第67話 銀肢の風魔、文斬の八紋堀


 治療に成功したとはいえ、エネルギーが体を満たすまでまだ時間のかかるハーネイト。意識がまだ戻らない中襲来した脅威を全員が目の当たりにし、恐怖で足がすくむ者も少なくなかった。


「ちっ、こんな時に!」


「あれをハーネイト様は一人で片付けたというの?私を助けてくれた時も……?でも、今度は私が、貴方を守るっ!」


 風魔はヴァンオーヘインの目を見て、昔あったことを思い出していた。それは風魔が任務でとある国を訪れていた時のことであった。諜報任務中に彼女は巨大な魔獣に遭遇し、応戦するも歯が立たず命を絶たれそうになっていた。その時に突然黒い巨大な檻が魔獣の動きを封じ、次の瞬間真っ二つに裂かれていた魔獣の死骸を彼女は見たのだ。


 それこそがハーネイトであった。彼は大魔法で動きを封じ、魔眼の力で獣の胴体を斬るイメージを行いそれを実現させたのである。


彼女はその時に見た男の顔を忘れられなかった。余裕のある、美しい笑みを浮かべた彼の顔を。それから彼女は変わった。今まで怠け癖のあった彼女が心を入れ替えるように鍛錬に励み、自身に強大な創金術(イジェネート)能力があることを自覚し、いつしか里の中で最も優秀な忍になっていた。銀肢の風魔、そう呼ばれるようになった。


 しかしここで問題が起きた。あまりに彼への思いが強すぎて、少々ヤンデレ気質になってしまったのだ。そして彼、つまりハーネイトのことを悪く言った他の忍たちを、彼女は4本のイジェネートブレイドで人だったものを別の何かに変えてしまったのである。

 

 たまたまその忍たちが、裏で略奪や窃盗など悪事を働いており、里の犯罪者は同族が討伐するという忍の里の掟に彼女が従ったものとしておとがめはなかったものの、藍之進はその力の恐ろしさに戦慄したのである。彼は未だかつてこれほどの創金術士(イジェネーター)がこの里から生まれるとは思ってもいなかったのである。

 

 そしてそこまで力を発揮できる彼女の力の源は、彼に認められたいという想いであった。あの試験は、実際はハーネイトにこの風魔の面倒を本気で見てほしいが為の形式的なものであったと否定はできない。


 そもそも全員登用すると彼も最初から決めていたため問題はなかったのではあるがそれにしても、この風魔の力は格が違っていた。


「あの時の恩を返して、共に戦える力を、証明するわ」


 風魔の顔が鬼のように険しく、その目の輪郭をさらに鋭くし魔猪を睨みつける。細目だが美しい彼女の顔は完全に別のものとなっていた。


「おい風魔! 少し待て」


「何よ、南雲! 」


「ここは、伯爵に少し任せてみようぜ」


 南雲はそう言い、伯爵を見ていた。森の中で伯爵の恐るべき力を見ていた南雲は彼ならハーネイトと同じ活躍ができると期待していた。


「伯爵よ、今一度、その力を皆に見せつけてやれ」


「っ、しかし俺の技は、元々人間を始めとした生物には脅威でしかねえぞ」


「だが、誰かのために使うなら、力の意味も変わるのではないか?ハーネイトは、それに気づいていた」


 夜之一とアレクサンドレアルは伯爵にそう諭す。そう、伯爵はこの巨大な魔獣に立ち向かわなければならなかった。


「確かに……そうかもしれねえなあ。っておい!待てお前ら!」


 伯爵の制止を振り切り、風魔と八紋堀が城の窓から飛び出す。そして風魔は両腕を創金術で変化させ、美しい金属の羽を作り空を飛ぶ。また八紋堀は城の外にすっと着地し、ヴァンオーヘインの方に向かって猛ダッシュを始める。


「おい、俺らも行くぞ」


「ええ!」


「やれやれ、血の気の多い若者たちだ」


「ユミロ、行きましょう。魔獣の足止めくらいはできるでしょう。霊量子で飛行出力を稼ぐので勢いよく走ってください」


「うおおおおおお!行くぞ!」


 2人の行動を見て、アルやルズイーク、リシェル達も部屋を出て自身の適したポジションに向かう。そしてユミロは肩にシャックスとリリエットを乗せて城から勢いよく飛び出した。そしてシャックスのフルンディンガーから白いエネルギー波が放出され、推進力となり空高く飛んだのであった。


「ったく、しゃあねえ。俺様がどれだけ危険な存在か、目に物見せてやる、みたけりゃ見せてやる!」


 伯爵も窓から勢いよく飛び出し、空を舞うように飛びながら上空から徐々に落下するように滑空し、無害な微生物を噴射しヴァンオーヘインに突貫を仕掛ける。


 そのころヴァンオーヘインは日之国の方を見て、その巨体を動かし始めた。異次元から物や人が飛ばされ、流れ着くこの星、世界。それは恩恵と災厄、両方の面を併せ持っていた。ヴァンオーヘインを始めとした魔獣、魔物たちはその負の面であった。この星に住む人たちは常にこのような試練にさらされていたのである。


「ハーネイト様、これが私の力です……! 」


 風魔がいち早くヴァンオーヘインの元に駆けつけ、両足をそれぞれイジェネート化し白銀の美しい直剣を形成すると、素早く脳天を勢い良く数回斬りつける。


「はああ! 」


 さらに風魔は両腕を足に形成した剣よりも巨大な剣を作り出しX斬りを繰り出す。


「グアアアアアア! 」


 風魔の攻撃は一応効いてはいた。それもそのはず、風魔は純粋な古代人ではないのに、創金術能力のレベルが異常に高かった。イジェネートの血統遺伝が薄れゆく中、彼女は四肢をすべて金属で包み武器にすることができるほどに力を磨いていた。爆弾やその他の武器はあくまで補助的な扱いであり、彼女の真の武器はこれであった。しかし攻撃を食らったヴァンオーヘインは激昂し、風魔を鼻息で遠くまで吹き飛ばした。


「きゃあああ!このっ…っ!ぐはっ!、まだ、まだっ! 」


 風魔は再度両腕を翼に変更し、吹き飛ばしを防ぐ。しかし巨大な木の幹に体をぶつけ彼女は苦痛に顔をゆがませる。その間に八紋堀が到着する。


「なんて、大きさだ。あの時よりもでかい。だが、文斬流の名に懸けて、引くわけにはいかぬのだ!」


 八紋堀も簡易の魔法を使うことができ、それを移動に使用していた。足から魔力を噴射し、ヴァンオーヘインの鼻元に瞬時に飛ぶ。


「文斬流・大文字斬りぃ、死ねえぃ! 」


そう八紋堀が叫ぶと、腰に携帯していた二刀の黒い刀身の刀と白い刀身の刀を握り、限界まで腕を交差させ、それを内側から外に同時に切り払う。そして2刀を振り上げ、同時に切り下しながら人という文字を虚空に描くようにさらに切り払った。


 するとヴァンオーヘインの鼻元に「大」という文字が刻まれた。これこそが文斬の八紋堀と呼ばれる所以である。隙はあるが、決まれば一撃必殺級の威力を持つ特殊剣術であり、さらには彼にしか使えない秘奥義もあるという。


「グオオオォォォ!ガルッウウウウウ!」


ヴァンオーヘインは斬られた痛みでもがき、首から上を乱暴に振り回し八紋堀を吹き飛ばす。


「がっ!なんの!」


 八紋堀は魔力を噴出し地面にぶつかることなく着地する。しかしヴァンオーヘインが口から何かを飛ばし着地した瞬間の八紋堀をそれで吹き飛ばした。

 

 その時、上空から伯爵が勢いよく現れた。その手には、とてつもなく巨大な大剣。濃灰色の何の飾りもないグレートソードと呼ぶべきその兵器は、その刀身から異様な雰囲気を放っていたのであった。

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