第51話 魔法探偵の窮地

 

 ハーネイトたちは、ミカエルの案内のもと、迷霧の森の中を走っていた。すでに夜に入り、テコリトル星が霧と森を薄らと照らすも森の中はかなり暗く、以前よりも霧の濃度が上昇し見通しは最悪の状態であった。それでも4人は障害物をやすやすとよけつつ森の中を進み続ける。


「このまま進めばあと一時間半くらいで着くと思うわ。ルーフェと教団のある街ベストラは近いから」


「わかった。引き続き案内を頼む」


「しかしこの程度の霧なら、ハーネイトは軽々と突破できそうなのに」


 自身に飛行魔法をかけて地面を軽やかに飛翔しつつ、率直な疑問を彼にぶつけるミカエル。実際ハーネイトの魔術師としてのレベルは非常に高く、魔法耐性もそれに応じて高いはずと感じていたが故の質問であった。


「この霧の中に入ると頭の中から声がしてね、それが不気味であまり近寄りたくなかった。それが理由だ。今も正直、まずいかも」


「幻聴の類いかしら。確かにこの霧は、そういった現象も起きなくはないほど魔力が濃いわね」


「確かに濃いよね。魔力でお腹一杯になるわ」


「でも、違う気がする。ああ、はっきり分かった」


「さっきのって?」


 ミカエルの質問に、うつむいたまま彼はこう答えた。


「城にいたとき、みんなが先に部屋に戻ったあとに、はっきりとその声が聞こえた。すごく怖い、冷たい声が」


「まさか、何かに取りつかれてる?」


「それはないわ。まず外からハーネイトの体にとりつける悪霊はいないわよ。自らセルフ成仏するのがオチでしょう」


 霊感が非常に強いリリー曰く、うっかり取り付いてしまった悪霊がかわいそうなくらいに彼の退魔力は凶悪らしい。


「そうなると不思議よね。何が原因なのかしら」


「本当に困った話だ。おい、この先の方から人の声がしないか?」


「確かに今したな。……我が眷属よ!どれどれ、触手たくさんな魔物が前方800m付近にいる。それと女2人か」


 伯爵は気を集中させ、周囲の微生物を利用し無数のセンサーを生み出す。それで叫び声が聞こえた周辺を微生物センサーに探らせる。


 すると魔物が人を襲っているのが遠くからでも手に取るように伯爵は状況を理解した。わずかな数の微生物で実行でき、世界のあらゆるところを監視できるこの能力は破格だが、本人曰く疲れるのであまりやりたくないという。


「仕方ない。ついでに、助けにいくか。進路上にある以上避けられない」


「確かに見過ごすってのは後味悪いわ。どちらにしろこの先にベストラはあるんだし、私もやるわ」


「さて、ご飯の時間だ。醸して喰らってやるぜ!ハーネイト、先に先行する」


「俺もだ、ブーストオン!」


 2人はスピードをあげ、森の中を疾走する。風をまとい、風のごとく木々を駆け抜けるその姿は目の良い者でも視認することは非常に困難なほどであった。


「ちょ、待ちなさいよ!」


「仕方ないわね。シルバーファング!」


 ミカエルは試験管を服から取り出しふたを開ける。すると魔力の煙がミカエルの周囲を覆い、その煙が晴れると巨大な白銀の狼が現れた。前にハーネイトを捕まえた際にも呼び出した、彼女お気に入りの召喚獣である。


「ウォォォォォン!」


「ファングに乗るわよ。さあ!」


「あの時の大きな狼ね。分かったわ」


「乗ったわね?さあ飛ばすわよ!このまま突っ走ってシルバーファング!」


「ガルルルル、ウォオオオン!」


 2人はファングの背中に乗りしがみつく。すると白銀の狼は猛スピードで森の中を走り出す。銀色の風が森の中を吹き荒れるように、ハーネイトを追いかける。


 その頃、先に到着したハーネイトと伯爵が、叫び声のあったところに辿りつくと、二人の若い女性が伯爵の情報通り、触手が無数にある魔物に行く手を阻まれていた。


「大丈夫か!」


「その声は、ハーネイト様!」


「ハーネイト様!」


そこにいた女の子二人は、忍専の学生である凜音と紅葉だった。彼女らは先日試験を受けており、中盤で2人に吹き飛ばされた忍たちである。彼らの顔を見て不安に満ちていた表情が消え、笑顔が戻る。


「お前ら藍之進のとこにいたやつらだな?」


「はい!伯爵様。先日はお世話になりました」


「伯爵様、この目の前にいる気持ち悪い魔物、切っても再生するのです」


「おうおうそうかい、可愛い子ちゃんたち、後ろに下がってな」


「はい、分かりました!」


 紅葉と凛音は伯爵の指示に従い魔物から遠ざかるようにジャンプし、距離をとる。


「さて、こいつは別世界からきた魔物、オプタナスだな」


「キェェェェ、キシャャャャャ!」


 オプタナスは奇声をあげながら触手をしなやかに振るいまくり、徐々に間合いを詰めてくる、


 この陸上タコと言えるオプタナスはこの星の生物ではなく、本物の魔獣といえる存在である。不定期にこの世界に流れ込み、生態系を荒らす害となる魔獣である。触手は美味しく、オプタナス一体でたこ焼きが2000個近くできるほどの量を持つ。


 しかしこの触手が厄介で数が異常に多く、また粘着性のある粘液や胃酸などを胸と背中にある口から噴出する。攻略法を知らなければ苦戦は必至であるなかなかの強敵でもある。しかし何度も戦っているハーネイトならば、いとも簡単に仕留めることができる。


「速やかに倒す」


 ハーネイトは高く飛び上がり、太い木の枝に飛び乗る。そして気配を断ち、オプタナスの背後から奇襲をかけ、その背中に刀を突き立て、急所を破壊しようとする。


 オプタナスは胴体の中にある心臓を一突きすればすぐに絶命するため、気づかれないうちに背後から奇襲を仕掛けるのが基本的な倒し方である。普段ならばこれで勝負がつくのだが、そのときハーネイトはまたも幻聴を聞いた。城の中で聞いたあの声である。


「力ヲ、力ヲ開ケ、認めロ、貴様の、内なる力を!我らが魂を!」


 またも謎の声がハーネイトの心を侵食し、苦しむ。その声は今でははっきりと聞こえていた。


「ぐ、ぐぅ…!がっ!なっ……」


 オプタナスは、ハーネイトが苦しんでいる呻き声に反応し、すかさず背中から素早く数十本の触手を伸ばした。そして有無を言わさずハーネイトを捕らえると、体内に引き込んだ。


「嘘、だろ?おい、ハーネイト!返事しろ!」


伯爵の声が森の中に響くが、返ってくる反応がない。一時の静粛のあと、伯爵はまた声を上げる。


「はは、嘘だろ?ハーネイト。早く出てこいよ、なあ!」


「まさか、ハーネイト様が」


「食べ、られた?」


その光景を目の当たりにした3人の間に緊張と動揺が広がる。そして、ミカエルとリリーが伯爵に追いつく。


「女の子は無事ね、ねえ、伯爵。ハーネイトの姿が見えないのだけど」


「ハーネイトは、あの触手野郎に捕まった」


 伯爵の言葉に、2人は開いた口が塞がらなかった。


「はああああ?伯爵、早く助けなさいよ!」


「そ、そんな。嘘よね。ねえ!ハーネイト!返事をして!」


しかし、ミカエルの声も彼には全く届いていなかった。


「許さないわ。許さない!万象の炎、大いなる力、紅蓮の魔法、フラメティオン!」


ミカエルは素早く魔法を詠唱する。そして手を突き出し、掌から複数の火炎弾を出して、オプタナスを燃やそうとする。しかしオプタナスは、体から液体を大量に噴出して体が燃えるのを防ぐ。


「魔女の間で伝わる魔法が、効かない……っ!なら、大魔法で蹴りをつけてあげるわよ、水面の波紋 凍輪の円環 天地繋ぎ凍てつく十架 銀氷の舞台が終刻告げる……!」


 ミカエルは我を忘れ、次に氷系統の大魔法、氷架水結(ひょうかすいけつ)を詠唱しようとする。しかしそれは2人のクノイチに止められた。


「待ってください!下手な攻撃はハーネイトさんにダメージが!」


「それにあの触手魔、苦しんでいますよ。もしかすると」


「ええ、苦しんでいる、わ。しかも尋常じゃないくらいに。ハーネイト、早く出てきて!」


彼女らは、もだえ苦しみ粘液をまき散らしている魔物の様子をよく見ていた。なにかが起きている。そして得体のしれぬ邪悪な空気がそこら中に漂い始めていた。それだけははっきりと全員が理解していたのであった。

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