもな。しかし確かに、龍の力とか色々感じるなここは」


「うん、それであれが炉心、ってウルグサスが言ってたよね」


 ハーネイトは意識を失っている中で、ようやく自身の中にある何かを目にし、そこから放出されている力を理解した。


「気づいて、いたのか」


「ああ、だけど怖くて、どこか目を逸らしていたんだ。迫害されたり、理不尽な目に遭った時のことを思い出すとさ、自分自身の力が怖くて嫌になる」


 ハーネイトは伯爵を見ながら、複雑な表情をしていた。


「なあ、伯爵。付き合いからしてまだそんなに長くはないけれど、伯爵は俺のこと、どう思っているの?」


 彼は伯爵に自身のことについて尋ねる。


「ああ?……最初はな、正直気に食わなかったこともあるさ。人間のくせに滅茶苦茶強くて、初めて3回も致命傷を負ったし、それでいて普段は嫌に優しいし、可愛くてよくわからない奴だってな。そしてうらやましかった。多くの人から好かれるなんて普通無理な話だし、どこに行ってもハーネイトの名前を出せばみんなが笑顔になった。俺もさ、そういう存在になりたかった」


 伯爵は、うつむきつつ今まで抱いていた感情の一面を打ち明ける。


「だけどそれが、悲しい事件によって生み出された一面って分かって、俺は言葉を出せなかった。いや、元々お前はすごく優しい、誰かのために自分の力を使うことを喜んでいた清き男だってのは感じてたけど、事件で心が壊れて、歪んで……昔の自分と重なるところが多くてさ」


 伯爵は、なぜ彼がここまで身を割いてでも優しく、誰かのために動けるか、その理由を理解した。それは悲しい物であり、だからこそ彼の傍にいて、少しでも楽になってもらえるようにと尽くそうと考えたのであった。


「俺は、お前のおかげでリリーと会えた。それに、お前と触れ合い俺はある夢を叶えることができた。伝説の力、U=ONEって奴さ。一方で、お前は好きだった人を失っている。俺さ、もう2つ夢かなってるからよ。これからはお前のためにも、リリーのためにも尽くしてえんだ。他人と思えないしよ、悲しい顔させたくねえし」


 伯爵は改めてそう言いながら、ハーネイトに対し思っていたことを全て打ち明ける。何処か他人の気がしない感じがしたのも、あのウルグサスが答えを示してくれたような物であり彼を支え切れるのは自分だとそう思い、改めて共に世界の謎と真実を追い求め、解き明かしたいと手を差し伸べる。


 伯爵は人の心を得た今、皆のために戦うことを誓った。もっとこれから、更に内面的に成長し、新たな世界を見ることができるだろう。その世界を見るためにも、そしてもうひとりの大切な存在を守るためにも、彼は今ここで覚悟を決めた。


「そうか、それが出した答え?」


「ああ、そうだ。相棒」


 それを聞いたハーネイトは飛び切りの笑顔で伯爵の顔を見ながら、ゆっくりと目を閉じて伯爵に対し言葉を向けた。


「ずっと、自分は自分自身のことが怖くてたまらなかった。何も知らされず今まで生きてきたけど、辛すぎて何度死のうかと思ったほどだよ。でも、そうさせてくれないしあんなのと戦えるのがほとんどいなかったから、自分はずっと気持ちに嘘をついて生きてきた。その中で、何もかもおかしくなってしまった」


「だけど、覚悟を決めたよ。俺は、この先もみんなが不安なく笑って毎日を過ごしていける、そのために力を振るう王になると。改めて、恩師ハーベルが望んだ優しくて強き王(モナーク)になりたい、いや、なるんだって。力の全てを理解して、適切に使えばできるって、自分を信じたい!」


 ハーネイトは今まで恐れていた力と言う存在について考えを改めた。そして大切な仲間のために戦い、皆がいるならもう迷わないと伯爵にそう訴えた。その上で、亡き恩師の言葉と思いを決して忘れないと再度誓うのであった。


「伯爵、このバカでかい装置を動かすのを手伝ってくれ。時が来た。今まで抑え込んでいたものを開放しよう。全てを受け止め私はそれでも前に進む。例え残酷な事実を突きつけられようと、私は負けない!すべての秘密を知ってでも、俺は守りたいものを絶対に守るから」


「ああ、任せとけ。力を貸してやる。さあ、長い旅に出ようぜ!」


 そうして二人は、高く飛びあがると同時に願望無限炉に飛び蹴りをかます。そしてそのまま同じ動き上から2番目にある巨大な金色の動力装置をしっかりと掴んで、同時に時計回りにぶん回した。そうすると、その装置から光が噴出し始めた。


「ありがとう伯爵。迷いは、消えたよ伯爵。俺はお前のことが、好きだ。話を全て聞いてくれて、お互い同じ存在に大切な物を奪われた。だからこそ交わせる思いがある」


「それは人としてか?ああ、俺もだ。それと、一つ言いたいことがある」


「何だ、伯爵」


「俺がお前の居場所であり続ける、だからお前も、俺の居場所でずっといてくれ。じゃあ先に戻るからな」


「わかった、よ。約束する」


 ハーネイトが控えめに、しかし優しい笑顔を伯爵にみせた。すると装置の4番目の動力装置が動き出し、ハーネイトの体が徐々に光りだしていた。それを元の場所に戻った伯爵と、その周りにいた人全員がその光景を見ていた。


「あと少しだな」


 伯爵がそう確信した時、城全体が突然巨大な振動に襲われる。


「わわわ!なんだ一体」


「地震、ではない」


「ああ、あれは!」


「……っ、巨獣、ヴァンオーヘイン!なぜこんなときに!」


 南雲やリシェルらは揺れが収まると窓の外に胴体を乗り出して外を確認した。すると南西方向に、巨大な猪が遠くに見えた。


「まさかこのタイミングで!」


「またも試練が襲い掛かるか。ハーネイトはまだ起動していない。どうするか」


「これが噂に聞く、巨大な獣。まるで神獣みたい」


 彼らが見たのは、7年ほど前に突如現れた全高40m、全長90mは超える巨大な魔猪「ヴァンオーヘイン」であった。赤黒い体表、立派な鋭い灰色の牙。そして異様な瘴気を外に噴出し、日之国の方を見ていたのである。


「このままでは、日之国が!」


「私たちも一仕事しましょう。ユミロ、リリエット」


「それが終わったら、そなたら3人に聞きたいことがある。よろしいか?」


「構わない、こちらからもみんなに、話すことある」


「分かりました」


 ユミロたちは夜之一の問いかけに了承し、戦う準備をしていた。


「リシェルよ、銃をもって屋上に来い。魔閃の力を見せつけてやれ」


「はっ、アル爺さん!」


 ハーネイトが未だ目覚めない中、彼らは突然起きたイレギュラーな巨大魔獣の襲撃に対し全員が臨戦態勢に入っていた。集まった誰もが一騎当千級の強者、だがそれをもってしてもハーネイトでなければ攻略が困難な存在、それが巨大魔獣であった。

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