第50話 心の中に響く不気味な魔声
「ワレラノコエヲ、キケ。キクノダ。トラワレシタマシイノサケビヲ」
ハーネイトの頭のなかに誰かが話しかけてきた。不気味で、重量感のある、寒気がする声。夜に時々聞こえるあの声である。そしてハーネイトは思わず声に答えた。
「た、誰だ!俺に話しかけるのは!」
「は、ハーネイト。大丈夫か?」
「彼の体に、何かがとりついているわ。何か声も聞こえる」
「な、何だと?」
リリーは目に魔力を注ぎ込み彼の体を凝視した。すると黒い影のようなものが背中から現れ取り付いているのが見えた。声の発生源もそこからであり、伯爵はハーネイトの異変にただ驚くことしかできなかった。
「ワタシラヲ、ウケイレロ、チカラノスベテ、ソノミニ。オソレルナ」
「力を受け入れろだと?貴様は誰だ」
「ワタシハ、マホンニフウジラレタ、アクマノヒトリダ」
「悪魔だと?それに魔本。まさか昔集めたあれと関係があるのか?」
魔本という言葉について彼は反応する。以前旅をしていた時に収集していた呪われた分厚い魔導書のことである。
それは7冊存在し、各地でそれを所持していた人が事件を引き起こしたり、本のある一定の範囲内にある領域に呪いを引き起こしていた。それを解決するために危険な本の収集に乗り出したであった。しかしなぜ今になって、魔本の話が出るのか彼には理解できなかった。
「ソウ、ダ。マホンニフウジラレタチカラヲ、キサマハシリ、ツカエナケレバナラナイ」
「魔本の力だと?何を持っても本が開かなかったのにどうしろと?」
「ソレハ、ワタシラヤソノタノ、ホンモフクメ、カラダヲワタシラニアズケレバヨイ」
「体を預けろだと?いきなりそういわれても、はいそうですかとは言えない」
魔本の力を使えという言葉に対し反論するハーネイト。そういうのも、本を手に入れて読もうとしても頁が開かず、自身の体の中に取り込まれてしまい、結局読めずじまいであったからである。
「キサマ、ジシンノシュッセイ、チカラニギモンヲモッテイルダロウ?ソノチカラ二クルシメラレテイル」
「な、なぜそれを」
「私ラト貴様ハ、一心同体ダ。チカラヲ受ケイレルコトデ、遥カ昔ニ、封印サレタワタシラノ、記憶ヤ復讐ノ思イヲ知ルコトガデキル。ソレに旧世界の支配者ノ力、全テお前ハモッテイル」
謎の声がはっきりと聞こえるようになってきた。伯爵とリリーもその声を確かに聴いていた。
「俺と魔本が一心同体、だと?悪魔たちと心を通わせれば、謎に迫ることができるのか?それと、旧世界の支配者?」
「ソウダ、チカラヲ使ウ時期ハ、貴様ニ委ネル。キサマハ、神柱ト龍ヲ兵器トシテ作ラレタ存在。シカシ、自由アルモノ。女神ノ権能ヲ持ツ物ヨ。我ラノ力、世界ヲ支配シタ龍ノ力、全テを我が物とせよ」
その言葉を最後に、声はしなくなり静粛が辺りに戻った。
「はあ、はあ。魔本に悪魔、旧世界の支配者である龍、それに作られた存在だと?……白い服の男と悪魔が言っていた女神にか?ふざけた話だ!私は、ここで生まれ育った!作られてなど、いない!何なのだ、なぜこのような目に合わなければならない!」
ハーネイトは頭を抱え、泣きながら叫んでいた。まさかここまで恐ろしい、自身とは別のなにかが住み着いていることに身を震わせていた。何よりも、作られた存在という言葉に彼は過剰に反応していた。
「これは、また新たな悩みの種ね」
「ふざけるな、ふざけるな!作られたってなら、誰が作ったんだよ。俺は、人間じゃない何かってのか?創金術の能力はこの星の人である証のはず。それにそれは私も誇りに思っている。問題は、それ以外だ。あの力も、今の声も何なのだ」
錯乱したように叫ぶハーネイト。それに伯爵が声をかける。
「それならよ、その悪魔たちと早く心通わせてみるんだな。ヒントがあるかも知れねえよ」
「しかし、いきなり体を貸せとかいわれて、貸すやつがいるか?」
「そうね、流石に怖いわね」
「……恐れるな、さすれば道は開かれる。退けば答えは得られず、真実は手に掴めず、だ」
ハーネイトやリリーが、異形の存在に力を貸すことに恐れている中、伯爵が突然そのようなことを言った。彼はハーネイトに、四の五の言わず前に進んでみろと間接的に言ってみたのであった。
「力を恐れるな、と?」
「ああ。その悪魔らは、魔本とも、相棒とも一心同体だといってたな? ということは、ハーネイトの意志の強さ次第で、如何様にもなるんじゃねえのか?それに龍の力ってのもお前の物にしてしまえ。その力で、もっと誰かを救ってやってくれよ。誰かのために使うなら、皆嫌うことはないさ」
「確かに、そう言う考え方もある……が」
確かに伯爵の言うことには一理あるかもしれない、そう感じたハーネイト。魔本が体の一部になっているなら、その魔本ごと意思で操ればいいと、旧世界の支配者だとかいう龍の力が入っているなら、ねじ伏せて従わせ自分ものにしろと、伯爵はそう彼を諭した。
「まあ焦ることはないぜ。ハーネイトには何故かな、上に立つ者の風格をどこか感じる。その勢いでねじ伏せて支配してやれ。それよりも待たせると悪いぜ」
「そうだ、急がないと。2人とも、ありがとう。俺も、2人がいなかったらそろそろ心が折れていたと思う」
「お互い様だね。さあ、救出作戦始まりよ!ハーネイト、さくっと片付けちゃって!」
「いいだろう。任せてくれ」
その時、大広間にはリシェルらが集まりハーネイトが遅いことに心配していた。
「はあ、ハーネイトさんいつまで戻ってこないのかな」
「伯爵とリリーちゃんももどってこないな」
エレクトリールとリシェルが、待ちくたびれた様子で待っていた。そして3人が大広間のふすまを開けた。
「みんな、すまなかった。待たせたな」
「大丈夫ですか?」
「まあ、な。さて、ミカエルの家族を助けにいくぞ。ついでに、あの教団がDGと手を組んでいないか偵察も行う。それと影響調査もだ」
ハーネイトの声の張りが元に戻る。未だ消耗しているとは言えども、表情だけは少し明るくなったように見える。
「なあそこの2人よ。よくハーネイトの調子を戻してくれた。感謝いたす」
「いや、まだ問題はある。一時的に相棒を励まして、奮起させているだけだ。もしああなったら、その時は……」
八紋堀が伯爵に声をかけ、礼を言うも伯爵曰く予断を許さない状況であると説明した。そしてハーネイトの体力や気力が限界に至った時は何が何でも治すと心の中で伯爵は覚悟していた。
「ありがとう、ハーネイト。町までの案内は私が行うわ」
「案内は頼む。問題はあの霧だ」
「たしか、害のある魔力の霧ですよね、ハーネイトさん」
エレクトリールが改めてハーネイトに確認し、彼は少し悩んでから役割をそれぞれ割り振ることにした。
「そうだ。そうなると、魔法が使えない人は今回連れていけない。リシェルは魔銃使いと言うのが分かったが、正式な魔法使いの修行をしていない以上あれは危険だ。そこでリシェルとエレクトリールは引き続き城や城下町の防衛に、南雲と風魔は不穏な動きがないか偵察を2人でやって欲しい」
「ええ、私たちならあの中にずっといましたから問題ないですよ」
「いや、それよりも先日の事件の件もある。まだ残党がいるとしたら大変だ。そして二人の機動力なら偵察や監視もお手の物だろう?」
霧の森の影響を鑑みて、魔力値の低い人と忍たちには警備についてもらい、それ以外のメンバーで救出と偵察作戦を行うことに彼は決めた。
「任せてくださいよ。怪しい奴は悪・即・バン!だぜ」
「守りは任せてください、でも、無事に帰ってきてくださいね、寂しいのは、いやですよハーネイトさん」
「初任務は偵察か。了解したマスター。街中なら迷うこともないでござる」
「偵察こそ大切よ。任せてくださいハーネイト様。危険だと判断したら対象は即切り刻みますからね」
「風魔。とりあえず捕獲優先で」
「は、はい」
風魔の不穏な発言に釘を刺すも、一抹の不安を覚えているハーネイトであった。
「そうなれば、ミカエルと私でいかないといけないわけか」
「別に、ついてきてしまっても構わんのだろ?」
「いざというときの連絡係は必要でしょ?」
「それに、伯爵とリリーもか。夜之一領主。戻ってくるまでみんなのこと頼みます」
結局ミカエルの他に伯爵もリリーもついてくることになった。確かに二人なら特に問題はないと考え、連れていくことにした。
「ああ、構わんとも。ついでに奴等の情報も集めてこれると、こっちも願ったりかなったりだ。それと霧の龍から有益な話が聞けるといいがな。あの悪魔の言う、龍の力の秘密、分かるといいなハーネイト」
「はい、了解しました。では言って参ります」
「待っててね、ルシエル、ビルダーお母様」
「では、残りは各自任務を全うしてくれ。散開!」
こうして、ハーネイトは魔法使いミカエルの家族救出作戦とDG偵察任務、リシェルとエレクトリールは警備、南雲と風魔は市内偵察に向かうのであった。
「はあ、いつになったら出番あるっすかね」
「南雲さんと戦って力は示したじゃありませんか。しかしいいですね魔銃使い。リシェルさんにそのような力があったなんて驚きです。それと敵が来れば出番はいくらでもありますね」
「そうだなあ。ここはのんびり見張っておくよ」
一方、南雲と風魔は、国の北側に向かい、町の様子をくまなく見ていた。
「今のところ特に異常はなしよ」
「このまま平穏だといいが」
「しかし、戻ってきたときのハーネイト様。まだ表情が良くなかったわ。思い詰めたように見えたの」
「きっと、大丈夫だ。我らが主なら、マスターならどんな困難でも最後には乗り越えられるお方。そう、信じてるでござるよ」
「そう、よね。天下無敵のハーネイト様が、あのくらいで折れるとかあり得ないよね……。どんな絶望でも、あの人はいつだって切り開いてきたのです」
風魔はハーネイトが何か危ない目に合うのではないかという予感をしていた。そして各自が任務にあたっていた時、日之国の近くまで来ていたシャムロックたちは車内でアルポカネと天月の話を聞いていた。
「というわけで、先ほど出くわしたあの異生体も彼らの実験により生み出されたものである可能性がある」
「組織自体は統制が滅茶苦茶な状態であるが、その敵組織の中でも一部の勢力が機士国と癒着して多様な実験を行っているというのが、今回集めた情報から考えられる今の状態だ。宇宙人の幹部に、機士国の機械兵、開発した魔獣。これが戦力だ。兵隊共はジュラルミンの指示を聞かず役に立っていないからな」
2人が手に入れたデータ。それは敵が行っている研究資料の一部と、敵幹部と機士国のとある高官との会話を録音したレコーダーであった。
「すると他の実験も、もし実戦投入されれば甚大な被害が出かねんということだ」
「ふざけたまねを。それで、組織の全容についてどのくらい掴めたのかしら?」
ミレイシアが片手で紙を持ちつつ天月に質問する。
「このゴールドマンという男が組織全体の司令塔を担っているようだが、各地にどれだけの拠点と兵力があるかはわかっていない。西大陸に多くの戦力を集めているようだがな。それとどうも怪しい人物がまだいるようだ」
「それについても調査をしている。そして機士国についている連中と独自にこの星にある物や技術を利用している連中は結束を深めつつある。問題はそれ以外に妙な動きをしているものがいてな」
「妙な動きですか」
「ああ、彼らの目的は機士国にいるジュラルミンの計画を支援し、同時に各地で研究や資金確保を狙い組織規模を拡大するというものだ。その動きと異なる行動を起こしている連中が少なからずいて、まるで誰かを探しているようでな」
アル曰く、クーデターを起こした者と手を組んで裏から操っている組織、つまりDGには幾つか集団があり、征服組と研究組が互いに連携しているという。問題はそれ以外に何かがいるということである。
「そいつらの動向も気になるが、奴らは戦線をどこまで拡大しているか、それが一番の問題だ」
「西大陸は制圧し、今は北大陸の方で徐々に占領国を増やしている模様だ。北大陸に多くエージェン
トがいてな、そいつから情報を受け取っている。今は城塞都市アンゲルクトの攻略に手間取っているようだが」
天月や国王がそれぞれそう説明した。
「北大陸か。そうか。主殿と合流した後は、そちらに向かわないといけないな」
「あれから全く連絡がないのだけど」
「ウェンドリットいわく機士国王の作戦を順調に遂行中とのことですな」
「どこまで仲間を集めきれるかだな」
天月たちから戦況についての報告を聞きながら、ハーネイトやミロクの報告を聞いて安心したルズイークであった。
「しかし、先ほどの録音の中に天神界という言葉があったが」
「天神界、か。これについては今現在手に入れた情報はないのだ」
アルが資料に目を通しつつまだ情報が不足している旨を伝える。
「そうか、しかし会話の内容からして、DGは機士国だけでない結びつきがあるようだ」
「そいつらが敵になるか、味方になるか。動向が気になる」
天神界について話をする一行。一通り話を終え、シャムロックは運転席に戻る。
「では、日之国までこのまま向かう」
そうして、彼らは夜になる前に日之国に到着した。それと同じころ、ハーネイトたちは国の南門に向け全速力で向かっていた。
「ハーネイト、大丈夫?」
「……あ、うん。問題ない」
「ハーネイト、行けそう?」
「だから、大丈夫だって」
表情が未だ暗い彼を気遣う2人。普段と違う雰囲気にリリーも不安になる。
「あの悪魔、俺の体で何をしたいのだろうか。やはり使ってみるしかないのか」
「考え事か?別にいいが、前は見とけ見とけ」
「やはり、あの出来事が堪えているみたいだわ。こんなに動揺した彼は初めて」
「本当にお願いよハーネイト。あの結界は魔法じゃどうしようもないの」
ミカエルは改めて結界の厄介さについて彼にそう伝える。
「そうみたいだな。だったら、強引にでもな」
「門を抜けたら、私にみんなついてきて!」
「わかった。急ぐぞ」
4人はしばらくして南門に着くと、すぐに霧が濃く立ち込める森の中に入っていった。
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