第49話 魔法探偵の凄惨な過去



「一体、どうなっているんだろうね俺たちは」


「確かに……。どこかで引かれ合う運命ってのがあるのかな」


「そう、なのかもしれないわね。ねえハーネイト。今あなたが抱えている悩みをさ、ここで整理してみない?話すと気分だけでも良くなるかもしれないわ」


 ハーネイトの言葉に、伯爵は運命について考える。そしてリリーの提案に、ゆっくりと低い声で話し始めた。 


 そして一連の話を聞いた2人は、人として彼を見るには幾つか大きなズレがあるのを感じた。自分よりも他人を常に優先しがちなところや純粋さ、人の好さに人と接する時の姿勢、その他も含めリリーは、彼が人が大好きで、大好きだからこそ悪意に触れやすくて傷ついたり、自身と周りのずれを無意識に感じて悩んだりしていたとはっきり理解して、そして今までの言動について腑に落ちた。


 彼は、昔少年時代に体験した事件の影響で、生存者の罪悪感を常に抱くようになった。そうリリーは改めて実感し、同時に彼の辛い体験を思うと泣かずにいられなかったと言う。


 また伯爵は、初めて会った時からハーネイトの体の作りについても人としてはあまりに違う何かと、6つの大きな力、それを制御するために必要な何かが埋め込まれていることを把握していたが、それをどうしても言い出せずにいた。


 それを言えば、関係が壊れてしまうのではないかと言う漠然とした恐怖に伯爵は一歩を踏み出せなかったのだ。 


 「怖いのは大切な仲間が、大切なものが力の暴走で気づかないうちに消えること。ずっとその恐怖に怯えながら、それでも使うときには使ってきた。その力で誰かを助けたことならばきりがない。強力だからこそ、節度を持って、慎重に。でないと化け物扱いされて、人が離れてしまう。ニャルゴを助けた時にね、辛いことがあった」


「そうなのね。ニャルゴってあの黒豹のネコマタさんのことだよね」


「あ、ああ」


 リリーの問いかけに彼は目を閉じたまま、昔のことを思い出しつつ話を続けた。


 ジルバッドの死後、黒い怪しい男に連れられ彼はとある剣士の夫婦に育てられることになった。そこは道場でもあり、多くの門下生が訪れては剣術の修業に励んでいた。彼も周りの人と同じように剣を取り、魔法も勉強しつつ論文を書きながら力を磨いていた。育ての親である一殺大牙と紅月茜は大事に、そして厳しく育てた。そんな中、彼の人生を変えた1つの事件が起きた。


 彼が9歳の頃、山の中を駆けまわり遊んでいると、一匹の黒猫が複数の人に暴行を受けていたのだ。よく見るとしっぽが2つあり、普通の猫と違うということが分かったものの、彼はその光景が許せなかった。そしてその人たちが倒れればいいのにと思いそう念じると、すぐにその人たちは倒れた。


 その光景に驚くも、傷ついていた黒猫を見て今度は怪我が治ってほしいと逆のイメージを念じた。するとすぐにその黒猫の傷は癒え、元気な姿になったのだ。どういう理屈かわからず、その黒猫を連れて道場に戻った。そして誰もその光景を見ていないことを必死に思っていた。


 しかしそれを道場の門下生の一人が見ており、その子は悪気はなかったものの彼の力を見たまま周りに言ってしまったのであった。そしてハーネイトの周りには人が集まらなくなった。


 見られれば殺されるなどという噂が流れ、昨日まで仲良くしてくれていた人も離れていき、彼はそれから孤独であった。そして唯一の相棒が助けた黒猫、正確には魔黒豹の猫の妖怪、ニャルゴ。それと一殺夫婦であった。

 

 夫婦はハーネイトが別の世界から来た何かだと知っており、しかしそれを彼には隠していた。事件があったことも、彼らにとっては予想の範囲内であったという。


 しかし幼い彼にそれを言ったところで意味を理解できないのではないかと考え口には出さなかったのだ。何よりも、事実を知ればきっとここから離れてしまうのではないかと夫婦は不安であった。


 そしてだんだん暗くなっていくハーネイトは、自身がいてはいけない存在なのかと思うようになっていった。死のうとも考えたが肉体を傷つけようにも全く傷がつかず悩み続けた。昔から彼は、そう思いながら生き続けてきたのであった。


 そして彼は自身が持っている力について、何かわかることがないかを調べるため夫婦が持っていた膨大な本や資料を余すことなく読んだ。その中で古代人が不思議な力を持っていたことや、自身を傷つけようとした時に流れた銀色の血の話などを知り、自身の手で謎を解明したいと考え両親に旅に出たいと話をしたのだという。


 2人は悲しそうな顔をしたが、それでもハーネイトに一振りの日本刀を渡して見送ってくれたという。彼が抱える苦しみの1つは、そこからも来ていた。


 これが、彼が解決屋になる前の話であり、その後にも彼は凄惨な事件に巻き込まれる。


 世界を知るため旅に出た少年、ハーネイトは、ある村で1人の女性と出会う。彼女の家に泊めてもらいながら彼は、大切なことを多く学びいつしか彼女に恋心を抱いていた。


 しかしそれを、ある怪物が引き裂いた。それは血徒に感染した野生生物であり、それに襲われた彼女は重傷を負い治療の甲斐なく亡くなったと言う。


 元々その村に医者がいないのも問題だった。もしいれば、もしかすると彼女は助かっていた可能性もあると言う。また、彼の力を使えばもしかするとそれでも治せていたのかもしれないが、彼は既に力を使うことをどこか恐れ、ためらってしまったと言う。そのため、実質見殺しにしたような物でもあり、その時点で彼の心はとてもズタズタな状態であった。


 それからハーネイトと村人は、丁寧に彼女を葬った。その後すぐに少年は村を出ていったと言う。それは、彼女の形見をある場所に運ぶためであった。


 しかし3日もしないうちに村が何者かにより壊滅寸前であるという話を聞いた少年は急いで村に戻って状況を確認する。


 すると死んだはずの彼女が墓から出てきて、村を手あたり次第に破壊していた。そう、彼女は血徒に感染し、眷属として操られていたのであった。


 ハーネイトは心から愛した彼女、ハーベルを止めるため必死に戦う。その時、彼女の口から楽にしてと言われ懇願される。彼は、大好きだった彼女の最期の願いをかなえるために、刀を手にし彼女を再葬したのであった。


「優しくて強い、王様みたいな人になって」


 それが血徒に支配されながらも最後に彼女が言った言葉が、少年はずっと胸に刺さっていたと言う。


 愛する者を助けられず、しかも彼女の最期の願いとはいえ、刃を突き立てた彼は、愛という感情を感じないように生きていくようになったのである。


 あんな辛いは、もう2度としたくないから。手に入れようとしても、泡のように消えていくから。少年は旅を続けるため、周囲の村を守るため村を魔法で焼き払い、滅んだ村を後にしたのであった。


 彼女の最後の言葉を胸に、そうなれるように生きていこうと。それが唯一生き残った者の責務であり、罪滅ぼしだと信じて。


 この話を伯爵とリリーは前に効いており、いかにつらい事件を体験したか理解していたものの、改めて聞くと胸にこみあげる物があると2人は感じる。


「本当に、お前はずっと力に悩んで、人がしなくていい苦労して、傷ついたまま戦ってきてさ。それでも人の心を保っている。……もう、お前の苦しむ顔なんて見たくねえしさせたくねえ」


 伯爵は最初から抱いていた、彼のどこか後ろ向きな心を弱いと感じていたが、それが間違いであり誰よりもまっすぐに、人であろうとして努力していた意志の強さを理解した。


「あの事件の前にも、辛い思いしてたんだね……。そのせいで、恩師さんを助けられなかったとか、それは初耳だったけど、責めることはないわ


「それ以上、今は言わないでくれ。……頼む」


「そうね、ごめんなさい」


 リリーが気になったことを聞こうとするも、ハーネイトの言葉で口が止まった。


「なあ、このことは誰かほかに話したのか?」


 伯爵がハーネイトの目を見ながら話す。


「こんな話、しようとするだけで涙が止まらないよ。その後もひどい目に遭ってばかりでさ、死のうとしても死ねないしどうすれば楽になれるのか探してた。でも生き残ったからには、誰かのために生きないといけない、そう思うと、さ」


 ハーネイトは現状2人にしか昔あったことのすべてを話していないと言った。


「そうか。まだ秘密にしていてほしいか?」


「ああ。そうしていてくれると助かる。と言ってもリシェルとエレクトリールはその力の一片を見ているんだけど。それでも怖いとは一言も言わなかった。何故だろう」


 ハーネイトは、あの時の門下生たちとは違い、リシェルとエレクトリールの反応を思い出し不思議に思いつつもどこかで嬉しいと感じていた。


「2人ともさ、俺のこと怖くないの?こうして話をしてさ」


 リリーは2つの要点についてまとめ、そして彼は2人に対して怖くないのかを尋ねてみた。


「別に。俺も同じようなもんだ。なんたってこの世の微生物すべてを眷属にして従える王様だぜ?それと正直相棒の側にいても迷惑にならねえか考えるときがある。ハーネイトのことを悪く言うやつは俺が許さん。人間など昔は興味なかったが、リリーと相棒は別だぜ」


「そうよ。私も伯爵も、異形の存在でありながらハーネイトが助けてくれた。私ね、人間のことがあまり好きじゃなかったの。嫌な思い出は忘れられないわ。みんな欲に眩んで、私からすべてを奪っていった。だから人間は醜くて、関わりたくないとあの時までは思っていたわ」


「そうだったな、リリーも人間のこと、どこか嫌ってる節はあるしな」


「でも、伯爵とハーネイトに出会って、全員がそうじゃないって思い知らされたの。周囲の人からしたらあなたの存在をよく思わない人もいると思うけど、私にはあなたの存在やその雰囲気が、とてもよかった。それがよかったのよ。優しくて誠実で、誰かのために親身になって動ける、そんなあなたが心地よかった。生まれてきて、生き続けて、いいのよ」


 更に、2人は今まで感じていたことを気持ちに嘘をつかずそのまま口に出す。お互いが彼に対し、なかなか言えなかったこと。引き合わせるきっかけを作ってくれたことに対する感謝の念と、時にやや頼りなく後ろ向きな一面もある一方、誰よりも優しく謙虚である彼の在り方を評価する言葉。2人とも、それに助けられ今があると言う。


 伯爵は昔あった事件のせいで死んだはずのリリーは生きていると信じて多くの世界を駆け巡り、リリーも別の世界に転生して人間や魔獣に襲われそうになったところを彼に助けられた。そして運命の再会を果たしたのだ。

 

 2人とも大げさに言っているが、彼がいなければ2度と会えなかった。だからこそ改めて、この悲しい過去を背負って生き続けてきたハーネイトに恩を返すためにできるだけ力を貸してあげたかった。それが二人の心情である。


「実はさ、正直銀色の血の時点でおかしいとは思っていたんだけどね。その事実を受け入れるのができなくて……他にも、中にある力が一体何なのか、怖くて眼を背けてきたんだ。それでも使わないと、みんな死んでしまう。怖いのに、戦いたくないのに、何で私だけ……っ」


「それは、そうね。事実をすべて受け入れられるほど人は強くない。でも私は、ハーネイトが人間の心を持っていて本当に良かったと思うわ。もし危ない人だったらどうしようかって」


「お前が戦うのをどこか嫌ってるのは見てわかるし、なまじ力があるから戦わないといけない。本当に、何と言えばいいか。だからさ、もっと俺らの力も使ってくれよ」


「……あまり悩んでいても仕方がないな。一先ず周りとは違いすぎることは分かった。後はそうした犯人と、何が原因でそのような現象を起こしているのかをはっきりさせるだけだ。こんなところで止まってはいけない」


 ハーネイトはひとまず落ち着き、少し気分が前向きになり、ようやく彼の目に光が戻る。


「やっと元気出てきたな。たとえハーネイトが何だろうとな、お前はお前だ。自身で切り開いた道を信じろ。人生は一度きりだ、後悔しないように、楽しくいこうぜ」


「永遠の命を手に入れたも同然な微生界人に言われても、説得力に欠けるがな」


「フッ、一本とられたな。それと、隠れてないで来たらどうだ?」


 伯爵は、襖の方を見ると目で何かを合図した。


「ハーネイトの兄貴、ずっと悩んでたの気づけなくて、ごめんなさい。ぐすっ…。ニャルゴとの出会いも、そういうことがあったなんて……。それと、恩師さんの話も、知ってるんだ。ロイ首領から聞いたし」


 現れたのは、別室で情報収集を終えて、そのついでにハーネイトの顔を見に来たダグニスだった。一部始終をすべて聞いていた彼女は、今までのことに気づけなかった自分を責めていた。


「はあ、一番聞かれたくない人に聞かれたな。謝ることはないよアリス。誰にも言えなかったことだし、アリスに嫌われたら、嫌だったから言えなかった」


「私は、もっとハーネイト様に本音とかぶつけてきてほしかったなあ。結構長い付き合いだし、結構貴方のこと理解しているつもりだったのに、深刻な悩みに気づけなかった自分が嫌になるよ」


 ダグニスとの出会いも数年前にさかのぼる。ある地域で今から4年ほど前、普段は降ることのない猛烈な大雨により、大規模な土砂崩れが起きた。


 ダグニスはそれに巻き込まれ大きな岩に体を潰されたのだ。そして薄れゆく意識の中、彼女はその時一人の青年の姿を見た。その瞬間体を押しつぶしていた岩が砕け、その青年に魔法で治療を施してもらったことを今でも決して彼女は忘れなかった。

 

 その青年こそがハーネイトであり、最初の出会いでもあった。その土砂崩れで親族を失い、彼についていくようになったのが長い付き合いとなる最初のきっかけであったのだ。魔法や呪術を教えてもらい、時に彼の手伝いをしながら旅に同行し、リンドブルグに遠い親戚がいることが分かると一旦彼の元から離れたのだった。その親戚の元で暮らしつつも、彼のことが忘れられず支援するために様々な取り組みを行ってきた。

 

 そう、確かに長い付き合いだと。だからこそハーネイトは力について驚かないのか、怖くないのかと質問した。


「アリス…。なあ、アリスは、俺の力には驚かないのか?」


「ううん、私は、驚かないし、ハーネイトの兄貴流石やねとしか言えないよ」


 その言葉に、彼は安堵と疑問の念を抱く。


「怖くないのか?人間離れしたこの俺を?」


「怖くないよ。あのとき、その力で助けてくれたことは忘れられないよ、兄貴」


「あのときのこと、覚えているのか?」


「そう。大雨で崖が崩れて、それに巻き込まれたときのことよ。いきなり私の体を押し潰した岩を切り裂いて、瀕死の私を、不思議な力で完治してくれたこと」


 ダグニスは初めてであった時のことを思い出させるように話す。


「あのときも無我夢中で……」


「でも、兄貴が助けてくれたから、私は今ここにいる。そのすごい力で、みんなをこれからも助けて欲しいなって。兄貴はすごい力を、自分のために使うよりも、誰かを助けるためにずっと使ってきたのを知ってるよ。だから、皆兄貴のことを好きなんだ」


 彼女がそういうのは、今いるこの世界が過酷で、毎日侵略者などの脅威に多くの人が晒されていること。そしてそれを助けてくれるハーネイトについて、正体が何なんだろうといてくれてありがたいし、皆が生きる支えになっていることを彼に気付かせるためであった。


「だが力の暴走がいつ起きるか分からない。正直胸の痛みもひどいし、何か体の中であらぶっている者を最近感じるんだ。自分、もしかして本当に人の形をした、人でなしかもよ」


「その時は、その時ですよ。秘密を知ってしまった以上、私も逃げませんから。兄貴がみんなに話すまでは私は黙っておきますね。それと、私は兄貴がどうであろうと、兄貴は兄貴だってずっと思っていますから」


 ダグニスは聞いたことは秘密にしておくとハーネイトに約束した。


「ありがとう、ダグニス」


「兄貴、これからはアリスって呼んで欲しいな」 


「分かった……アリス」


「えへへ。じゃあ先にみんなのところに戻るね。早くミカエルさんの家族助けに行ってあげてよ?」


 そういうとアリスは部屋の外に出て階段を下りていった。


「さて、行くか」


そういい、彼が部屋を出ようと歩こうとしたとき彼の身に異変が起きたのであった。

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