第60話 ウルグサスの出す課題とハーネイトの異変
目の前にいた巨大な龍は、蒼銀の腰まである長い髪に、燃えるような赤と青の瞳、薄緑色のゆったりした服を着た青年と化していた。
時折吹く強い霧混じりの風に服をたなびかせながらも、こちらを優しく、そして鋭く見つめている。それに気づいたハーネイトは、一種の恐怖とある種の安心を感じていた。
「これが霧の龍の正体、なのか?」
「巨大な龍が、人間に?」
「おおお、おおおおお!」
「これは驚きですね」
伯爵とリリー、ユミロは人間になった龍を見てそれ以上の言葉が出なかった。またシャックスとリリエットは変身した彼の姿をじっと見続けていた。
そもそも伯爵もリリーも異世界から来た転移者であり、実際に小説や物語であるような光景を自身の目で捉え見ることになるとは思ってはいなかったのだ。
またユミロも、故郷でそのようなものに出くわしたことはなく、ただただ見入っていた。
「改めて、私の命を助けてくれてありがとう、ヴィダールの血を継ぐもの、ハーネイトよ」
「は、はあ……ヴィダール……?」
先ほどの威厳のある声から一転し、人の姿になった龍の声は若く透き通るような声であった。
「そうかしこまらずともよい。私の名は、ウルグサス・ミストラス。俗に龍人と呼ばれている」
「龍人、聞いたことがないですね。……神の存在など信じてはいませんが、貴方からは荘厳な気を感じます。それに、懐かしいというか、落ち着く感じもします。自分の中にある力と、同じ何かを……」
「それもそうだろう。しかし、古代人の血を継ぐにしては、あまりにあの女神、ソラの気運が強すぎる。それに……まだおかしい点がある」
ウルグサスは丁寧に、ハーネイトの質問に答えつつ彼の全身をくまなく観察する。目が合った時から、違和感を覚えておりウルグサスは警戒すらしていた。
「私は天神界というところにかつていた。本来はこの星の生まれではない。ヴィダールと呼ばれる生命体、その一種にして一柱。それが私だが、何故だ?ハーネイト、お前も同じ力をもっている。いや、それ以上にその龍の力、何故6つ全てを宿して無事でいるのだ?」
ウルグサスの突然の発言に声を思わずハーネイトは驚きを隠せない。
「あの、その龍の力とは何なのでしょうか?」
「そうだな、それをまず教える必要がある。昔、まだ今の世界ができる前。旧世界と言えばいいか。それを支配していたのが龍なのだ。その力を、私もお前も、その隣にいる青髪の男もしっかり宿している。それが、世界龍の因子だ」
「せ、世界龍?」
「なんやて?俺にもそんなのが入ってんのかよ、てことはお前みたいなドラゴンになるのか俺?」
「落ち着け、青髪の男」
「俺は伯爵や。サルモネラ・エンテリカ・ヴァルドラウン伯爵」
「そうか、しかし君も人の形をした何か、だね。ハーネイトも伯爵も、共に龍の因子が埋め込まれているのだが……誰がそのような」
ウルグサスは、伯爵の方も見て違和感を覚えていた。この男は、明らかに人ではない。霊体に微生物の体を纏わせている何かだ。それでいて黒き龍の力を感じる。そうなると、2人ともかなり特殊な出生の秘密を持っているとしか思えないと彼は判断する。
「俺は、あの事件以前の記憶がほとんどねえけど……ある家に拾われ、養子だったことと、あの事件のことは覚えている。しかし、産みの親……分かんねえな」
「自分も分からない、誰が自分をこの世界に解き放ったのか」
2人の反応を見てから、ウルグサスは2人に対しある提案というか道を示そうとした。それは、彼らの背負う運命とその道のりが誰よりも過酷なものになるからと考えていたからである。
「そうなると、そのルーツを探す旅を2人はしないといけない。その真実を知らなければ、龍の力が毒になる。しかもハーネイトは何かしら処置を施さなければいけない。伯爵も、他に龍の力が埋め込まれていた場合はそうだな」
ウルグサスはそれから、ハーネイトの方を見ていかにも深刻な顔を見せる。その理由は、彼の体に埋め込まれた力が彼に悪影響を与えていると言う事であった。
「古代人、つまり古代バガルタ人は生まれてすぐにある物を体に埋め込まれていたという話を知っている。それがその龍の力だ。しかし、それを2つ以上宿し、力を引き出すと肉体をボロボロにしかねない」
ウルグサスが言うには、古代バガルタ人はある実験の元にその龍の力を1つ埋められていると言う。しかし計6種ある因子のうち、2つ以上を宿して無事な存在は全体の7~10%程度であり、ましてや全部の因子を宿した者は今まで見たことがないと言う。それが一番の気がかりであり、ハーネイトを蝕む要因でもあった。
「では、それをどうにかするには?」
「霊宝玉と呼ばれる常に光る玉から、制御する力を補うか霊量子と呼ばれるエネルギーを完全に支配するしかないだろう。それでも6つの力が解放されれば、命はないかもしれない」
ハーネイトの質問に対しそう答えるウルグサスは、誰がこんな無茶な施術をしたのかと憤るものの、それを取り除く手段がない以上は体を慣らすか、力に耐える体になってもらうしかないと話したのであった。
「……ずっと、調子がどこか悪かった原因はそれ、ですか?」
「そうかもしれん」
「あの、1ついいでしょうか?」
すると、シャックスが前に出て、ウルグサスに対しそう質問する。一体何者だと思いきや、彼はシャックスの体を見て思わず戸惑い、彼にも龍の力とヴィダールの力を感じたことに驚きながらも話を聞くことにした。
「何の用だ……!まさか」
「このハーネイトという男が、霊量子の力をはっきりと感じ取れるようになれば、まだ猶予は?」
「あるにはあるが、それだけではダメだ。それと、ハーネイトの中にはまだ何か、炉心のような物がある。それを起動するには、霊宝玉かそれに準じた何かがいる。その炉心自体も、何か入っていると言うか……こればかりは流石に私でも」
そう言いながらウルグサスは、一応ハーネイトと伯爵の内なる力を導く存在がそばにいることに安堵しつつも、一体シャックスという男も何者なのかと驚きを隠せない。それもそのはず、シャックスは人となったヴィダールでありハーネイトの部下にして祖父のミロクと同じ存在である。そのため尋常でない霊量子の力に気付いたのであった。
「分かりました。リリエットさん、今の話は?」
「き、聞いたわよ。しかし、そんな力をどこで手に入れたのかしら。道場にいた時は、彼にそんな力は……あっ」
「霊宝玉、それを集めれば、ハーネイトは大丈夫なのか」
「その通りだ。しかして、1つ話をしよう。古代人と俗にいう「バガルタ人」その文明、ハルフィ・ラフィース。かつて恐るべきほどの力を持つ文明がこの星で栄えていた。それは、ヴィダールという生命体であったという」
「話には、聞いたことがあります。その文明はある時を境に突然滅亡したと」
「確かにそうだ。しかしその滅亡の原因に迫れば、もしかすると誰が無茶な施しをしたのか、旧世界の支配者に関する文献、古文書なども手に入るかもしれないぞ。とにかく、2人ともかなり特殊な改造をされているのは分かった。まずは炉心のような物の調整、次に龍の力について調べながら体になじませる、最後にその龍の正体を暴き理解する。その流れを君たちの課題にしよう」
ウルグサスはしばらく古代人や、この星のことについて話をつづけた。その中には、この星で生まれ育ったものは誰もが、その神、ヴィダールと大きな関りがあり、力の一部や技術を受け継いでいることを説明する。
しかし、ハーネイトと伯爵のそれはあまりにもこの星で生み出されたのとはわけが違う性能を秘めている。そこで彼は2人に対し、改めて自身を知り力の使い方を理解するためにそういう課題を出したのであった。そうすれば、その強大過ぎる力も我が物にできる、そうアドバイスし2人はそれを理解した。
その中で、話をしながら目を閉じて、余裕のある表情をなぜか見せるウルグサスを見ると、彼は一体どこまで知っているのだろうか、謎の多い男だとハーネイトたちはそう思っていた。
「おかしいとは、ずっと思っていても、実際そう話を聞くと不安になってくる。浴びると怪物、屍になる血を浴びても変異しない、銀色の血にすぐ再生する肉体、それにすごく戸惑って生きてきた。本当に、その龍の力って……」
「案ずるな。貴様が願えば、その強大な力はすべて意のままに操れる。呪われた体でさえも乗り越えることもできよう。一番は、心を強く持てば、最悪の結末には決して至らないということだ。それが君たち2人に埋め込まれた力であるぞ」
ウルグサスはハーネイトを困らせてしまったことを詫びるため、一つの既に分かっていることについて話をした。それは彼が最も恐れていた、力の暴走で大好きな人や物が傷つくことについてであった。そしてそれは精神力の強さでどうにでもなると龍は丁寧に説明した。
「心を強く持て、ですか。確かにそれは、大切な事ですが……。ともかく、私たちのことを調べて頂き、ありがとうございましたウルグサスさん」
ウルグサスから話をすべて聞いたうえで、ハーネイトはその事実を受け入れる準備は全くできておらず、内心はとてももやもやして気分が悪かったが、それでもとても大切な情報を聞いたことについて素直に感謝し、一礼した。それにウルグサスも軽く微笑んだ。
「分かった。近いうちにまた会うことになる。ああ、いつでも呼び出せるように後で笛を渡そう。それとだ、もし私のような格好をし、なおかつ黒髪で紅い眼をした男と出会ったら気を付けるのだ」
「貴方に似た人がいるのですか。しかも気を付けろとは?」
「その男こそ、ハーネイトのすべてを知っている者の一人でそして、大消滅を引き起こした犯人こと、天神界人でありこの星の住民でもある。それと別に課題というか、やるべきことを示そう。白い男とその遺跡、ダムファール・ラー遺跡を見つけ出すのだ。そうすれば失われしヴィダールの情報がわかるかもしれん、しかしある魔法使いがそこを狙っているだろう。気を付けるのだ」
またも思わせぶりなことを口にし、ウルグサスは再度龍の姿になる。そして彼らに、背中の上に載るように首を振ってジェスチャーをする。
「さあ、背中に乗るとよい。迷霧の霧が晴れるまで少し時間がかかる」
「覚えておきます。遺跡か、しかしラー遺跡。しかしあそこは。いや、まあとにかく任務は果たした。報告は……」
「それならば、私が直接セフィラに会おう。送り届けてからな」
「セフィラさんはあなたのことをすごく心配していました。元気な姿を早く見せてあげてください。私たちはやらなければならないことがあります」
リリーのその言葉に、ウルグサスは更にもう一つ言葉をかける。
「ハーネイトよ、早く本当の力を出して今起きている事態を解決するのだ。そう願っているものは多いと考えている。後その隣の男もだ」
最後に、改めてハーネイトと伯爵の2人にウルグサスは、自身の内なる数々の力と真に向き合い理解し、受け入れることがあらゆる世界を救うことになると説き、鍛錬を怠るなと言う。
「ええ、やれるだけ、やってみます。いつまでも、怯えていては……優しくて強き王(モナーク)に、なれないかも」
「へへへ、そこまでいわれちゃあなあ。また聞きたいことあったら来るからよ、手土産持ってくるからさ」
「そうだな、何か詰まったときはここに来るとよい。それとそれにそこの3人よ。お前らがDGの者であることは分かっておる。別に動くヴィダールの力宿す者共よ」
「っ!もしかして私たちの力の秘密?」
「俺はDGを抜けた。ハーネイト、新たな主。王にするべく力になりたい。それとヴィダールの力とは?」
「知らずに使うとは、愚の骨頂だな。リリエット、シャックス、ユミロよ。お主等も龍の破片を体内に持っておるな?それが起因でヴィダールの力をある程度使えるようだが、女神ソラという存在はそのような者を認めない」
「そう言われても、どうすれば」
「あの2人の元で戦い続け力を得るしかないぞ。他に力を持つ者も可能な限り集めるのだ。ヴィダールの力を不用意に使えば、恐るべき事態が起こるだろう。昔我も彼女の機嫌を損ねたせいでひどい目にあったのでな」
「女神、ソラ……それに、ウルグサス。私は夢を見ているのか」
「シャックス、顔色悪いわ」
「リリエット、霊量子の力が、ヴィダールの力、なのです。それは本来人が持っていてはいけない。しかし……ハーネイトの元にいれば結果が変わるはず。ということは、今のDGのNO.4こと貴方のお父様を止めないといけない」
「言われなくても、最初からそのつもり、よ。恐らく、そのヴィダールの力に取り込まれつつあるかも」
「ヴィダール……っ」
シャックスはいつもと違う表情を見せ、そばにいたリリエットに話しかけた。それに彼女は快諾した。うすうすそんな感じだと彼女は分かっていた。
自身の父が現在行っていることが、いかに危険なものか。けれど実際はそれ以上に恐ろしいものであったことを知り、頭が混乱していたのであった。それにユミロはボソッと言い、何かを思っていた。
「俺様も超びっくりな話を聞いて驚きマックスだけど、とりあえず日之国に戻ろうぜ。女神とやらの機嫌が悪くなったらやばいのはオール理解したぜ」
「あ、ああ。……そうだな。ユミロたち、一旦中に」
「すまない、あとで入りたい……」
「戻ってきたら、この様ですか。……もう、私も引きませんよ」
「はあ、尚のこと、父の暴走を止めなければいけませんね。しかし、ハーネイト、大丈夫なの?」
ユミロたちは城に戻るまであの空間に戻りたくないと言い、それをハーネイトは尊重した。そしてシャックスはしばらく黙りこみ、リリエットはハーネイトの顔を見て心配していた。
最後に顔を見たのは道場を去る少し前で、久しぶりに見たライバルであり、好きな人だった彼の顔はひどくやつれていた。それが自分の行った行いのせいだとしたらと思うたび、彼女は胸が締め付けられる感覚に苦しんでいた。
「分かったよユミロ。そうだね、外の風にも当たりたいものね。さて、リリエットとシャックスは改めて後で質問攻めするから。シャックス、いよいよあなたの本領発揮ですか?人となったヴィダールは、ミロクじっちゃんも同じだったし分かっているけど」
「分かりました。私も伝えたいことがあります。女神が何なのか、分かった以上はできる限り教えましょう。まだ2人とも霊量士の力を意識的に使えていない状態なので、それを目覚めさせないと」
「では早く乗るとよい」
こうして6人はウルグサスの背中に乗って、日之国まで送ってもらうことにした。龍は霧の中を突き抜け、巨大な翼で薙ぎ払いながら上空に飛び出た。
そこは雲の上、太陽がまぶしく彼らを照らしていた。そしてハーネイトに異変が起きていた。それは今まで起きていた胃痛や幻聴などとは、はるかに比べ物にならない、彼にとって初めて体験したものであった。
「あ、あれ……力が急に」
ウルグサスの背中に乗り、空の旅を満喫する6人であったがハーネイトは自身の体に異変を感じる。急激な虚脱感と立ちくらみ。それでも抗おうと彼は足に力を込めようとする。しかし今にも倒れそうな状況であることは変わりがなかった。
胸がズキズキと疼き、まるで体全体からエネルギーが漏れ出ていくような感覚に、彼は意識を保つのが難しい状態であった。
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