第61話 血を流させずに終わらせる戦神
ハーネイトの体に異変が起きていた頃、日之国にある天日城内部では別の問題が今にも発生しようとしていた。
「なんでこの城にこいつがいるのだ」
「やれやれ、あの事件の犯人か」
「この場で捕らえようか?改めてお縄頂戴いたすぜ!」
南雲の顔を見た、機士国側の人たちの反応がおかしい。それに気づき南雲も立ち上がりルズイークらに突っかかろうとする。
「今この場で争うつもりですか?私たちはマスターであるハーネイト殿の命に従い、機士国王の発令した作戦に参加している次第であります」
「何だと?ハーネイトは何を考えているのだ。何でこんなやつらまで」
「こんなやつとは失礼ね。貴方たちこそ何ですか。ハーネイト様を侮辱するというのでしたら、私も黙ってはおけません」
「落ち着け風魔。マスターが戻ってくればどうにかなる」
風魔も立ち上がり反論しようとするも南雲がそれを止める。険悪な雰囲気を察し、シャムロックも間に入り止めようとする。
見た目に反し、南雲は大人の対応をとってこの事態を収拾しようと冷静に立ち回ろうとする。
「今回起きている事件は星にとっても大変な事態だ。貴方たちは、喧嘩をするためにここに来たのですか?違うでしょう」
「ぐぬぬ、確かにそうだが」
南雲が正論を言い、ルズイークたちを黙らせた。その時八紋堀に連れられて部屋に戻ったリシェルとエレクトリールはルズイークたちの顔を見た。
「る、ルズイーク先輩!まさかこんなところで会えるとは」
「リシェルか!あれからろくに連絡も寄越さず心配したぞ全く、はははは」
先ほどあれだけ怒りに満ちていた表情を見せていたルズイークも、リシェルの顔を見るな否や途端に表情を変えていた。かつての教え子との再会にはさすがのルズイークも表情を崩さざるを得なかった。
「元気にしていて何よりだ。ハーネイトにはちゃんと会えたんだな?」
「はい!おかげさまで今は見習いとしてハーネイト師匠に弟子入りしています」
「よかったなリシェル。夢が叶ってな」
「いや、これからですよルズイークさん。師匠のような解決屋、そして魔獣ハンターになるためもっと精進せねばと」
「いい心がけだな。その気持ちがあるならハーネイトもしっかり指導してくれるはずだ」
仲良く話す2人の姿を見て、アルが静かに声をかけた。
「リシェルか、久しいな。あれから大きくなったのう」
「お、お爺さん!何で?」
「いろいろあってな。そうだ、吉報があってな、レミングスとレイナはエージェント・カイザルにより救出された。現在移動中とのことだ。しかしお前が家出したと聞いた時は驚いたわい」
アルは自身の孫たちが、弟子であるカイザルにより救出された旨を伝えた。
「兄貴と姉貴が?はあ、本当に良かった。それと、すみませんでしたアル爺さん」
「それならレミングスとレイナに謝るのだな。二人は、いつもお前のことを心配し、身を案じていたと」
「分かり、ました、爺さん」
「リシェルさん良かったですね」
「ああ。これで心置きなく戦えるな。しかし別動隊がいたとは」
リシェルはDGに捕まっていた兄と姉の無事を聞き心から喜んでいた。そして昔のことをまた思い出し、後悔の念に駆られていた。
「エレクトリールか、あれからどうだ?」
「はい、おかげさまで。順調に仲間を集めています」
ルズイークはエレクトリールに話しかけ何があったのか、詳細を一通り聞いた。それを聞いて彼は安心していたが、同時に不安も感じていた。
「確かにそれも大切だ、よくやってはくれている。しかし王様はハーネイトのあの伝説をもう一度見たいとも考えておられる。と言っても彼のコンディションは最低の状態だからな……」
「伝説、ですか?」
「ああそうか、そうだったな、エレクトリールは詳細を知らないだろうが彼の起こした伝説の1つを教えなければならない。幾つもあいつには二つ名があるが、無血のハーネイトという呼び名の由来についてだ」
ルズイークはそうして、畳に座ると昔起きたことを思い出しながらエレクトリールに話をする。無血とは、誰も血を流させずに戦争を終わらせたという意味であることを説明したうえで、本題に彼は入る。
ハーネイトがリンドブルグに事務所を構える5年前に、機士国はとある国の侵略を受けようとしていた。西大陸の資源と覇権をめぐる戦い、ガムランの丘と呼ばれる広大な丘陵地を巡り今は無き軍事国家グランダー国が機士国に、2千万人ともいわれる強大な兵力を持ってして首都に迫ろうとしていた。
しかしその戦いはわずか数時間で終わり、二度とそのグランダー国が攻め入ることはなかった。それはその攻め入ったグランダー国が、国内の内乱により国自体が滅亡したからであった。
その原因、いや機士国に勝利をもたらした人物こそが解決屋ハーネイトであった。その当時機士国の先にあるコマト遺跡の存在を知り、足を進めていた彼は偶然その戦場に居合わせた。押し寄せる軍勢に驚く彼は応戦したものの倒しても途切れないその戦力に圧倒されかけていた。その時にギリアムやカイザルと言う男たちに助けられ機士国側にひとまず身を寄せることにした。
ハーネイトはこの時にアレクサンドレアル6世と出会い、自身の能力を活かした一発逆転の方策を提案した。王も最初は疑ってはいたものの、彼の噂を聞いていた王はハーネイトを全力で支援する命令を軍に出す。そして目下に迫るグランダー国の兵士たちおよそ2千万人に、忌まわしき魔眼の力を行使したのであった。
見たものすべてに、戦闘する気力を失わせ、自動的に本国に帰るように歩かせる呪いの力。ガムランの丘を埋め尽くしていた軍勢はすべて、数時間後には形も影もなくなっていた。こうして双方血を流させずに兵を引かせ、結果的に戦争を終結させた彼の功績をアレクサンドレアル6世は高く評価し、のちに後まで語り継がれる解決屋の伝説の一つとなったのであった。
「その伝説はよく知ってますぜ先輩。元々ハーネイトさんの名前自体が、戦いの神の意味を持つけど、まさに戦神だなって思いましたよ」
「は、はあ?確かに遠距離を問答無用で切り裂くあの力はすごいですが、もっとすごいことを、彼は行っていたのですね。と言うか、絶対ハーネイトさん人間の域超えてます。神様の使い?それとも本物?」
「かもな。そして国王もすっかり彼のファンとなり、ある条件と引き換えに2年間、ハーネイトを手元に置いておいたのだ。だからこそ、今回の出来事も早く終わるものかと思ったのだが。はあ」
「ハーネイトさんはああ見えて慎重派ですよ。敵の情報がある程度出揃ってから一気に攻める予定なのでは?」
「そうなると、彼は人質について懸念していたのだろう。それについては別動隊が既に手を打っている。それを早く伝えなければな。そろそろ国王もしびれを切らしそうだ」
エレクトリールは改めて、彼の影響力の高さと恐ろしさ、そしてどれだけ周りから期待されているかを理解した。
「ガムランの丘、か。誰もが知る血が流れなかった戦争。エレクトリールの言う通り、もはや人間の域を超えている。マスターは」
「そんなところにしびれるし、尊敬するわ。ハーネイト様から直接話を聞けた私は幸せ、フフフ。だけど、今のままじゃハーネイト様、いつ倒れても……」
忍たちはそれぞれハーネイトに対し思っていることをいう。風魔は忍の里で彼にしてもらった話を思い出しうっとりしている。そして心配もしていた。
「私たちのことは蚊帳の外か?」
「あのなあ、向こうで睨み合っている2人を早く止めてほしいのだが。こちらの胃がなぜか痛くなるのだがなあ」
アレクサンドレアル6世との話の後、全員の話に加われなかった夜之一は、部屋の向こうで睨み合っていたダグニスとミレイシアについて言及し見苦しいから早く止めろと命じる。
「このこそ泥ネズミが。一体何の権利があってこんなところにいるのですか?」
「うるせえなあ!そういうあんたこそ何の権利があってハーネイトの兄貴にあんなひどいことしているんだよ」
「あれはすべて将来、彼が王様になるために必要な勉強です。王の器としてよりふさわしい姿になるための教育ですよ。彼の恩師が最期に言った、優しくて強き王になるためには、彼に様々な教育と体験が必要なのです」
「そんな……恩師って。そうか、兄貴はハーベルおばさんのこと……まだ思い続けているんだ」
「え?まさか彼の恩師のことを?」
「遠い、親戚なんだよ。それを聞いたとき兄貴は目を丸くしてたけどな。兄貴が、おばさんに恋してたのは知っていた。だけど、おばさんの最期の言葉……」
ミレイシアは、ハーネイトが巻き込まれた事件のことを彼自身から聞いていたが、目の前にいる少女がその事件で亡くなった、彼の恩師と関係があることを初めて知りかなり驚いていた。
そんな時ミカエルとルシエルが支度を整えて夜之一に会いに来たのであった。
「もう、ハーネイトに会えると思ってここまでまた来たのに。って、いつの間にか人が増えてるわね」
「話は姉から聞きました。私たちも作戦に参加させてください。私の父を殺めた魔法使いの息の根、止めてあげるわ、フフフ」
2人の魔女がそれぞれその場にいる全員にそう伝える。ミカエルについてはリシェルたちは知っていたため驚かなかったが、やや暗いオーラを出しているルシエルの方を全員は見て警戒していた。
「ミカエルさん、来てくれたのですね!あれ、ハーネイトさんは?」
「そうよ、魔女は約束は絶対守るもの。任せなさい!ハーネイトは龍に会いに行ってるけど、もうすぐ戻るはず」
「変わった人ばかり集まっている。これもハーネイト様の力?」
ルシエルの素直な言葉に全員が困った顔をする。あながち否定できないのが何とも言えず、夜之一が高らかに笑う。
「ハッハハハハハ!確かにそうであろうな。本当にハーネイトと言う人物も困ったものだ」
「どうしてこうもアクの強い連中が集まるのだろうか、誠に不思議だ」
「まさにその通りですな。これだけの曲者揃いを不思議とまとめ上げてしまう」
「確かに、やれやれ。否定はできない。本当に面白い男だと私も感じます」
2人の率直な感想に、2人の王や八紋堀、ルズイークを始めその場にいた人たちは確かにそうだと理解した。そして段々と部屋中に満ちる険悪なムードも和らいでいった。
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