第59話 霧の龍ウルグサスとDG執行官・リリエット


ルタイボス山の麓が見え、其の頂にいる龍に会いに行くためハーネイトら3人は、険しい山肌に沿ってすいすいと飛行しながら頂上に向かうのであった。


「素直に山に登るよりかはましだが、いつかゆっくりと山登りをしてみたい」


「はは、それもいいな」


「山登りしたいわね。頂上で弁当を食べて景色とか、見てみたいわね。ここは少し殺風景すぎるけど」


 通常ならばルタイボス山まで頂上に辿りつくには一日半かかるが、その十分の一の速さで上りつつ、互いにこうして山を登ることにおかしさを感じ話をしていた。


「しかし龍ねえ……昔一緒に旅をしていた頃も、ワイバーンはたまに見かけても龍って見なかったよね」


「そうだなリリー。だから、正直緊張する」


「お前の中に宿っているその龍の力って奴、何か分かるといいな」


「それなら、伯爵も同じのが入ってる感じがするけど」


「お、マジで?それなら俺もっと強くなれるのか?」


「よくそう前向きに考えられるね」


「ハーネイトも少しは見習ってみる?」


 伯爵の前向きな姿勢をハーネイトも参考にして欲しいと願うリリーであった。リリーも伯爵と出会う前はかなり後ろ向きな性格であったが、彼とともに旅をしている中で心境の変化が起きたという。


「ああ、みんな。そろそろ頂上だ」


 そうこうしているうちに、いつの間にか頂上に辿りついた3人は開けた、霧の立ち込める山頂に足を下ろして辺りを確認する。


「山にしては、頂上が異常に広い。こんな山は初めてだ。まるで何かの巣のようだ」


「ここに家建ててみたいぜ」


「あの龍さんがここにいるのでしょう?だからそうじゃないの?すごく広いわここ」


 あまりの頂上の広さにハーネイトも伯爵も見た感想をそのまま述べ、リリーも何かがおかしいと既に気づいていた。


「ん、ユミロ。出たいのか。わかった」


 ハーネイトは胸に刺していた召喚ペンを手に取り振りかざし、ユミロを目の前に召喚した。大きく背伸びをし、天を見上げてから彼は軽く体を動かした。


「少しでも、人手いた方が、いいだろ?いい加減ずっと外にいたくは、在る。魔本、龍の気、怖い」


「はは、ありがとうね。そうだね……体のサイズが大きすぎて、建物の天井にぶつかるのがあれだからな……魔法か何かで調整できれば」


「……よかったら、頼むマスター。……その分、仕事、する」


「うん、あとで魔法に耐えられるからだかテストしてもいい?」


「う、うむ」


 ハーネイトとユミロは互いに素を出し楽しそうに話をする。一方で、何も知らされていなかった伯爵とリリーは突然の大男の出現にビビっていた。


「あわわわ!誰よその大男!」


「でかい、説明不要!ではなくて、ハーネイト。そいつはだれだ。まさか俺の代わりの相棒か?」


 慌てる二人にハーネイトは優しく声をかけた。この巨人は、とても頼れる味方であることを告げる。伯爵とリリーは、まだこの巨人の姿を見たこともなく、またハーネイトがそのことについて話をまだしていなかったためこのような事態が起きた。


「この大男はユミロっていうんだ。元DGなんだけど、DGに故郷を滅ぼされて強制労働させられていたのだと」


「そうである。叛逆の機会を、ハーネイトは作ってくれると約束した。だからついてきた。それに死んだ、母を思い出す、マスターのことは」


「本当に、似ているのかな……。まあそんな感じで、仲良くしてほしい。彼のおかげで、敵の規模や戦略がある程度分かったんだ」


 ハーネイトはユミロの言葉に少々困惑しつつも、可愛い素の声で二人に対しお願いをした。彼はオンとオフで声が結構違うようで、仕事中は落ち着いた、やさしく少し低い声で応対し、仕事から離れたプライベートな時間では声が高い、少しテンションが高い様子を見せるという。


「うっ、がっ!ハーネイト、その声はやめろ。俺に響く。ユミロの言いたいことは分かる。確かに、ハーネイトは見た目こそ男だが内面は偉大なる地母神みたいなものだ。前々からよく間違われるというか、俺も間違えたほどだ、マジでな」


「確かに、今の素の声は私も死んだ両親のことを思い出させたわ。ユミロ、貴方も大変だったのね」


 改めて、伯爵とリリーは以前から思っていたことを口に出した。そしてリリーはユミロの境遇を聞いて悲しんでいた。


「またみんなしてそういう。はあ、なんでだろう」


「もし、ハーネイトが正真正銘の女ならば、俺は確実に嫁、いや妾にしていただろう」


「伯爵、いつもそんな目で見ていたのかい?困った生命体だな」


「だからその素の声がまるで洗脳か何かみたいに感じるんだよ。まあ、別に悪くは、ないんだけどさ」


 伯爵はそう言いつつ、完全にハーネイトの雰囲気に飲まれてデレていた。なぜそのような力があるのか、それこそ、ハーネイトが存在を否定している神様によるものであるのだが、当の本人は全く気付いていなかった。


「ふう、とにかくユミロか。よろしくな。俺はサルモネラ・エンテリカ・ヴァルドラウンだ。まあ伯爵とでも呼んでくれ。なんで伯爵かは聞くなよ?」


「私はエレナ・エリザベス・リリー。通称ティンキー・リリーだけどリリーって呼んで?」


 二人はユミロに明るく自己紹介をする。見た目こそ威圧感バリバリで畏敬せずにいられないほどであるが、声や雰囲気はとても前任のような、やさしい男であることを2人は理解し、改めて自己紹介をしたのであった。


「よろしく、たのむ」


 ユミロがそう言ったそのとき、霧の奥から呻くような、低く震える声が聞こえてきた。そして、山が激しく動くほどの振動を伝わせながら巨大な龍が霧の中からゆっくりと現れた。


「ぬ、う…貴様らは…誰だ」


「……貴方が霧の龍ですか?」


「いかにも、そう、だが……名を、名乗れ」


「私はハーネイト。ハーネイト・ルシルクルフ・レーヴァテインだ!」


「お前が、セフィラから、聞いた名前の男だ、な?何をしに来た」


 霧の龍、ウルグサス・ミストラス。長年このアクシミデロに住んでいる全長100mは優に超える巨体を持つ魔龍である。しかしその目は弱弱しく、苦しそうに時々呻いていた。彼らに話しかける声もとぎれとぎれであり、相当衰弱しているのが見て取れる。


「セフィラから、貴方の病を治してほしいと依頼されてきました」


「帰れ…。私は、もう先は長くない」


「そんなこといわないでくださいな?霧の龍さん、ダメもとで私に任せてはもらえませんか?確実に治す方法があります」


 明るい営業モードで接しつつ、確実に治すという意思表示をする。龍も彼の言葉に強い意志を感じ、半ば諦めていた龍は彼に話しかけた。


「わた、し、は…。DGというやつらの罠にはまり、南大陸の方にのさばった奴等を追い出したものの、やつらにこれ、を、打たれてな」


 霧の龍は、首を下げて、顎にある謎の装置と、その周囲にある病変を見せた。


「これが、悪さをしているのか。動かないでくださいよ?」


 ウルグサスはハーネイトの言葉に従い体の動きを止める。


「イメージするは、時、物、形。全てを改変する事象。目標確認、位置把握、範囲指定完了。発動!「領域改変現象(コピーリザレクション)」


ハーネイトが力を纏い目を変化させ、魔眼を使う。霧の龍の首から腹にかけて、幾つもの出来物があり、これが龍の体力を奪っていると分析する。


 これに対し、龍の体の無事な部分を切り取るようにイメージ、腫れたところにそれを上書きしてペタペタと張り付ける。張り付ける度に、龍の体は綺麗になっていき徐々に険しかった龍の表情も和らいでいく。


「はあ、はあ、これでどうだ。あとは機械を取り除いて、回復魔法だな。ユミロ、肩をかして。少し距離があるからカタパルトに!」


「うおおお!任せろ!」


「ちょ、え、うわあああああ!いきなりつかんで投げ飛ばさないで!! くっ、でもちょうどいい場所に。やるなユミロっ!」


 彼は龍の顎にとりついていた機械を再度目視で確認するもユミロに投げ飛ばされ、空中で足と背中にイジェネートでブースターを形成し飛翔する。そして龍を傷つけないようにその機械を刀で素早くバラバラに壊しすっと地面に着地すると水が流れるように魔法詠唱を始め、癒しの魔法風を龍の体にまんべんなくかけていくのであった。


「万象満たす 慈悲の世界風 癒しの風道界を渡りて 全ての傷病を祓いたまえ!大魔法が91の号、万里癒風! はあ、これでもう大丈夫。どうですか?」


「何という力だ、これが、その力か。私はもう大丈夫だ。ありがとう。幾多の苦難と、龍の力を背負いし者よ」


 目に見えるように龍の体力は回復し、その青い眼にも光が戻る。その時、霧の先から人影と、桃色の光と衝撃波が着地したハーネイトに向かって襲ってきたのであった。


「なっ、敵襲だと!」


「ハーネイト、あそこに人影が!」


「ああ、はっきりとわかるさ。だがなぜこんなところに?」


 濃霧の中から現れたのは、一人の少女らしき人物であった。髪は先ほどの衝撃波と同じような薄い桃銀色で短くまとめ、黒のスカートに黒と白地の服、銀色の半袖の上着を着て、右手に大剣を持っていた。


「私の一撃、かわされるなんて」


「おい貴様、相棒に何しようとした?」


「いえ、どのくらいの実力があるのか確かめてみたくて」


 少女はニコッと笑いながら剣を構えていた。その顔に、ハーネイトはどこか見覚えがあった。


「一体こんなところまできて、ってその左肩の紋章。DGか!」


「知っているのですね。それでしたら早く話が進みそうです」


「どういうことだ、応答次第ではどうなるか覚悟してもらうけど。ユミロ、シャックス!」


 ハーネイトはすかさず右胸ポケットに刺していた召喚ペンを振りかざしシャックスを呼び出した。そして両隣に来てもらうように既に呼び出したユミロにも命令を出す。


「ああ、シャバの空気と言いますか、うーん、改めていいものだと感じます。しかし殺風景ですねえ」


「おい、あの人は。リリエット様では?」


「えっ、なんでシャックス様が?それにメルウクの巨人も!」


大剣を構えながら、二人の姿を見た彼女は動揺していた。行方不明になっていたユミロとシャックスが何故この場にいるのか、相当警戒しているようであった。


「あ、いえ、あの。別に私たちは」


「そう、寝返ったのね。ユミロは仕方ないにしても、シャックス。あなたはなぜ?」


「フ、フフフ。私はあのひげもじゃの男と一緒にいたくなかったのでマブダチ、と言いますか美的感覚に優れ、なおかつ面倒見のよさそうなあのお方の方に就くことにしたのです。本当ですよ?」


「呆れましたね。まあそれはいいです。私の目標はその緑髪の男ですから」


 シャックスは彼女を見て戸惑っていた。そうしてリリエットと言う少女はハーネイトの方に視線を向け、少しにらむように見つめていた。


「相棒、またあんた指名だぜ?」


「伯爵は言い方に気をつけようね?ハーネイトは色恋系の話は駄目駄目なんだから


「もう、二人は……それにしても、君は……」


「さて、話を戻しますが。あなたがハーネイトですね?」


「それがどうした?敵にそうそうたやすく名前を名乗るとは限らないけど。しかし、誰かに似ている……あっ!」


 少女はハーネイトに名前を聞き、素直に答えないことに少し呆れていたが、実は知り合いでもあったのでそれを少し隠しながら話を進める。


「そうですか、それは残念です。でしたら、ここで倒れなさい。私もあなたに依頼を持ってきたのです。もしあなたがハーネイトでなければ、用はありません」


 リリエットは静かに、落ち着いた風に話すといきなり剣を下から上に振るい、その時に生じる衝撃波をハーネイトに向けて何発も飛ばしたのだ。それを彼は素早く間を縫うようにかわしながら間合いを詰め、一瞬の隙をついて藍染叢雲で素早く攻撃した。


「はや、いっ!なんて速度なのっ」


「そういう君こそ今のをよく防いだな」


「私はリリエット。モモノ・ファルフィーレン・リリエットよ!」


「や、やはり……っ!しかし名乗るとは余裕あるじゃないか。確かに私こそハーネイトだ。ハーネイト・ルシルクルフ・レーヴァテインっだ!」


 彼らは数回剣を打ち合い、刃を合わせては離れ、間合いを詰めて斬り合う。そしてハーネイトが自身の名前を叫びながら、強烈な叩き斬りによりリリエットを少し吹き飛ばした。だが本調子でないハーネイトは、本来格下であるはずの相手に猛攻を仕掛けられずにいた。


「確かに、本物だわ。私の剣を唯一受け止め、負かした男は彼だけ。……しかし元気なさそうな顔だけど……」


 リリエットは吹き飛ばされながら、剣の感触と勢い、そして彼の瞳を見て昔のことを思い出していた。ああ、これが彼の剣だと。そして彼女は彼に対し、かつて後ろめたいことをしたことも思い出し、どうにもできない感情が心を満たしていた


「ぐっ……!足場が悪いのは困るわ。……にしても疲れている顔にしては、力の余裕がありそうですね」


「はあ、はあ。流石に、これ以上はっ!」


「これでも食らいなさい!桃色之刃衝(ロザード・エスパーディア)! 」


 足で地面を踏ん張り吹き飛ばされるのを抑えてからリリエットが地面に剣を突き刺し、そこから勢いよく前方に体をひねりながら切り上げた。すると先ほどの桃色の衝撃波が今度は大きな一撃となってハーネイトに押し寄せてきた。彼なら、これも受け止め切るだろう。そう彼女は考えていた。


「あれはまずいです。フルンディンガー!」


「先ほどのよりもでかいな、いいだろう。こちらも迎え撃つ。纏う世界、覆う世界。巡りて別れて理を見つけ、万物綴じ綴る一つの枠。大魔法が20号・全天世界(ぜんてんせかい)」


 ハーネイトが眼前に迫る衝撃波を防ぐため20番の大魔法「全天世界」を発動しドーム状に攻撃を受け止める膜を展開する。それに合わせシャックスが霊矢を放ち衝撃波に当てることでその勢いを弱めた。


 だがその一撃のすべてをハーネイトは防ぐことができず、衝撃波の一部を食らってしまった。しかし魔法のもう一つの効果、バリアまたは自身が受けたダメージを相手に与える効果が発動し、リリエットにもダメージを与えた。


「がっ、なに、よ。うっ……魔法までっ!やはり、貴方ハーネイトね。一殺道場の!」


 そうしてリリエットは地面に倒れこんだ。ハーネイトは刀を納刀しながら彼女に近づく。


「……やはりか。……なぜDGにいるんだ。道場から去った後何をしていたかと思えば。おとなしく来てくれるならユミロとシャックスのように面倒見るけど?」


「仕方、ないですね。まさかこれほどとは思い、ませんでした。あなたに伝えたいこともありますし、最初からそうなる覚悟はできていました。それに、貴方には償いきれないこともした」


「一体どういうことなんだ。改めて二人も含め話を聞かないといけない。ぐっ、やはり無茶したかな」


 そう考えながらハーネイトはユミロとシャックスにリリエットを連れて行くように命じた。そうすると彼は膝を地面につきかけたが、気合を入れて踏みとどまった。


「さて、と。ウルグサスさん、お騒がせしてすみませんでした」


「まあよい。しかし今の状態では無限炉の力を使いこなせていないように見える」


 この時ハーネイトは龍の放った一言についてすぐさま質問をした。


「無限炉、とは?」


「まあ焦るでない。礼に、真の姿をお見せしよう」


 龍は光に包まれ、その光がハーネイトたちの視界を奪った。そしてしばらくたつと、龍の姿はどこにもなく一人の青年の姿に形を変えていた。

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