第65話 古代人にしては特異すぎる存在
アレクサンドレアルと夜之一は、ハーネイトの容態を見て内心、非常に慌てていたのであった。それはハーネイトと彼らの結びつきにある。
このフォーミッド界に存在する星は常に魔獣や魔物の危機に晒されてきた。幾度となく、滅亡の危機にさらされてきた過酷な環境の星であった。しかも今から10年以上前には、突如現れた血海と血徒と呼ばれる脅威により星の人口の3分の1が消滅したと言う。
その中で人類は安定した、力のある統治者を多く望んでいた。本来ならば代々特定の一族が国と言う物を管理し続ければ徐々に腐敗し、堕落するのがよくある流れだが、ハーネイトと言う存在がそれを防いでいたのである。
彼のいるところ危険はなく、平穏と安心が約束される。と言う言葉があった。そしてハーネイトをうまく使うことのできる人物は総じて優秀な手腕や能力を持っているだろうとこの星に住む多くの人がそう認識していた。
民にとって、ハーネイトが警備に回って来やすくするようにした条例や法律、政策は結果的に自身の命を守ることにつながる。そしてそれを行った王は民から熱い期待と信頼が寄せられるという一種の繋がりが生じていた。
つまりハーネイトと仲がいい国の王様は民衆からの受けがよい、という証明書じみたものとなっていたといえる。
他にもハーネイトのお世話になった国や街は数えきれないが、中には彼の存在を否定するものもいた。そういう国は彼も相手を尊重してそこに行かなくなるため結果的に守ってもらえず、国自体が巨大な魔獣により破壊され滅んだところも少なくない現状があった。
幾ら懐の広い彼でも、少しは守ってほしいとその国の人たちから頼られたい気持ちはあったため、期待を向けて応援してくれるところはその分彼も堅実に仕事を行ってきたという。
だからこそ王様たちはハーネイトと心の友とも呼べる関係でいたく、公人ではなく1個人として接していたのである。
そうした理由は他にもあり、彼の人柄が優しくて、それなりにノリがいい人であったため、遊び相手としても問題なく、それでいて優秀だが早くに先代の王を無くした経験の若い王たちにとっては、安心感のある存在でもあったためである。
だからこそ、彼に様々な期待をかけすぎたのである。そして彼は死の淵にいる。2人は涙を目からゆっくりと流していた。もう少し彼の足を止めていれば、彼の内なる思いにもっと気づいていればと。
「師匠。こんなになるまで無理していたなんて。何でそこまで気が付かなかったんだくそっ。師匠……!何が鷹の目だ。こんな近くのことが分からないなんて、くっ」
リシェルは体に力を込めながら、思いを抑え込みつつ声を押し殺して泣いていた。出会ってから傍に居続けたのに異変に気づけなかった自身を責めていたのであった。
「孫は昔から無理を押してまで職務を全うする生真面目すぎるところがあったからな。だが、龍の力がなぜこの時に目覚めようとしているのか。まさか、何か刺激を受けたのではないか」
「表情にはあまり見せませんでしたが、私は主が無理しているのを知りながら、止められなかった」
「ハーネイト様……。辛いならいつでも話をしてくだされば」
ハーネイトに仕える3人の執事とメイドは彼の行動を止めてでも心や体の回復をさせればよかったと後悔していた。
「ミレイシア殿、あなたがいつも厳しい態度でいるから警戒しているのですよ、主は」
「し、しかし。はあ。私は、自身の気持ちを伝えるのが下手な私が嫌いです。本当は、古代人の力を持つハーネイト様に優しくて立派な王様になって、本当にそうなってほしかった。彼に温もりを与えた者の言葉を忘れず、優しさと強さを持つ王に、彼はなれると信じ厳しいことも言いながら、補佐してきたのですが」
ミロクの指摘に、ミレイシアも本音が漏れだしていた。ミロクもミレイシアも、シャムロックもこの星に住んでいた古代人そのものである。そして彼らはバガルタ人の作った文明であり組織でもある、ハルフィ・ラフィースが突然この星から消えた事件を知っていたし、見てもいた。つまり相当な年数を生きていたのである。
そう、古代人たちは一般の人よりも10倍以上長い寿命を持っていた。そして彼らから見てもまだ幼いハーネイトを、全てに慈悲と祝福、安全を与える王として、ミレイシアは厳しく指導しようとしていた。しかしそれが裏目に出て彼女は苦しんでいた。
「私も、あの血海を生み出した者の影響を受けない存在でした。同じ力を持つ者同士、あの地獄の血徒戦線で戦い、友情と結束を紡いできたのですが、彼の苦しみを真に理解できていれば……」
シャムロックがそう言いながら、ハーネイトの顔を見る。古代人の中にもいくつか国や集団という者が存在したが、シャムロックやハルディナ、そしてナマステイ師匠などといった人たちがいた「マッスルニア帝国」はその中でも特段異質な国であった。
しかしそれはすでになかった。ハルフィ・ラフィースの行った実験、というか儀式である大消滅に巻き込まれ国ごと消滅したのである。それでも残りの人たちは懸命に生き続け、その何人かはハーネイトと出会っていた。
その中でシャムロックは、その国の第一王子でもあった。父である国王の元で日々鍛錬に励んでいたのだが、シャムロックは国王を守れなかった。もしあの場に最初からいれば、あの古代人たちの実験から父を逃がすこともできただろうにと、今でも彼は後悔していた。
その後長い旅の中で、凄まじく強い古代人の気を感じたシャムロックは、その元であるハーネイトと出会い、今こうして彼に仕えている状態であった。彼が血の怪物と十二分に渡り合えることを知り、少しでも共に戦い地獄を乗り切ろうと2番目の部下となり、2度と希望を失わないためにそばで彼を補佐し続けて気を倒し、血海の脅威を無くしたという。
「ハーネイトの元に集う人たちは、みんな辛い過去や境遇を持っているのね」
「そうね、だからこそ、あの笑顔に救われた人も多いはずよ。だけどそれも無理していたなんて。ねえ、そういえば父がかつて一度だけ、いなくなってから手紙を送ってくれたの覚えている?ルシエル」
魔女たちもハーネイトのことについて話をしていた。
「ええ。お父さん、すごくうれしそうな感じで文章を書いていたのが伝わる手紙だった。最も優秀な弟子がいて最高だって」
「彼は魔女の森の中でも、噂の絶えない人でした。魔法界の未来を切り開いた、若き新鋭って」
「そうねルシエル。でも、無理してたのね、ハーネイト。……責任感が強いとは知っていたけど、背負い込みすぎよ、全く」
ミカエルとルシエルも、目の前で起きていることに内心戸惑っていた。もしこのまま彼が目を覚まさなければ、この先どうなるのか、それが二人にとってとても怖かったのであった。
「しかし、このままじゃらちが明かねえ。三十音、あんたならどう治してみるか?」
「え、ええ。とにかく衰弱しているのは明らかだから栄養剤の投与と安静は欠かせないわね。脈も呼吸もあるからそれは問題ないのだけれど」
「そうか、まあそうだな。なあ、もしこいつが只の古代人じゃなかったとしたらどうする?」
伯爵は三十音の耳元でそうささやく。その言葉を聞き三十音ははっとした顔をする。
「何をおっしゃっているのかしら、伯爵さん?」
「だから、ハーネイトは形こそ人間だが、その細胞の構造や遺伝子配列とかが人を越えたものになっていると言ったんだ。あと胸のあれも分かるか?それは俺にもあるみてえだが」
「そ、そうなの?確かに、そうでないと超常現象の理由はつかないかもしれないけれど。ねえ伯爵さん、もしかして貴方なら治せるかもしれないの?」
「どうだかな、一つだけ可能性がある」
伯爵はハーネイトの今の状態を改善する方法があると三十音に教えた。
「早く教えなさい、でないと彼はずっとこのままよ」
「そうしたいのだがな、それはこの俺がやらないと無理なんだ。今から皆に話をする」
そうして伯爵は全員の方を向いて、今まで言えなかったことを話すことにした。それは伯爵にとっても大きな賭けであった。
「おい、俺の話を聞いてくれるか?ハーネイトを治す方法についてだ」
「伯爵、さっき言っていたあれと関係あること?」
「そういうことになるな」
「あるのか、治す方法が」
伯爵の言葉にリリーとアレクサンドレアル6世が反応し、なおす方法について聞こうとする。
「その前に、ハーネイトの体について言わなければならないことがある。これは彼本人もあの霧の龍、ウルグサスにあって初めて真に理解できたことだ。どうもミロクを初めとした一部の古代人はうすうす気づいているみてえだがな」
伯爵は理解していた。そう、ハーネイトが人ではない何かであることを。そう、あのオーウェンハルクスの悲劇からずっと知っていたのであった。
そもそも伯爵自身、ほぼ無敵な存在であり自身を傷つけられる者など、同じ種族の者しかいないと思っていた。しかしあの時ギラギラと憎しみに染まった眼をし襲ってきた男は違う。自身の肉体に容易に傷を入れ、眷属をも大量に削られた。
その力に、彼もまた恐怖という感覚を久しく味わったのである。ということは、もしかするとこのハーネイトは同族か何かではないかと考えるも、構造を調べると同族ではないのは明らかであった。一体彼の体はどうなっているのだと思いながら、リリーと旅をしていたのだがようやくあの龍のおかげで自分もハーネイトも、ある存在により生み出されたと言うか改造されたのが分かり腑に落ちる。
伯爵はハーネイトの状態について、その状態で数々の能力、しかも体力を大量に消費する技を短期間に使いすぎたエネルギー切れと、以前から目覚めかけていた、ウルグサスたちの言う力の波動が体を壊しつつあったことが今の原因だと分析した。
眠り姫と化した彼を治すには、5つある装置を構成している回転円盤の回転していない部分を回して、生み出すエネルギーの総量を増やしてあげることで回復すると考えていた。そしてその役目は、自分にあると理解していた。それは、同じ炉心を持つ者でないと力を吸われ扱えないからである。
自身も同じものを持っており、今いる電脳空間のような場所にそれを保管しているからだと。まだ幼いころ、ある女が目の前に現れ、彼の胸にその装置を強引に埋め込んだことと、ある指名もとい、任務を受けたことは忘れられない恐怖であった。
「ハーネイトは、体にある装置が組み込まれている。しかし肉体の構造や細胞の構造はギリギリ人間だ。だが、この装置が半分しか起動していない。だから俺がそれを起動させればハーネイトはきっと良くなる。しかし、それを起動すれば彼は人からさらに大きく離れたものになるかもしれない。それでも、今まで通りハーネイトに対し仲間、友達でいてくれるのか?俺はずっとそばにいるぜ」
伯爵の発言に全員がざわつくが、皆ハーネイトについて、また伯爵に対しても思うところがあり自身の意見と思いを述べる。
「確かに、前から彼は同族にしては特異的な点はありました。だから、私は彼がどんな存在であろうと信じています。彼は、どうなろうとあの日あの時の想いを決して忘れず優しくて強き王になることを」
「確かにおかしい部分はあれど、師匠は人間だ。誰よりも血の通った優しくて強い戦士だ。古代人ってか、大昔からこの星にいる人たちのことも知ってるし、俺も遠くでそれを継いでる。何よりも、俺にとって師匠は師匠なんだ」
「そうだなリシェル。俺と妹も、彼に助けられた。どうであろうと、彼の崇高にして慈悲深く優しく誠実なところは変わらない。今まで通り、友として向き合うさ」
「孫と初めて出会った頃を思い出すのう。恐らく、あの計画が噛んでいるのじゃろうが、わしは最後まで傍に居続ける。それがわしの罪滅ぼしじゃ」
それからも、周囲の人間はざわつきながらも今起きている事態を冷静に飲み込もうとしていたのであった。
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